83. 傾国の悪女ミランダ現る……?
「ミランダ様。停戦中だというのに、何だか物々しいと思いませんか?」
ミランダとヴィンセントの視線が一瞬交差する。
馬車に並走する護衛騎士ヴィンセントが、開いた窓越しに声を潜めた。
城門には衛兵だけでなく、ずらりと並ぶ数十人もの武装兵たち。城壁の上には弓兵が立っており、矢をつがえはしないまでも、近い姿勢で警戒するように構えながら目を光らせている。
さらに視線を奥へと動かすと監視塔らしき建物が見え、そこにもまた複数人の武装兵が立っていた。
「都市が封鎖されたことと関係するのでしょうか」
「そうねぇ……」
何かを訝しむように、スッと目を眇めるミランダ。
『皇太子妃選定式』の参加者は、ドナテラ然り他国の王族も含まれている。
ファゴル大公国でも賓客を招く際、警備を厚くするため不思議ではないのだが――。
「停戦中のはずなのに、まるで侵攻でもされるかのような厳戒態勢だわ」
この厳戒態勢が常だとしたら、それはそれで異常よね。
苦笑交じりに呟きドナテラを見遣ると、不安そうに窓の外を見つめている。
手続きを終え、ミランダ達の乗る馬車が城門の中……帝都へと入ったのだが、ミランダがそう感じるのも無理はないほど至る所に武装兵が配置されている。
柔らかなクッションにもたれかかりながら、ミランダは窓の外へゆっくりと視線を巡らせた。
「『皇太子妃選定式』は期間中であっても、望めば辞退できる決まりです。難しいと判断したら、すぐに撤退しましょう」
ドナテラを安心させるように微笑みかけたところで、華美な装飾がほどこされた馬車が、こちらに向かってくるのが見えた。
取り囲むようにして護衛騎士に護られた馬車。
国章を示すような紋章が目に入り、他国の王族が乗っているらしいと推察できる。
「選定式の参加者でしょうか?」
「どうかしら? でも辞退するには早過ぎない?」
訝し気に首を傾けたところで、気付いた御者が突如身構え、何かに怯えるように手綱を引いた。
ミランダ達の乗る馬車から少しでも距離を取るように、広々とした道の端ギリギリに寄っていく。
そのまま速度を上げ、すれ違いざま横目もくれず、まるで逃げるように走り去っていった。
「……こちらを見て明らかに加速したわね」
「急きょ彫ったので、カナン王国の紋章に気付かなかった可能性も……いや、それにしても」
他国の王族が怯えて逃げるって一体どんな状況ですかと、ヴィンセントが苦笑している。
窓から入る少し湿り気を帯びた空気が、ミランダの頬をわずかに掠めた。
***
侍従と思しき男性に案内された大広間には、既に一人の『王太子妃候補者』が立っていた。
国内から選出された令嬢だろうか、王族の雰囲気はないが目を奪われるほどに美しく、高貴な生まれだと一目見ただけで分かる。
「それでは、お時間になりましたので説明に入らせていただきます」
ミランダ達を案内してくれた侍従が、丁寧な所作で一礼する。
「皆様の住まう宮殿は、ご不便のなきようすべて整えておりますので、どうぞご安心ください」
皇帝陛下への謁見はまた後日、改めて行いますと侍従が補足した。
敬意を払っているようだが、椅子一つ用意しないまま説明を続ける。
グランガルドでは人質の立場だったが、入国してすぐに案内された部屋には最低限の物が用意されていた。案内役も万が一に備え、腕の立つ騎士ロンが選出されていたというのに。
カナン王国であれば玉座の傍らに腰を下ろしてもおかしくない王女ドナテラを、自国の候補者と同様に立たせたままにしている。
他国同様に女性が軽視されているのは知っていたが、この様子を見る限り、――今後の扱いもお察しである。
「あの、候補者は五人と伺っていたのですが……?」
「他国から参加表明されていたお二人は、皇帝陛下の謁見を待たず辞退されました」
遠慮がちに質問するドナテラへ、最大限の敬意を表しているとでも言いたげに、胸に手を当て恭しく侍従が答える。
だが候補者は全部で三人いるはず。
もう一人はどこにいるのかしらとミランダが室内を見廻したところで、カツカツと足音が近付いてきた。
「ちょっと、どうなってるのよ!?」
女性特有の、甲高い声が室内に反響する。
「まさかこのわたくしに、立ったままお前の説明を聞けとでもいうつもり?」
入口には、声の主。
黄金色の瞳が、怒りに満ちている。
なびく髪は金糸のように輝き、深く開いた胸元と引き締まった腰のラインは、まるで娼婦のように艶めかしい。
「何かしら、誰かを彷彿させるような……?」
ドナテラの呟きがミランダの耳へと届く。
侍従が慌てて頭を下げ、部下たちに目配せをした。椅子を用意すべく、硬い靴音が慌ただしく遠のいていく。
「申し訳ございません、ミランダ様。今すぐ椅子をお持ちいたします!」
――ミ、ミランダ様!?
目を丸くするファゴル大公国御一行様。
室内にいたもう一人の候補者の周囲も、ざわつき始める。
すぐに人数分の椅子が運ばれ、金髪の美女、――『ミランダ』がゆったりと腰を下ろした。
ドレスの裾がふわりと大きく広がり、自信に満ち溢れる様はまるで女王のようである。
「こ、これで皆様、ようやくお揃いですね。改めて、候補者の方々にご説明を――」
「ちょっと」
話を続けようとした侍従の言葉を、またしても椅子に腰かけた『ミランダ』が遮った。
「はるばるこの国まで来てやったのに、三日も待たせるなんてどういうつもり? それも皇太子妃の候補者だなんて、初耳だわ。当然、納得のいく説明があるのでしょうね?」
「そ、それはもちろん、第二皇子殿下のご推薦がございまして、……その、……」
「で? その選定式とやらにわたくしが参加して、どんな得があるのかしら?」
侍従は冷や汗をかきながら、他の候補者の様子を伺うように視線を泳がせる。
まだ住居にかかわることくらいしか説明していないのに、早くも空気は最悪だ。
身体全体を包み込むような柔らかな椅子に、横柄な態度でふんぞり返って威張り散らす傾国の悪女……『ミランダ』?
どこか楽しげな様子で、不穏な気配を漂わせるミランダに、ヴィンセントの頬を一筋の汗が伝った。







