歳の話
「アカウントの設定は取りあえずこれくらいしておけば大丈夫です」
「ありがとうございます」
パソコンを何やら操作した後に顔を上げた千装さんはそう言った。
現在俺の家に彼女を招いている状態。
そんな中でずっと自分ではできなかった色々を解決してもらっていた。
本当にありがたい。
なんて思っていると、不意に彼女はこちらを見た。
「そう言えば、敬語じゃなくていいですよ」
「え、でも……」
いきなりの提案に驚きつつも、俺は言葉に詰まる。
千装さんに対してため口をきくなどハードルが高い。
「別に私は、敬語の方が楽だから敬語で通しますけど、玉屋さんは気にしなくてもいいですよ。どうせ、同い年ですし」
「いや、でも千装さんが敬語なら…………って、同い年!?」
一瞬聞き逃しそうになったその言葉に俺はまたも驚く。
同い年?
てっきり年上だと。
協会支部で働いていた時の格好はなんていうか大人っぽくて、確実に20は超えていると思っていた。
俺とダンジョンでであった時の様相と今の姿はなんだか若く見える。
仕事用ではないときと、仕事時の彼女が救出時にすぐにつながらなくて気付かないほどに。
だが、どっちにしたって俺より上だと思っていた。
なんかしっかりしてるし。
「玉屋さん、今18ですよね。なら、私と同級生だと思いますよ」
「歳が同じなのにここまでの差が……」
自身のありさまと千装さんを比較して俺は落ち込む。
いや、千装さんも凄いけど、それより俺がダメなのかもしれない。
「あっ、でも、誕生日!千装さん誕生日いつですか?」
「えっと、4月1日です。それが何か?」
「同じ学年でも誕生日が早い方が年上って言えますよね。俺が8月1日なので、千装さんの方が年上ですね!」
むふんと俺は鼻を鳴らした。
これなら俺が敬語を取る必要はない。
だが。
「違いますよ。その学年で一番早く誕生日が来るのは4月2日です。4月1日は最後なんですよ」
「え」
最後?
いや、だって一年度の始まりは4月1日だろう。
そんなはずは……。
「少なくとも日本においては、歳をとるのは誕生日の前日の深夜12時。だから、私は半年くらい玉屋さんの年下ですね」
そんなことを言われる。
だが、それでも信じられないと言えば、閏年の2月29日に生まれた人は四年に一度しか誕生日が来なくなると言われれば、まあ確かにと納得せざるを得なかった。
「じゃあ、敬語なしでお願いしますね」
「わかり、ったよ。千装さん」
「あと、涼香で良いですよ」
「え、それはさすがにハードルが……」
「嫌なら、玉屋さんを手伝うと言う話もなしで」
「わ、わかったよ。りょ、涼香さん」
女子を名前呼びしたの何て初めてだ。
小さい頃だってそんなことをした記憶はない。
だが、これではフェアではない。
そう思って俺は反射的に言葉を返していた。
「で、でも!俺が名前で呼ぶなら涼香さんも、俺のこと名前で呼んでくださいね」
「うん、まあいいですよ。確か、葦さん?でしたよね?」
なんだか気恥ずかしくて「うぐっ」と声を出すも何でもないように振舞った。
今の俺は、美少女である。
まるで、モテたことのない男のような反応などしないのだ。
でもちょっと恥ずかしくなって。
「と、トイレ行ってきます」
その場を逃げるようにして離れた。
◆
そして部屋に残されのは千装涼香ただ一人。
この部屋の主である少女が出て言ったのを見て、スマホを手に取った。
当然自分のものである。
流石に、人のものを覗き見る趣味はない。
「えっと、成功しましたっと……」
メッセージアプリを開き声に出しながら文字を打った。
相手の名前は『支部長』と表記されている。
無論この人物は葦も知っている武重歌教習ダンジョンの協会支部の長である。
そして会話の内容は大まかに言えば、涼香に対しての行動の指示だった。
それは別に難しい事ではなく。
葦に自分に敬語を使わせないこと、名前で呼ばせるという、今さっきここで行われていたことであった。
そして先ほどの成功したと言う文面は、これに対しての返信だった。
本当にこの人は配信者『花火』に対して目を掛けている。
初配信の『D-NET』に表示されるように計らったことから始まり、そして涼香を葦につけるように仕向けたのも彼だろう。
直接的な介入はしないが、恐らく葦に対しての選択肢を増やしている。
別に、絶対に葦が涼香を誘わせるように仕向けたわけではないのだろう。
だが、少なくともしたいと思ったときに行動が出来るように計らったのは事実。
そして、それは恐らく涼香が路頭に迷わないようにと言う涼香への気遣いも含まれていた。
今回のメッセージも何かあるのだろう。
まあ、涼香としても、葦の活動のサポートに回ることに対して不満があるわけではない。
初めて配信をする前から、職員としてその存在を知っていた。
そして配信を始めてからは、仕事の都合と言うのもあってよく彼女を見ていた。
だからこそ、危うい彼女に対してはサポートしてあげることがあればしたいとも思っていた。
と言うか、色々と抜けていて目が離せない。
そんな感じだった。