再戦
「え、ナイフだけでこんなに……」
『夜鍵堂』にて俺はそんなことを呟いた。
何をそんなに驚いていたかと言えば、牛規の値段についてだった。
波湯ダンジョンで懐に入ったお金で足りないなんてことはないものの、ナイフ一本でこんなにと言う気持ちがあった。
『まあ、妥当じゃない』
『むしろこのクオリティでこれは破格』
『夜鍵堂の新たな試みってことで安くなってる』
『他のナイフ買ったらハイエンドとかなら探索者用なら全然三桁万円くらいはあるし』
「ま、まあ確かに……」
俺の装備の指標として三十万円と言うものがあるが、よく考えればそれは最低価格。
そしてそれをナイフや短剣に当てはめるなら今の表示された値段でも安いくらいだろう。
『それに結構ものとしても良いと思うぞ』
『数え牛蟻のドロップ品で強度はあるし』
『あ~だから、牛って付いてんのか』
「牛型魔物の関連じゃないんですか」
以外、なんて思いながら俺は牛規をもう一度握り軽く振ってみる。
そして悩んだ末に結論を出した。
「買います」
◆
「これでお金はもうないし。稼がないと」
『まあ、食事代くらいはすぐでしょ』
『花火ちゃんやっぱお金ないんだ』
『そう言えば初配信でも行ってたっけ』
『言い方悪いかもだけど貧乏なの?』
『外食もいけないほどって相当だよね』
「え、いや。貧乏って言うか、元々行っていた教習ダンジョンで全然稼げないってのは知らなくて。ずっとお金がなくて。あ、でも、外食は単にハードルが高いと言うか。緊張すると言うか」
俺はそう答える。
昔から家でご飯を食べるのが普通だったし、両親もすぐにいなくなっちゃったからそう言った機会がなかった。
そしてそのまま月日を重ねて言った俺には外食など出来ない。
『外食にハードル?』
『知らん店とか入りずらいのは分からなくもないけど』
『花火大会を外食って言ってるレベルだし』
『配信とかで初対面のウラウさんには結構話せてたのにな』
『昨日もお店って意味では夜鍵堂に一人で出向くくらいだし』
「ウラウさんの時もそうですけど。なんか配信の時は気が大きくなって……。ほら、皆さんと一緒に来ているようなものじゃないですか」
始めこそ緊張したが、慣れて来た今となっては配信はなんだか安心感のある物になりつつある。
「なんていうか。友達、みたいな」
「出来たことないですけど」なんて言い加える。
『友達。いいね』
『俺たちの存在が花火ちゃんの中でそこまで大きく』
『友達……初めての』
『花火ちゃんの初めて』
『それはそうと、羊毛の報酬考えたらまあまあお金残ってるんじゃない?』
「あ、それは……」
不意に目に留まった一つのコメント。
それに俺は顔をひきつらせた。
『え、何かあったの?』
『そう言えば、あの直刀値段は抑えられてたしな』
『これは無駄遣いの予感』
「実は、牛規を二本買いまして……」
『は?』
『なんで?』
『片方はナイフでもう片方はスキル使うなら意味なくない?』
『予備にしたって少し安いのを買えば……』
「いや、なんていうか。二本持ったらカッコいいかな……なんて」
『小学生男児みたいなことを』
『なんか今までと違うタイプのバカ』
『お小遣い持ったばかりの小学生みたいな計画性のなさ』
「ま、まあ、それは良いとして30階層再戦します」
俺は早々にコメント欄から目を離して足を進めた。
現在日を跨ぎ波湯ダンジョン30階層。
当然今回はウラウさんは居ない。
あれは一度きりのパーティだったし、節目と言われる30階層は自分の力で攻略したいとも思ったのだ。
前回来たときウラウさんには申し訳ないことをしたが、今回をそれを取り戻せるように頑張ろう。
そんなことを思いつつ俺はそれを前にした。
ボス。
そんな名称をウラウさんは仮にもつけたほどの存在。
30層の主『流塊剣』。
液体金属のような流動的に動く身体を持ちながら加工したかのように規則正しく角ばった立方体が大小構わずそこを流れた。
そしてそこから突き出すように出るのは巨大な剣である。
前回は飛ばされたアレにナイフを打ち付けて砕けたためにリタイアしたが今回は牛規がある。
同じ様には行かない。
「────!!!」
そして俺を認識したのか、流塊剣は叫んだ。
つかみどころのない反響するような声に俺はひるまず、地面を蹴った。
「まずはっ!」
前回と同じだ。
接近すれば剣の雨が降る。
それに対して俺は足場とする五本前後を見極めて牛規を打ち付けた。
火花を散らして俺は飛ぶ。
『何度見ても凄いな』
『なんかいつもより軽やかじゃない?』
『武器のせいとか?』
『そんなことある?』
二本目を足場に使い、三本目は短刀で促す。
そして四本目を蹴り、五本に二本取り出した牛規をクロスして滑らせる。
「見えた」
ここも同じ。
だが、今回はウラウさんは居ない。
横からの金属の滝を俺は回避しつつ足場にした。
『お、乗った』
『いや金属の引っ掛かりが無数にあるから引っ掛かるんじゃねぇか』
『最悪巻き込まれて肉塊になりそう』
『でも、器用にナイフで滑るようにしてるわ』
足場と言っても、そこに脚を乗せれば足を無数の流れる固形金属に巻き取られてしまうだろう。
そうなれば、足はエスカレーターに靴が挟まった時のように潰され、ぺちゃんこになる。
それは避けなければならない。
牛規を垂直ではなく縦にぶつけて何とか滑りながらも、反動と『ばくだん!』のアシストでくぐり抜ける。
そして今度こそ懐へ。
俺は爆弾を投げつけた。
そして起爆。
金属が腫れたように膨らんだ後、破裂。
やはりそこから見えるのは、真っ赤に光る大きな球体。
金属の皮膚が露出したそれを隠す前に俺は『ばくだん!』を使用し爆撃を行った。
前回は接近したところで間に合わずに終わった。
だから今度は投擲によってそれを飛ばして爆破した。
瞬間、空気を震わす爆音。
「────!!??」
そして怯んだような様子を見せる流塊剣。
だが。
「まあ、来るよね」
深紅に染まる球体は熱を無くしたように真っ青に染まった。
故に、次に来るのは散々まき散らした剣の回収。
吸い込むように、引き寄せるように青い球体へと周囲の地面に刺さる剣は戻っていく。
そしてその進路上に居れば、俺は切り刻まれる。
だから一気に後退した。
『ばくだんでの回避じゃないん?』
『前回は勘が働いての緊急回避みたいなもんだし』
『分かっていればまあ、花火ちゃんなら普通に避けられる』
別に剣は俺を狙ってくるわけではない。
そして流塊剣を中心にして蒔かれている。
そのため、どの方向からも剣が来るのは必至だが。
剣が狙いを定めているのが青い球体と言うこともあって、安全地帯は分かりやすい。
簡単に言えば流塊剣の足元。
そこには剣がなく必然的に剣の進路にはなりえない。
だが、そこに移動するのは下策。
と言うか、リスクが多すぎる。
敵の足元などどんな攻撃が来るかわからない。
そうなれば、にげる場所はおのずと決まる。
青い球体に近い場所が剣が密集するのは明白。
なら、そこから離れて剣の進路から外れるだけで良い。
それだけで避けることくらい可能。
「で、問題は次」
流塊剣が剣を回収し終え、球体を黄色に光らせるのを見ながら呟いた。
脈動し、球体を包む金属の身体に浸透するかのように黄色い光は広がっていく。
そして次の瞬間には、軍の集団行動のように一律に剣が体中から這い出て、一拍の猶予を置いたあと射出された。
剣による全方位射撃。
そしてそんな中俺は踏み出した。
『な』
『え、近づいて大丈夫?』
『死ぬぞ』
『いや、ナイフで弾くんだろ。前みたいに』
進む先は流塊剣を人間の様に例えるならば、脇の下と言えばいいだろうか。
いや、脇の下下ではあるのだが。
流塊剣はその異様な流動的に動く身体を持ちながらも、アニメ映画の最後の方に出て来るすべての闇が集まった存在みたいな見た目をしている。
明らかに生物のような体を成していない癖に、流塊剣は胴があって腕がある。
故に、全身から鳥肌必至の剣の集合体を生やして飛ばしてくるのであれば、どう考えたって腕の付け根はお互いに飛ばしあった剣が干渉する。
そのコアみたいな球体でも丸出しにしてそこから剣を生やせばそうはならなかっただろう。
だが、その液体金属の鎧を羽織っていた故にこれは起こる。
そして、打ち消しあうように剣は俺に届く前に空中で相殺しあう。
勢いを無くしガラガラと落ちて来る。
その隙に俺は動いた。
『まあ、そこなら打ち消しあうけど』
『一直線に来ないから逆に難しくね?』
『工事現場で落ちて来た鉄骨の下なら砲撃より安全とか思ってるおかしな思考』
『真正面から落ちて来た奴をはじけると言ってもタイミングミスれば死ぬんだからこっちの方が花火ちゃん的には楽なんだろ?』
『ばくだん!』によって生成したソレを上に投げる。
そして爆破した。
落ちて来る力を失った剣はこれによって横方向に吹っ飛ぶことになる。
故にコントロールを失った流塊剣の剣は奴へ刃を向けた。
いくつかは見当違いの方へと行き、俺の方への落ちてきたがそれは難なく躱す。
そして想定通りに動いた数本が奴のいつの間にか色を失った球体へと飛んでいった。
ガキッと音を立てて罅を入れる。
あそこが弱点だとすれば相当なダメージを与えたことになるだろう。
だが、奴も魔物。
そこで何もしない事はない。
確実に金属の皮膚の再生を急ぎ、滝のような腕をこちらに向ける。
まるで巨大なドリルを連想するほどに、避けた地面を削るようにして研磨剤には大きすぎる流動体の中を流れる固形の金属は抉り取った。
『やば』
『これ当たったら一たまりもねぇんじゃ』
『普通の探索者は装備で何とか耐えるけど……』
ただ、悲しいかな。
腕は二本ある。
今俺を狙ってきたのは左手。
ならば右手が到来する。
一瞬の隙に次の動作を考える。
そして俺は自身がひらめいた最適を実行した。
『ばくだん!』。ユニークスキルであり俺の主力スキル。
こいつはここでも役に立った。
投擲との併用。
敢えて脇に近づいたもう一つの理由。
すでにあの時設置していつでも爆破できるようにしていた。
起爆。
音、光、どちらもその威力を示すには十分だ。
眩いほどの光が消えた時、奴の胴と腕を繋いでいた肩は金属の皮膚がだらしなく剥がれていた。
そしてそのしわ寄せか。
奴の右手の攻撃は俺へ届く前に静止した。
『設置してたのか』
『いや、前の時ばくだん排出するような動きしてなかったっけ』
『多分もう一本のナイフを飛ばしてそこにくくりつけてた』
『アイツ、金属なら体外に出そうとしないんだよな』
「ふぅ。今日のために牛規以外にもホームセンターで買っといたのだ」
『流石ホームセンター』
『やっぱいいね。ホムセン』
『前回戦闘用に使えないとか言ってごめん』
とは言っても『夜鍵堂』とは微塵も関係がない。
ただのノーブランド品ではあったのだが、
ただ、ここで攻撃の手を止めては意味がない。
俺は再び地面を蹴る。
狙いのは露出した肩……ではなくやはり胴の球体。
「露骨にそっちの再生を速めてるんだから。弱点確定で良いよね!」
語尾を上げながら俺は爆弾を投擲する。
再生をして、今か今かと閉じようとしている隙間へと飛び込──
その瞬間肩の球体は青に染まり、そこへ吸い寄せられた剣によって俺が投げた爆弾は弾かれた。
そしてそれに悔しむ間もなく黄色に染まったそれは右腕全体に黄色の光を浸透させた。
剣は腕から這い出る。
そして間を置くことなく発射された。
「腕だけで……っ!?」
胴で同じことをしたときは全身で行われたそれは腕だけの小規模なのもので収まっていた。
だが、それ故に発射までにかかる時間は極端に短い。
未だ、回収された剣は半分以下。
それを盾にも出来るだろう。
だが、それには余裕がない。
俺は牛規を振るった。
『は?真っ向からやんの?』
『前回とはわけが違う』
『結構離れた状態で剣を飛ばされた前回と違って今回は比較的近いし何より集中砲火に近いけど』
『でも確実に防いでる』
『っていうか、動き良くなってない?』
『多分牛規になったことで、ナイフを庇う必要がなくなった』
『あー安い奴だから壊れないようにしてたのか』
『確かに、大抵攻撃を受けるときは地面に力を過剰に流してたな』
振るう。
数え牛蟻と言うだけあって強固なものだ。
更に製造過程では色々と鍛錬されているようだから硬さは比にならないだろう。
だから、多少の無理も出来る。
攻撃を受けることなくいなすだけにして、更に前進を試みる。
そして飛んできた剣の勢いを使って俺は接近を開始する。
量が少し多いのと、速度が速くなっただけ。
やろうと思えば、これを伝って接近くらい出来るはずだ。
その速度の剣に脚を乗せれば切れると言うなら牛規をぶつければいい。
俺は飛んだ。
剣の雨を添うようにして牛規で弾き、足場とする。
そして安定しない体制のまま、爆弾を放りこんだ。
もうほぼ閉じている。
一度皮膚を剥がさなければいけないだろう。
だが、それなら二度投げればいい。
牛規を腰に挿して、『ばくだん!』で生成したそれを投げる。
金属の皮膚が剥がれる。
だが、魔物も必死だ。死ぬまいと動く。
そして横から妨害しに来る腕を牛規で躱して、そのまま生成した爆弾をはじいて飛ばした。
もう一本の腕はすでに動かない。
だから、それは阻まれることなく目標物へと到達した。
爆発。
風が俺をその場から押しのけて、ダメージを受けた魔物は膝をつく。
いや、膝をつくことさえ許されずに保っていたからだが流れるようにして一面に広がり光に消えた。
「クリア、かな」
そんな様子を見て、俺は呟いた。