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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

髪のかち 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふ〜む、「男の行方は誰も知らない」か。

 お、こーちゃん。執筆作業は休憩かい?

 うん、近々学校で勉強するんだよ、羅生門のこと。教科書に載せてくれているんだし、前もって読んでおこうと思ったんだよね。まず一回目の読了ってとこ。

 こーちゃんも知っていることだろうから、長々と感想を話すことはしないけどさ。売り物にされるだろうと、様々に出てきたブツの中に髪の毛あったじゃん? 

 魚の干物――作中じゃ干した蛇を騙して売ったものらしいけど――や老婆の服に比べると、いまいちどれくらいで売れるか分からないんだよね。

 

 試しに現代だと、1メートルを超えたあたりで最上のお値段クラスになり、あとは量や状態によって判断されるんだとか。

 一番いいとこで500グラムを超えると、ひとり高級ホテルに泊まれそうな額になるのを見た。とはいえ、人ひとりから取れる髪の量は、長髪な人でもおおよそ200グラムあたりだとか。

 それでも、もし現代と同じような相場だとして、生きるか死ぬかと語るほどの老婆にとってはかなりの大金。昔の女の人は髪の長いことが多いだろうから、きっとそれなりの値がついたんだろうな。

 値打ちものだけに、髪を扱う話は古今問わずに多く、その効力もいろいろだ。

 僕が父さんから聞いた話なんだけど、休憩がてら耳に入れてみない?

 

 小学校時代の父さんのクラスメートに、めちゃくちゃ髪の長い女の子がいたんだ。

 ゴールテンポイント? だかで髪を結い上げても、腰近くまで髪の先がゆうに届くというスーパーロング。あの伸ばし具合は生まれてこの方、一度も髪切ったことがないんじゃないかと父さんが思うほどだったとか。

 ぱっと見だと根暗っぽい印象を受けたが、ノリそのものは悪いやつではないらしく。

 一発芸を頼まれると、その長い髪をほどいて、顔の前へ持ってきて「うらめしや〜」とお化けのまねごとをしてくれる。

 

 この視覚効果が、シンプルに心臓に悪い。

 その見事な黒髪は障壁としても完璧で、彼女の顔から足元近くまでをしっかり隠し、表情も輪郭も悟らせない。ただ腕のみを伸ばして、前方へ突っ込んで来る。

 本人いわく、このような状態でも前は見えているらしい。びっくりしてよけようとしても、彼女の方から追尾してくるものがから、たまったものじゃなかった。怖がりの子など、つい反撃しかかってしまうほどだ。

 しかし彼女は脅かしこそすれ、暴力に対しては専守防衛の構え。

 拳を繰り出されれば軽くいなし。キックを食らいそうになったら、大きく飛びのく。少なくとも父さんの見ている前で、彼女が殴打される瞬間はなかったとか。

 実家が護身術に詳しいから、それをたしなんでいるとのことだったけど、いずれにせよ悪くない運動神経だとは思えたとか。



 そして、朝からやけに湿っぽい空気が身体にまとわりつく、その日。

 彼女のポニーテールは、爆発した。

 ゴールデンポイントより高めの結び目は変わらないが、そこから毛先が大きく広がってばらける様子は、骨の多い傘を開いたかのよう。物語が物語なら、メドゥ―サの髪とはああなるものかと、感心するくらい。

 父さんの小学校に、髪型に関する細かい規定はなかった。学校生活に支障をきたさない範囲なら構わないとされ、彼女も突っ込まれることはあれど、本人が気にしていなかったとか。


 けれども、父さんたちまわりにいる面々には、迷惑たりえる。

 普段はきっちり整えてある彼女の髪が、今日ばかりは動くたび、一緒にわさわさ揺れてくるのだから。

 気を抜くと身体に触れてしまう。父さんも彼女の近くの席に座っていたから、彼女が座ろうとするたび、ぱすん、ぴすんと髪先がかすってくる。

 気をつけろよ、とむっとした声音で突っ込んでも「めんごめんご」と、父さんの世代でも怪しいネタでもって返答してくる始末。

 どこまで本気か分からない仕草で、それでいて父さん以外のクラスメートも多かれ少なかれ、髪の毛でなでられて、そのたびに腹を立てていたくさかったとか。

 そこまで自分たちの機嫌を損ねる真似をして、悪びれもしない。普段の彼女からはちょっと考え難い態度に、父さんも怒りながらかすかに違和感を覚えていたとか。



 その日の晩ご飯。

 鮭の切り身を飲み下した父さんは、ぐっとむせかける。

 骨を思わせる痛みもだけど、それ以上に、のどへ何かがへばりつく妙な感触があったからだ。

 無理やり咳で追い出すのは無理だ。つっかえた骨が、より強く食い込んでしまう。

 もし、魚の骨がつっかえたなら、ご飯をかきこめ。

 かつて受けたアドバイスの通り、茶碗に残ったご飯を丸呑みする父さんだったけど、取れたのは骨のつっかかりだけ。

 のどの粘りは、取れない。

 胃へ落ち込むことも、口元へあがってきてその正体を見せることも、ない。

 食事のあと、いかにうがいをし、大口を開けて鏡をのぞきこんでも、その違和感のもとが姿を見せなかったんだ。覚悟を決めて、いくら嚥下しても結果は変わらず。

 タンが絡む感じとも異なった。もし、間違いでなければこれは……髪の毛をあやまって飲み込んしまったときにそっくりなような。

 これまで味わったのが、自分のものか他人のものかは定かじゃない。けれども、父さんの脳裏には嫌でも、昼間の彼女の髪のことが浮かんでしまったとか。


 明日の学校で、とっちめてやる。

 そればかり考えて、布団の中へ潜り込む段でもお父さんは怒り心頭だったらしい。心頭に達し続けて、いっこうに眠気がやってこない。

 これは冬場で掛布団が何枚もあれば、いら立ちまぎれに一発、足で吹っ飛ばしてやるところだった。それが夏場の今は、薄手の布団一枚も暑苦しくて、はいでしまっている。

 パジャマ一枚のみをそなえた、無防備な身体をさらしつつ、父さんは何度も打ってきた寝返りを、いま一度打とうとして。


 できなかった。

 横向けようとした首は、がっちりと固定されて動かすことができない。

 つられて身体も、半端な横向きしか許されず、つい父さんは目を開けてしまった。

 首に枷がつけられている。真上から「コ」の字がたの木片が、そのくぼみの中へぴったりと父の首をとらえてしまっているんだ。

 両端は枕に、その下の布団に、床にかっちりと埋まってしまっているようで、まったく見えない。手で外しにかかろうとも、先ほどまで問題なく動いていたのが、これもまたピクリとも動かせなくなっていた。

 

 それだけじゃない。

 布団の両端に立つ一対の柱らしきものが目に入る。そのてっぺんには銀色に光る刃が浮かんでいる。もちろん、寝入る前にはなかったものだ。

 カッターの刃の一枚を思わせる形状。その刃の真下には寸分のずれもなく、父さんの固定された首が待っていた。ぞっと鳥肌が立つのを父さんは感じた。

 ギロチンだ。自分は布団に寝かされながらギロチンにかけられようとしている。

 自覚し、声を出そうとしたときにはもう、構えられた銀の刃が降り落ちてきたんだ。

 首と胴を離すんだ。相応の速さがなくてはいけない。

 あおむけに寝かされているせいで、迫りくる刃がはっきり見える。それで自分の命が消えるのだと実感する暇さえなく、すでに刃は父さんののどへ吸い込まれていく――。


 はずだった。

 刃は肌に触れたところでにわかに止まり、父さんはいささかの痛みもなく、代わりにのどを満たすのは吐き気ばかり。

 髪の毛だった。父さんは自分のかすかに開いた口から、髪の毛を吐き出していたんだ。

 なおひとりでに伸びる髪の毛は、その細い身からは考えられない頑丈さで、すでに銀の刃をひと巻きする形で食い止めている。

 そのまま父さんの吐き出すまま、もうひと巻き、ふた巻きと刃を固定した。父さんののど奥から毛が途切れるのと、その毛が刃もろともにギロチン台を横倒しにするのは、ほぼ同時のことだったらしい。


 ふと気が付いたときには、朝になっていた。

 ギロチンの刃も台も髪の毛も、部屋にはかけらひとつ残っていない。けれども、その首元を鏡で見ると、一文字に腫れ上がる線があったんだ。

 夢じゃなかった。

 学校へ行き、クラスのみんなを見るとやはり同じようなものが。話をすれば、みんなが昨日、自分がギロチンにかけられ、髪の毛に助けてもらう夢を見たのだとか。


 やがて、例の彼女がやってくる。

 見事に伸ばしていた髪の毛をベリーショートにしたその格好は、一瞬彼女であることを皆に気づかせない変わりようだった。

 昨晩の件を問い詰めるみんなに対し、彼女は詳しいことを話さず、ただ一言だけ。


「護身術に詳しい家だから、たしなんでいると言ったでしょ?」


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