支部長
ダンジョンが封鎖されて少し、俺は配信機材の諸々のメンテナンスのために教習ダンジョンに向かっていた。
教習ダンジョンに来るのはなんとも久しぶりに感じながらその敷居をまたいだ。
「あの、配信機材のことで」
「あ、玉屋さん。お久しぶりです。少々お待ちくださいね」
カウンターで声をかけてそんな言葉を返される。
ここから波湯ダンジョンに移ってそう経ってはないが顔を覚えられていたことは嬉しい。
いや、教習ダンジョンに年単位どころか月単位で通っているものなどいないだろうから俺みたいなのが居れば覚えていてもおかしくはないか。
そんなことを思いつつ待っていると不意に目の前の女性は言葉を洩らした。
「あー千装さんいないんだった」
千装さん?
俺は首を傾げた。
いや、別に俺はここで働いているわけではないのだ。
知らなくてもおかしくはない。
そして彼女はこちらに声を掛けた。
「えっと、普段機材のメンテナンス周りの管理をしている者が不在でして。少しお時間かかりますけど大丈夫でしょうか」
「あ、はい。えっと、お休みなんですか?」
「まあ、そうですね……」
歯切れ悪く女性は言う。
とは言え俺は踏み込むことなくそれ以上は何も言わなかった。
そして奥に入っていく女性を俺は見送る。
恐らく詳しい人に聞くのだろう。
そんなことを推測しているとすぐに奥から人が出て来た。
男の人でスーツを着込んでいる。
この人がメンテナンスとかをしてくれるのだろうか。
そんなことを思っていると、スーツの男性は口を開いた。
「いやぁ。お久しぶりですね。アシさん」
「え、あ、はい」
俺的にはお久しくないのだがと思いながらも反射的に頷いた。
だが、俺はこの人を知らない。
どこかで会ったのなら、覚えているとは思うのだが。
そしてグルグルと頭を動かしていると不意に一つの考えが頭に浮かんだ。
「支部長さん!?」
そう、俺がTSした日に一度だけあったのを覚えている。
ここの協会支部の代表として俺に頭を下げに来たのだ。
「おっ。思い出してくださって何よりですよ」
忘れていたことはとうにバレていたのだろうか。
そんなことを言う支部長に俺は苦笑いを返した。
そして、何かを話そうと思い口を開いた。
「えっと、支部長さんが、メンテナンスとかをしてくれるんですか」
至極真っ当と言うか、女性職員が分かる人を呼んでくる素振りをしていた為に出た考えだった。
だが、支部長は少し笑った後口を開いた。
「いえいえ、違いますよ。私はただお話でもしようかと」
「お話ですか……?」
「ええ。一年前の出来事から、私自身の仕事の関係で声をかけることも出来なかったので。担当の者が来るまで暇でしょう。アシさんが嫌でしたら遠慮させていただきますが、どうです?」
そう言われて断ることは出来ない。
いや、別に嫌と言うわけではないので断る必要もないのだが。
支部長にはTS後の手続きの諸々で助けてもらった事もあるし。
◆
支部長は「あそこの椅子で待っていてください」と言って一度奥へと入っていった。
そして、俺はロビーに置かれた椅子に座っているとすぐに来た。
恐らく女性職員に俺が言ったんカウンターを離れる旨を伝えたのだろう。
「どうです?最近は」
「最近ですか……?」
そんな抽象的な会話を俺が出来るわけがないだろう。
この内容ですぐに会話できるなら高校でボッチはしていなかった。
そんな俺を見かねてか、支部長を付け加えた。
「配信ですよ。順調に進んでいるように見えますが」
「ああ。配信ですか。えっと、そうですね。視聴者さんが、いっぱい見てくれるので」
配信の事かと、俺は頷きそう言った。
すると「それはよかった」と支部長は言う。
「実は、配信機材を提供する企画にアシさんを推薦したの私なんですよ」
「そうなんですか」
何で俺がと思っていたが、この人が俺を推したから選ばれたわけか。
確かに今思えば、教習ダンジョンに入り浸っている俺に対してこういった企画を持ち込もうとは思わないか。
「ええ。ですから楽しんでもらえているのなら嬉しいです」
支部長はそう言う。
ただ、俺も少し気になり口を開いた。
「でも、なんで俺なんかを。もしかして、一年前のことを……」
「いえ。そう言ったことは関係なく、適任だと思ったんですよ。それに実際、上手く行っているでしょう?」
てっきりTSの件で負い目を感じてなんてことではないだろうなと思いつつもそうではないらしい。
まあ、よく考えてみれば、俺がもしTSに対して悩んでいる可能性を考えれば、それを衆人環視の前にさらすようなことを進めて来ることはないか。
一応悩んでないとは言っているが。
とかなんとか考えていると、不意に思い出したように支部長は口を開いた。
「そうそう、聞きたいことがあったんですよ」
「聞きたいこと?」
俺はその言葉に首を傾げた。