失職!
遅れました。
それに短いです。
スマホじゃここまでが限界です。
ダンジョンの統合。
暫くして『ダンジョンドミノ』と呼ばれる現象。
ドミノ倒しのようにして、統合を繰り返すところから名付けられたらしい。
全国規模でこれから起こるであろうそれはダンジョン協会武重歌支部職員である千装涼香にも大きな問題をもたらした。
「大丈夫って言ってるでしょ」
『ニュースでみたわよ。全国のダンジョンがそうなってるって。貴方の職場だっていつそうなっちゃうか分からないでしょ。ダンジョンにいるときに消えちゃったらどうするの?』
「だから、もし統合が行われるときは予兆があるから協会側が退去させてくれるし」
『でも絶対じゃないでしょ?』
「……っていうか、そもそも私は事務室にいるからダンジョンには入ってないの。ダンジョンは特殊な空間だから実際に入り口以外はその場にあるわけではないし私には直接関係が及ぶことはないの」
涼香は電話口へと説明する。
この話は三回目。
なかなか理解を示してくれない相手へ必死に話した。
本当なら即座に切りたいところではあるが、実の母親と言う事もあってそれは出来なかった。
切ってしまえば更に面倒くさくなる。
『涼香が心配だからお母さん言ってるのよ』
「それはわかってるって。でも、実際に直接ダンジョンに入る探索者くらいしか危険はないの。さっきも言ってるけどそれだって封鎖されるから統合時には入れないし」
『でも……』
「大体、お母さんはやめろっていうけど、一応私も仕事してるんだから、迷惑かかっちゃうよ」
納得してくれない母親に別方向から切り込んだ。
昔から心配性の母親は外出時には厳しい門限を立てて、友達の家にお泊りなんてことは決して許さなかった。
性別故の過保護なのか、そこまで縛られない弟を羨ましく思っていた。
まあ、とは言っても弟も世間から見れば制限は多かっただろうが。
ただ、それでも少しだけ寛容になった時があった。
高校の部活だ。
高校の部活で少し遅くなる時は文句は言うもののそこまで何かは言われなかった。
恐らく部活の皆と一緒に居たからだろう。
とは言っても、部活をしている高校生にしては相当早い時間に帰ってはいたのだが。
ただ、逆効果だったようだ。
『仕方ないわよ。仕事より命の方が大事なんだから。きっと話せばわかってくれるわよ。あ、そうだ。言いづらいならお母さんが電話してあげるから』
「だからやめてって!……少し考えてみるから。電話もしなくていいよ」
『……そう?』
「うん。じゃあ切るね。時間も遅いし」
そう言って涼香は返答も待たずに電話を切った。
相手の返事を待って「そう言えば」なんて切り出されたらたまったものではない。
大体、やめたとして高卒で入ったダンジョン協会をやめて自分に就職活動をしろとでもいいたいのか。
「はぁ……明日も仕事なのに」
少し早く帰れたので、ゆっくりしようと思っていたらこれだ。
気付けば一時間近く経っている。
なんだか食欲もないし、今日はシャワーだけ浴びて寝ようと考えた。
◆
「千装さん……」
そんな声と共に声をかけられたのは翌日のこと。
涼香は操作していた運ぶにしては使い勝手の悪い分厚さのノートPCから顔を上げた。
いつも話しかけてくるのは仲のいい先輩。
だが、今日は違うようであまり話す機会の多くない女性職員だった。
彼女について知っていることといえば昨日はお子さんが熱を出してしまったことくらい。
涼香との接点といえば、彼女が抜けた枠として自身が昨日電番をした程度。
そんな程度の関係性の彼女が個人的にわざわざこちらまでやって来るとは思わなかった。
予想できることといえば、仕事のこと。
ただ、涼香は未だ就職して間もない。
教育学係として彼女の面倒を普段見ている先輩ではないのだ。そうであれば、仕事を振って来る可能性は低かった。
別に教育係ではないから、その人からは仕事が振られないなどとは思っていないが、ダンジョンを管理するという事を加味するとそういったことはないように思えた。
ただ、予想は外れたというべきか。
やはり個人的な話というわけではなかった。
いや、涼香にとっては極めて個人的な話と言ってもよいかもしれないが。
まあ、どちらにしたって涼香は表情を暗くせざるを得なかったのだが。
「いま、千装さんのお母さんからお話があって」
その言葉を聞いただけで、嫌な想像はいくらでもできる。
ただ、それ以上に紡がれる言葉は涼香表情を凍り付かせた。
「お仕事を辞めさせたいって」
ここまで来たのか。
今まで過保護で過干渉であるとは思っていた。
ただ、こちらが電話をするないと言う言いつけを破ってまでそんなことをするとは思っていなかった。
「千装さんの問題だから、一旦伝えとくとだけ言って置かせてもらったんだけど……」
もはや、目の前の女性の声など遠く、状況は最悪を極めていたことに気づいたのだった。
◆
「結構頑張って入ったんだけどなぁ」
高校卒業後に入った今の職場に思いを馳せてそう言った。
いや、今の、ではもうない。
なんたってすでに退職したのだから。
結局あの後すぐに辞めると伝えた。
先輩なんかは引き止めてくれたが、それでももう限界だったのだろう。
親が職場に電話をして来ると言うこと自体されたくないのに、その親が騒ぎ立てて職場の人たちに自分を辞めさせるように言う。
それに耐えられる精神はとうになかった。
高校は実家通いを強制されて、それでも就職を機にやっと解放された。
十数年耐えてきて、それでもここで限界だった。
「……どうしようかな」
無論生活はあるのだ。
働かなければならない。
ただ、対外的に見て六月手前、二ヶ月も働くこと無くして職を辞めるような自分をどこかがとってくれるだろうか。
まあ、どちらにしたってバイトはしなきゃならないだろうか。
学生時代で懲りてもうしたくないとまで思ったのに数ヶ月後にまたすることになるとは。
「まあ、お母さんより迷惑客の相手の方がマシかな」
バイト時代はめんどくさいクレーマーに、お持ち帰り商品に不手際があったから商品を持ってこいと言う客、それらを怒鳴られながらも対応したり、タクシーに入れても出てこない住所へ苦労して配達をさせられたこともあった。
相当参ったがそれもマシに見えてきた。
「はぁ」
それでも、ため息は出る。
冗談を言っても鬱屈とした気持ちは治らなかった。