鮮やかに
『超次元掬い』と言う魔物はその右腕で他の魔物の転移を可能とする。
だが、それが出来る対象はその腕に収まる程度の魔物だけ。
故に、今この状況は説明がつかなかった。
【遺骨拾い】と呼称されるこの『赤牙』は到底その腕には収まる身体はしていない。
涼香が尻もちをついていることを差し引いても見上げるほどの高さなのだ。
だから物理的に不可能なのだ。
更に言えば、『次元掬い』とスキルの発動条件は変わらず、二つの個体を利用しての転移であり、少なくともこれを成すにはもう片方の個体が46階層にまで侵入しなければならない。
そしてその難易度は人間だけに適応されるものではない。
ダンジョンと言えどそこは魔物の縄張りである。
魔物であってもむやみに入れば攻撃を受けることは絶対であると言えるだろう。
それに46階層と言う深層でスキルにだけ特化したそれが生き残れるとは思えなかった。
ただ、奥に倒れ伏す『超次元掬い』を見ればそれが原因だと言うことは見て取れた。
何故ならば、その籠のような右腕は肥大化しひび割れていたからだ。
そしてそれは【遺骨拾い】の身体と同じくらいである。
そこから結論付けられることは一つだろう。
だが、アレはスキルを無理やり行使したために起こったようには見えなかった。
この現状を起こすに至る条件を通るためにまるで無理やり肥大化させたような。
いや、今、そんなことを考えている余裕はない。
いくら身動きが取れないと言ってもそれを理由に気を逸らすことなど出来るわけがない。
相手の行動を注視して最善策を練るしかないのだ。
「───」
ただ、【遺骨拾い】が息を洩らすと先ほどまで固めていた身体をいともたやすく涼香は動かした。
生きることを諦めたわけではなかった。
生きるためにこそ、動いたのだ。
そして地面は燃えた。
ただの勘だった。
だが、それが結果涼香を生かした。
何とか逃げる。
避ければそこが燃える。
熱に服の端を焦がしながら必死に逃げる。
転んで、それでも走る。
転がりながらでも、足を前に進めた。
息が上手くできない。
【遺骨拾い】のスキルによる炎でも、中毒症状に至るのだろうか。
いや、違う。
スキルによる炎の詳細は分からないが、確実に今息が出来ないのはそんなことが理由ではない。
ただ、必死に逃げ惑い。
そして息をする暇などないからだ。
呼吸をしていないことに気付いても。
呼吸の仕方を思い出せない。
だが、そんなことは些細なことだった。
それよりも、足を動かせ。
呼吸が出来なくて死ぬより、もしスキルに当たって炎で全身で焼かれたときに筋肉が収縮し骨が折れてしまう方がよっぽどきついだろう。
って、あれ。
そんな時、気付いた。
なんで、未だ自分は殺されていないのだろうか。
相手は46階層でも手の付けられない大物。
それなのに自分は16階層で苦戦する実力で何でまだ生きているんだ?
生かされいる?
遊ばれているのだろうか。
いや、違う。
確か、資料であった記述にこういうものがあった。
【遺骨拾い】は戦闘を楽しむ傾向があると。
故に相手の手の内をすべて引き出してから決着をつけると。
つまり、アレは涼香が何か持っているのではないかと思っている。
あるいはその可能性を考慮している。
ならばどうするか。
考え得る方法はアレに隠し玉があると思わせて逃げ切ることだが、現実的ではない。
いつまで逃げ切れるかも分からない状態で…………いや、待てよと涼香は自身のポケットに触れた。
一つの可能性。
『D-NET』における救難信号。
これを送って時間を稼げば、助けがくる。
そう思いスマホを取り出した時だった。
瞬間、真横からの熱風に身体を揺らされる。
「っあ」
丸焦げになってしまったかと焦りつつも、体が無事であることを確認するも、最悪の結果を目にした。
先ほど取り出したスマホが地面に落ちてしまったのだ。
そしてアレを使えば、救援が来ることを知っていたのだろうか。
本来なら応援を呼ばれれば、好戦的であればこそ、強いモノが呼ばれると思うだろうが。
恐らくその結果来たものはアレを無視して救助を行う。
故に、相手をさせるために、邪魔をしたのだろう。
幾度と相まみえた探索者を見て学習した可能性を考えつつも、少し溶けたように見えたスマホを手に取った。
「ぐっ!」
熱した金属と言っても過言ではないそれは手を焦がす。
それでも涼香は必死に操作した。
身体を丸めて無様に操作を続ける。
熱くても関係なかったとにかく救援を呼ぼうと。
だが。
「つかない」
電源はつくことがなかった。
そしてその隙にそれは近づいていた。
その時には気付いていたのだろう。
【遺骨拾い】はその牙を向けていた。
期待に答えられなかったおもちゃには用はないと言うかのように無慈悲に。
だが、その瞬間、赤い狼と自身の間に何かが割って入った。
半透明の球体。
スキルの結晶にも思えたそれは爆発音と共に光を放った。
──花火。
まるでそれを再現したかのように、光は放射状を描いて色づき、そして中心へ吸い込まれるようにして集まった後消えた。
これを涼香は知っていた。
スキル名は『ばくだん!』。
そんなばからしい名前のスキルを愛用し、それでも屈指の実力を誇る少女。
配信者名『花火』
そんな少女は、正体を現すかのように割って入った。