青いインク
探索者同士における戦闘は原則禁止されている。
故に、対人戦と言うものは見る機会は非常に少ない。
数少ない合法的な抜け穴として、殺傷能力を持たない武器での戦闘であれば許されもしているが、金にもならないそう言った行為はそうそう行われることはなかった。
ダンジョン配信が行われる前までは。
対人戦は今では一ジャンルを築き上げるほどの一大コンテンツとなり、通常のダンジョン攻略に肩を並べるほどの人気があった。
それだけに、対人戦をメインとした配信者が現れることも必然であった。
界隈と呼ばれるだけに育ったそのジャンルは一般層にも受け入れられるほどになっていた。
そして、今回配信者『花火』に対してコラボ依頼を送り付けた「ウラウ」と言う配信者も、対人戦に特化したチャンネル運営を行う人物の一人だった。
今回のことに限らず、様々な探索者に依頼して戦うのが彼女のチャンネルの特徴だった。
『人斬り』なんて言う悪意のある呼ばれ方をするほど彼女は様々な人物と戦ってきた。
だが、そんな歴戦の彼女でも今回の決闘には少しの思い入れがあった。
彼女は思う。
今日今この時、誰より先に配信者『花火』の味見が出来ることは運に恵まれた故のことだと。
本当に幸運。
奇跡的な巡り合わせと言っても良いだろう。
ウラウが『花火』と言う存在を知ったのは、やはりあの初配信。
いや、正確には本配信ではなく、動画サイト上に上がっていた切り抜き動画を何気なく開いたとき。
無名ながらも、一般的な探索者からは大きく逸脱した実力と、なにより狂気を見たのだった。
スキル枠が僅か三つと言う枷を背負いながらも、狂人じみた動きをする少女。
到底少女の力では太刀打ちできない魔物の眼前へと接近し、常人なら腕がなくなってもおかしくない様なスキルの使用。
身体強化を使って生身では再現できない速度を出している。
だが、それでも魔物だってそうスピードが変わるわけではない。故に、余裕があるわけではないのだ。
其れこそ紙一重、そんな状況を、自身の意思や技術など介入できないような一瞬もないような時間にスキルを開かれた口に放りこむのは最早賭けの領域にあった。
何かが狂えば一瞬で破城してしまうだろうその狂気の賭けを何十、何百と繰り返す。
正気ではない。
だが、だからこそウラウは自分の身体に熱がこもるのを感じた。
しかしそれに対して驚くことはなかった。
至極当然の摂理と言えるほどに必然であった。
だって、そもそも配信者ウラウは対人戦に何よりの喜びを見出す。
そう言う人種なのだ。
強いとか、弱いとか、そんなことなど関係なく彼女はあの花火という少女と戦いたいと思った。
それが叶えばどんなに面白いだろうかと。
どんなに楽しくなるだろうかと。
そして、そう時を待つことなくそれは叶った。
一度配信でもらしていた花火に興味があると言う言葉、それを覚えていたであろうリスナーによってその情報は彼女へともたらさせたのだった。
◆
現在20層。
花火がコラボの承諾をした際に居たそうであり、ウラウと合流を果たし、決闘の場へとなった場所。
その経緯には、ダンジョンにある転移陣が大きく関係していた。
まず、大前提として転移陣は五階層刻みにしか存在しない。
そのため、二人が合流する場合に使われる地点は必然的に20階層になる。
花火が入場できる限界は32層であり、ウラウがいた場所が51層。
そう考えれば一番労力がかからないのは花火がいる階層にウラウが転移してくることだった。
そして、そこから決闘をすると言うことを考えた場合、これまた適したのは20階層であった。
理由は簡単、緊急コラボにおける決闘をするとなれば、それが行われるのはもちろんダンジョン。
そして、その中でも魔物に襲われるリスクが低いのがここであるからだった。
魔物の湧き具合であれば、1階層も選択肢としてはあるが、決闘と言う面を考えるのならば、洞窟型の狭い通路での戦闘は様々な問題が生じることは明白であった。
「この辺で良いかな?」
「もうちょっと左でもいいですか」
ウラウの声に花火がそんな風に返しながら、決闘の正確な場所を探っていた。
二人が納得する位置まで来るとお互いに距離を取る。
途中で光嫌羊を邪魔そうに二人はよけながら、お互いに下がった。
よくも悪くも大量に湧いた羊にウラウは一瞬眉を顰めるも、表情を緩めた末に口を開いた。
「ちょっと、ヒツジが邪魔かと思ったけど、まあ、障害物と思えばいいのかな?」
『こういっちゃなんだけど、実力差はあるだろうし』
『魔物を倒す対決とかはどうかしらないけど、対人戦だしなぁ』
『対人経験がないならこれくらいで良いかも』
視聴者も二人の有利不利を考えているのが見て取れた。
対魔物に特化した花火と言う少女がどこまでできるかは未だ未知数。
だが、それでも真正面からはきついだろうと察していた。
「じゃあ、最終確認だけど、ルールは一撃を武器で入れた方が勝ち。一応殺傷能力はないゴム製で刃に塗られた塗料が付けられてるからそれが付けば終わり。……あ、もちろん飛ばすのはなし」
そんな説明を聞きつつ、対面する花火は自身の獲物の感覚を確かめるように握った。
対してウラウは自身の私物、しかも何度も使っているからか特にそう言った様子はない。
花火の様子を伺いつつ、相変わらずその名前を体現したように輝く瞳だなとうっすら思う。
ただ、間を開けることなく彼女は口を開く。
「で、スキルに関してだけど、さっき話しあった通り、私は身体強化と剣術だけ。花火ちゃんは制限なし」
『まあ、妥当な気がする』
『ウラウは剣術だけで強いからな』
『花火って子行けんのかな』
「これくらいかな。花火ちゃんからは何かある?」
改めてルールの確認を行い、花火にも一応尋ねた。
花火はうーん思案顔をする。
別にないならないで良いのだがと思っていると不意に思い出したように言った。
「視聴者の皆さんは、俺じゃなくてウラウさんの視点に移っといた方が良いと思います」
ウラウは一瞬首を傾けるも、そう言えば彼女の戦い方を考えれば、ある程度俯瞰してみることの出来るウラウのカメラの方が見やすいだろうと思い到った。
魔物相手であればそれでもいいだろうが、両者に注目をする対人戦においてはいい判断だろう。
そしてコメント欄と概ね同じような理解を示していた。
『?』
『ああ、まあ酔いそうだし』
『俯瞰してみるならそうか』
『俺はこっちで見るけどな』
「じゃあ、こんなところで始めようか。合図はドローンに内蔵されたカウント機能で」
ウラウが前置きを終えて、そう言うとドローンは二人の間の丁度中間地点にホログラムのようにして数字を浮かべた。
ダンジョン産のパーツを元に作られたドローンの一機能である。
ウラウのは後付けではあるが、対人戦においては必須級の代物であるため当然つけられていた。
そしてファイブカウントが始まる。
花火はすでに臨戦態勢。
ウラウもゆっくりと構えをとった。
その瞬間雰囲気が変わる。
そんなことに驚愕する間もなく、カウントはゼロになった。
瞬間、地面が蹴られた。
始めに動いたのは花火だった。
そしてウラウは見逃さなかった。
花火が一歩目を踏み出すその瞬間に後ろ手で『ばくだん!』を使用し、上空へと投げていたことを。
対人戦における投擲スキルを持つ者がよく使う戦法であった。
スキルによるアシストにより、自然に走り出すとともに何かを宙に投げる。
パターンとしてはいくつが存在するが、よくあるのは敢えて気を逸らすために行われる場合。
そして、タイミングを合わせての第二の刃としての使用。
だが、今回に限っては前者だ。
ウラウは一瞬の隙にそう断定する。
花火の獲物は一本だけ。それはゴム製の決闘専用のものに変えているだけに隠し持っていると言う可能性はない。
そして何より、打ち上げられたのは爆弾であると言う事は、投げる瞬間に見ている。
これを見逃していれば、どちらかの二択を確認するために隙をつかれるか、どちらかだと仮定したうえで賭け同然の戦いになったかもしれない。
しかし、そうはならなかった。
故に警戒すべきは、目の前のナイフと爆弾の意味だ。
あの距離の投げられれば、爆風で身体を揺さぶると言う戦法も取れるかもしれない。
だが、それでは花火自身のスピードを落とすことにもつながりかねない。
現時点でのアドバンテージを捨てると言う事はないだろう。
なら、完全なブラフ。
いや、そうでなくともそこまで警戒する必要はない。
ウラウが今しなければならないのは、相手を近づけさせないこと。
こちらが接近戦を狙わなければ攻撃は入れられないが、それは一度彼方の態勢を崩してからだろう。
故に、抜刀の構えを取る。
最悪『剣術』スキルに付随する斬撃を飛ばせば、ルール上の勝ちにならなくとも一度距離を取ることは可能。
どのようにでも対応できるように、相手を見据えた。
ただ、次の瞬間アクションが起こったのは上空だった。
つまり、爆弾だ。
警戒を外したわけではない。
故に何が来ようとも対処は可能。
だが、それはトリガーに過ぎなかった。
爆風もなく音もなかった。
唯一あったのはわずかな光。
目つぶしをする程度にも光らないわずかな光。
スキルによる一切の効果ではなく、単なる副産物であるスキル光であった。
だが、それだけで十分だったのだろう。
そう気づいたときには、周辺にいた光嫌羊が入り乱れるようにして駆け巡っていた。
そしてそれを隠れ蓑に花火は接近してきていた。
シャッフルするようにして金の羊はかき乱れる。
もはや羊の流れで彼女の移動ルートを推測することも出来ない。
ただ、その程度なのかとウラウは思った。
いいや。
いきなりの、しかも初めての対人戦でよくやったと言えるほどだ。
だからこそ、知らなかったのだろう。
ドローンは自身の居場所をばらす存在であると。
配信の特性上、カメラは探索者本人に向けられる。
故に花火の後ろを追随するのだ。
小さい体を生かして羊に紛れた奇襲。
だが、それもドローンが少し高い位置からカメラに収めていれば意味がない。
ピンでも指すかのように彼女の居場所は分かってしまうのだ。
だが、落胆するのは違うだろう。
奇襲が失敗したからといってこちらの価値が確定したわけではない。
故に油断はしない。
初撃でやれなければ、こちらが負ける可能性だってあるのだ。
だから、確実に……
そう思ったとき、不意に感じた。
殺意のようなモノを。
ルール故に、『危機感知』のスキル効果は切っていた。
だから、これを感じ取ったのは経験によるものだろう。
命がけで魔物と戦っているときと似たような嫌な感覚。
手傷を追う前の一瞬の感覚。
それを理解する前に、彼女は体を翻して剣戟を放った。
故に命拾いをした。
命などかけていないこの戦いでそう思った。
真剣どころか金属ですらないゴムの刀は相手の刃を防ぐに至った。
その時やっと彼女が始まる前に、視点をウラウに変えることを推奨した意味を知った。
いつからかは知らないが、少なくともここに接近するこの瞬間にドローンは彼女を追っていなかった。
ドローンを囮に使って花火はこちらの首を狙ってきたのだ。
だが、そんなことに関心などする暇はない。
お互いに刃の届く距離、どちらが死んでもおかしくない。
それでも確実にこちらの獲物の方がリーチが長く、『剣術』スキルによって剣も速い。
彼女が突き出すようにして放ったナイフを引き戻すためにかかる時間は数秒にも満たないだろう。
だが、その間に自分は彼女を三回殺せる。
しかし、それは引き戻した場合。
例えば、彼女が『ばくだん!』を使ってそのまま強引に真横にナイフを加速させれば。
「───ッ!?」
始めの爆弾のスキル使用の段階でなんとなく設定をいじることが可能だとは読んでいた。
だから、その可能性は考えられた。
威力をなくして、自身の腕を強引に降る程度の力加減にすることも出来ると。
そして、奇跡に近かった。
読んでいれば避けれると言うものではない。
だが、ウラウは避けた。
そして大振り、しかも本来ナイフを振るうような角度ではない。
どんな修正をしても隙だった。
自身の身体を吹っ飛ばすと言った対処をさせる前に首を飛ばせる。
そしてそれは確実に彼女の首に一閃をかいた。
まるで本当に斬られたかのように赤い血が舞った。
確実に勝った。
だが、目の前の少女は負けているはずなのに、その夜景に浮かぶ赤い花火のように輝く瞳を細めて笑った。
意味が解らなかった。
分からなかったが事実として、自分が相手を切ったと同時にウラウの肩口も真上から染みるようにして青いインクでぬれていた。
そして先ほどの奇襲による一撃を防いだ後、彼女の振られた手にナイフが元からなかったことと、寸前に上にナイフを飛ばして丁度自身が彼女を切ったタイミングで落ちてきて体に触れていたのだと気付いた。