かく
《音声の方は大丈夫ですか?》
耳元で聞こえる声に俺は頷く。
肯定の意を込めたそれではあったが、目の前にいるわけではないのだ。
それに気づいて口を開いた。
「大丈夫です。多分」
多分と付け加えたのはハッキリと聞こえているが、そもそも正常な状態を知らないからだ。
もし、仮に何かが完全に抜け落ちていれば分からない。
まあ、それはともかくとして。
予選開始前に設定された初期位置に俺は立つ。
四方を壁で囲まれた部屋のような場所で、四隅には魔物がいた。
四隅と言うのは少し違うかもしれない。
側面にもそれはいるのだ。
《『隠れ見』ですね。周囲の壁などに擬態して対象にした魔物との視覚の共有をすると言う特徴があります》
「ほぇ~」
物知りだななんて思いながら彼女の話を聞いた。
その声の主である涼香さんは現在この場にはいない。
だが、参加選手と他数名はサポートとして部屋が与えられており、そこから指示を出したり情報を教えることが出来た。
ちなみに、用意された部屋は、ネットに接続は可能ではあるものの、DHの他の視点といったようなものを見れないようにした端末の仕様が可能になっている。
それと俺もコメントが見えない状況ではあるが、涼香さんももちろん見えない。
だから、配信画面を設定することは出来るが、視聴者さんの声は届かない。
「でも、スタート地点に魔物いて良いのかな?攻撃されたりとか」
《それに関しては流石に運営も把握してます。隠れ見は攻撃しなければ襲ってこないので、野放しのようですね》
俺の疑問に涼香さんは答えてくれる。
ここ最近はこんなふうに配信をしているのだが、とてもありがたい。
《さ。あと少しで始まるみたいですよ。準備は大丈夫ですか?》
「うーん。多分。武器もあるし、涼香さんに進められて買った防具も、それにポーションもある」
俺は自身の全身を探るようにして、確認をする。
装備が今までよりも多くて忘れて良そうなこともあるが恐らく大丈夫。
俺は別にいいだろうといったが、涼香さんに絶対に買えと言われた防具もつけているし大丈夫だろう。
《あ、公式配信の視点がこっちに映ったみたいですね》
「わかるの?」
《配信事態は見えませんが、視点がこちらに来たときは分かるようになってるんですよ》
そうなのかと思いながらますます涼香さんに手伝ってもらえてよかったと思う。
俺一人では危うかったかもしれない。
それに、今回のイベントに際して涼香さんのように探索者をサポートする人を提供するサービスもだいぶ人気みたいだし。
そんなことを思っていると、不意に涼香さんは何かを思いつたように言う。
《どうせなら、派手に始めましょうか》
「え?」
《どうせなら目立っておいて、ファン獲得を目指しましょうよ。お金も随分使いこんじゃったし、ここからの探索者の出費を考えると今のままの人気じゃ足りないですよ》
「そうかな?」
《そうです》
結構多くの人に見てもらってるような気がしてたんだけど。
いやでも確かに、大物と呼ばれるような人たちと比べると少ないのは確かだ。
「よし。わかった。俺、やるよ」
《その意気です。じゃあ、まずはぱあっと壁に張り付いている隠れ見を一掃しましょうか。……開始までもう数秒ですよ》
それに俺は頷いた。
《3.2.1.スタートです》
すでに爆弾は舞っている。
それは投擲によって四方にバラまかれ、まるで一瞬時間が止まったかのようにしてスキルによって指定された結果に留まらんとする。
空中、確実にその全てが魔物を一掃する位置取りであった。
その瞬間を逃すことなく、俺は起爆をした。
自身はギリギリの安全な距離を取り、周囲で爆弾は火を灯し、爆ぜる。
爆風は俺の服を揺らし、のちに魔物の身体を残す。
まるで布のような魔物、隠れ見は壁から剥がれるようにして地面に伏して、光となって霧散した。
「獲得ポイント12。まあまあかな」
《一体に付き1ptしかもらえないので、移動して稼ぎましょう》
俺は涼香さんの声を聞いて踏み出した。
◆
亜奏楽ダンジョンにて開催されているDHにして開始早々ランキングが更新された。
一試合のうちの状況を分かりやすく見ることが出来るそれは、視聴者だけでなく参加する探索者にも共有された。
そしてそれは少なからず、参加者に影響を与えることになった。
《な!?開始早々12pt入れた奴がいる》
「は?別にそれくらいおかしきゃねぇだろ。そこら中に張り付いてる奴らをやればそれくらい行く」
参加者の一人である男が耳元で騒ぐ声にそう返した。
だが、反論があった。
《いや、つってもこれは異常だろ。隠れ見は多すぎて加点方法が特殊だ。最高得られるのは1ptに対して加点される際にはランダムで──》
「わーてるよォ!カスを倒してもpt加算確率はクソ。だからこそ、12ptを集めるには膨大な量の魔物を殺ってるって話だろ」
男はそう言う。
通常それなりに強い魔物であれば、ptは確実に付与される。
だが、常駐しているような魔物に対しては、倒しても絶対にptが得られるわけではなかった。
故に、12体倒したわけではなく。
膨大な量を実際倒しているはずと言う事だった。
だが。
「別に、それ以上のptを集めりゃいいだけだろうが。それに最悪本人を潰せばいい」
男は余裕を崩さずにそう言った。