人づて
「聞きたいこと?」
「そうです。それこそ配信に関係のあることなんですが」
そう言われて何だろうと身構える。
そうしていると支部長は口を開く。
「いえ。大したことではないんですがね。アカウントの運用について、満足にできているのかと言う事を疑問に思いまして」
アカウント、つまり『D-NET』で配信する際に使う物の事だろう。
ただ、満足に運用と言うのはどういう意味なのだろうか。
「と言うと?」
「ほら。アシさんのチャンネル元々名前が空欄だったでしょう。それについては配信で指摘されていたので、すぐに変えていたのは見たんですが」
チャンネル名は元々空欄、それを今は『花火チャンネル』に設定をしている。
それに対しての事だろう。
「他の設定については、触れてないようだったので」
「あー」
そう言われて思い出す。
色々とコメントでも設定はこうした方が良いと教えてもらうけど、正直なところ全然分からない。
少しいじってみたけどさっぱりだった。
「自分でもやっては見てるんですけど、如何せん難しくて……相談できる人がいればいいんですけど」
「相談できる人、ですか」
俺が何気なく言った言葉に、支部長はそう呟く。
何か含みのあるような言葉を吐いた。
年齢的には中年一歩手前という感じの支部長だが、顔の造形が良いだけあって顎に手を当てる姿はなんだか様になって見えた。
そんな風に思って言ると、支部長は口を開いた。
「最近、ウチをやめてしまった子が一人いるんですが。彼女、そう言ったことに詳しいんですよ」
そんな言葉と共に聞かされたのは、一人の女性のことだった。
名前は千装涼香。
若いと言うことで、配信系のことは彼女に任せることも多いと言う。
別に元々詳しかったと言うわけではないが、職場における若い子の方がこういうことは得意と言うなんとなくの考えのもと、通常の仕事と並行して教えていたらしい。
とは言っても、配信系の諸々は、マニュアルを見れば大抵のことは分かると言う事や、純粋に彼女の仕事の覚えが良かったようで、ものの数週間でマスターしてしまったと言う。
俺なんか何をやっても駄目だからそういう人には憧れる。
仕事をすぐに覚えられると言うのは、凄い。
「彼女が今もいてくれたらよかったですが……」
支部長はそんなことを言う。
そして思い出したように言う。
「あ、そうそう。初めて配信をアシさんがされたとき、切り忘れてたらしいじゃないですか」
「え、はい。確かにそうでした」
「その時に、気付いたのがその彼女ですよ」
一体の何の話かと思えば、知らぬところで俺は千装涼香と言う女性を見ていたらしい。
確かに、配信を切り忘れた時に、教えてくれたのは奥から出て来た職員の人だった。
少し若いように見えたが、就職したばかりの年齢であればそれにも頷けた。
と、そんな話をしていると、支部長は立ち上がる。
何事かと思えば、対応をしてくれていた職員の人の準備が終わったようだった。
「そろそろ準備が出来たようですね。では、私は仕事に戻ります。お話に付き合ってもらってありがとうございました」
「いえ」
支部長の言葉に軽く返すと、彼はそのまま奥へと引っ込んでいった。
そして俺はカウンターにもう一度向かいながら職員の人のいる場所へと近づいた。
それにしても、千装涼香さんか。
もしまだいたのなら相談に乗って貰っても良かったかもしれない。
◆
瑠華ケダンジョン。
ダンジョン協会武重歌支部より少し離れたところにあるダンジョン。
波湯ダンジョンと言ったダンジョンのように『ダンジョンドミノ』の影響を受けて封鎖されている場所以外の、いわば入場が可能なダンジョンだ。
そんな場所で、一人の女性、いや少女が足を進めていた。
14階層。
出現する魔物は『兎虎』。
その名の通り兎の虎の特徴を持つ魔物である。
そんな魔物を警戒しつつ少女は進む。
スキル『気配察知』を使用し迫る脅威を確かめる。
自身が目を瞑って発動を念じることで他の探知系スキルを凌駕する範囲性能を魅せる力。
これにより、地面を踏んだ魔物を感知する。
一体、いや、二体。
兎の特徴を表すかのように高く跳躍して迫る二体の魔物を迎え撃つ。
十二時方向と、四時方向から別々にせまる。
ただ、確実にその二つが全く同じタイミングで自身のいる場所に重なるのは予想できた。
魔物の特性上、距離を詰めるときは一気だ。
だから、こちらの隙を見計らっているはず。
故に、隙を見せれば、両方がそこを狙って飛んでくるだろう。
だが、少女は敢えて隙を見せる。
そうすることで、相手を自身のタイミングで操るかのようにして誘導した。
転ぶようにして何とか、その場から離れるのは一瞬。
気付いた時には、先ほどいた場所で二体の魔物は衝突していた。
だが、これで終了ではない。
当然生きているのだ。
そこで他のスキルが火を噴く。
手を翳して確実に仕留める。
使用するのは『魔法:氷』。
つぶてを生成し、それを弾丸のごとく二体伸ばす。
一度に生成できるのは精々一個。
だから、銃でも打つかのように一体に打ち込んですぐに間を開けることなく二体目に打ち込んだ。
そして最後には魔物は光になる。
「ふぅ」
そこでやっと少女は息を吐く。
退職してから少し、千装涼香は金を稼ぐため、探索者活動を一時的に行っていた。