81. 不器用な狂王は、ミランダ愛が深すぎる
戦にのぞむ時と変わらない、身も竦むような覇気を放つ大国の王。
息を呑む音すら、聞こえそうなほどの静寂の中。
グランガルドの国王クラウスは、重い口を開いた。
「諸侯らに問おう」
執務室の椅子に座すクラウスの前には、グランガルドの屋台骨を支える重鎮二名が立っている。
何かあるたび、ちょいちょい気軽に呼ばれる宰相ザハド。
そして本日、所要で王宮に立ち寄ったシェリルの父、保守派筆頭ヴァレンス公爵がその場に控えていた。
一体何の話なんだ?
突如、王の執務室へと呼び出され、何事かと警戒心を露わにする二人。
「……慕う者へと綴る、想いのこもった手紙とはどのようなものだ」
「――!?」
慕う者へと綴る、想いのこもった手紙!?
クラウスが言葉を発した次の瞬間、執務机の上に置かれた一通の封書が、二人の目に飛び込んだ。
ファゴル大公国の封蝋印。
将来を約束した、それも大国の王へ宛てた手紙。
――そう、かの悪女、第二大公女ミランダからの手紙である。
「ザハド、答えろ」
指名制!?
しかもそんなふんわりとした質問に、どう答えろと……?
助けを求め、そろりとヴァレンス公爵を見遣るザハド。
だがザハドからの熱い眼差しに気付いているくせに、ヴァレンス公爵は静かに一点を見つめ、ひたすら存在感を消している。
ああ、そうそう。
こういうとこ、あるよね。
何とかやり過ごそうとしているのが、ありありと見て取れ、ザハドはギリリと歯噛みした。
助ける気は皆無。
……くそ、まずいぞ。
何て答えたらいいんだ……。
上手い答えが見つからず押し黙るザハド。重苦しい沈黙が、王の執務室を支配する。
「ではヴァレンス公」
「えっ!?」
予期せぬ流れ弾に、今度はヴァレンス公爵がビクリと肩を震わせた。
背後から急襲されたかのように目を見開き、額に汗をにじませている。
よぉし、免れた!
立場が逆転、ヴァレンス公爵からの熱い視線を感じるが、先程素知らぬ顔をされたため助ける気など毛頭ない。
大国の重鎮達による、激しくもくだらない攻防戦。
解放されたザハドは息を殺し、身動ぎもせず執務机の木目を数えた。
内心ガッツポーズをしていたのだが、「次はまたザハドだから考えておけ」と攻撃の手を緩めないクラウス。
残念ながらループ式……満足のいく答えを得るまで、このイベントは終わらないらしい。
「俺の知る限り、シェリルから兄上に宛てた手紙は、少なくとも数倍の厚さがあったと記憶している」
そうだったっけかな、とヴァレンス公爵の目が泳ぐ。
改めて見ると、それ中身入ってますかね? と突っ込みたくなるほどの薄さである。
まさか、封筒だけとかないよね?
いやいやさすがに……。
ひらりと滑り落ちた手紙を拾うと、読んでも構わないとクラウスが頷いた。
重鎮二人で覗き込み、恐る恐る開く封書。
中には折りたたまれた紙が一枚入っており、『では、そのように』と書かれている。
「え、これだけ!?」
思わず声が出てしまい、ザハドはハッと口を噤む。
その時ザハドの脳裏を、十日前のクラウスの姿が過ぎった。
いつも一心不乱に仕事をするクラウスが、執務中にふと手を留めて、物思いにふけっている。
花模様の透かしが入った可愛らしい紙をわざわざ取り寄せ、少し書いては考えて、少し書いてはまた考えて……。何度も失敗し、クシャクシャにしながらゴミ箱に放り投げている。
『鍛え上げたので、存分にこき使って構わない』
結局書き上げたのは、たったの一行だったことをザハドは知っている。
でもこれは、やっとの思いで書き上げた一行なのだ。
数秒でササッと書いたと思わしきミランダの手紙とは、同じ一行でも重さが違うのだ。
クラウス自らしたためた、女性宛の手紙。
剣を振るってばかりのこの王が、想いを寄せる異性に手紙を書くこと自体、信じられないほどの前進だというのに。
グランガルドに迎え入れたらすぐにでもお願いしたい仕事が山ほどあり、クラウスの手紙に加え、分厚い近況報告を混ぜ込んだのが良くなかったのかもしれない。
「陛下。読み解きますとその手紙は、『すべてを陛下に委ねる』ということではないでしょうか」
「……なんだと」
「陛下の采配にすべてを委ねる。そんな万感の思いが込められているに違いありません」
「絶大なる信頼の証、と言うことか」
「――恐らくは」
若干丸め込んだ感はあるが、一応の納得を得られ、ほっと息を吐くヴァレンス公爵。
「確かにそんな気がします!」
急遽参戦し、ザハドも全力で乗っかった。
***
「そういえば……」
帝国への出発を控え、ファゴル大公国の第二大公女ミランダは、思い出すように呟いた。
慰安活動中、孤児たちから貰った手紙の束がドサリと前に置かれている。
識字率を上げ就職先を斡旋することで、貧困の解消に努める……子ども達の教育にも余念がないファゴル大公国。
決して綺麗な字ではないのだが、一生懸命書かれたお礼の手紙を微笑ましく手に取っていたところ、先日クラウスに出した自分の手紙を思い出した次第である。
「クラウス様へのお返事は、本当にあれで良かったのかしら」
おとがいに指を当て、うーんと悩まし気に唸るミランダ。
忙しいクラウスの負担にならないよう必要最小限で答えたのだが、さすがに短すぎたのでは?
「返礼品は送ったけれど、心尽くしの贈り物と比べると、若干こう……ね」
「であれば、今すぐ手紙をお書きになればよろしいのでは」
「そうよねぇ……」
護衛騎士ヴィンセントが、やっと気付いたのかとでも言いたげな目をしている。
珍しく煮え切らないミランダの手元には、クラウスからの一行手紙。
あのクラウスが選んだとは到底思えない、可愛い花模様の透かしが入っている。
「恋人と物理的に離れている場合、御自身の絵姿を贈ることも多いそうですよ」
「肖像画なんて、もう何年も描いてないわ」
それにクラウス様が嬉しそうに絵姿を眺める姿など、想像できないもの。
困ったわ、と頭の後ろに手を当てたところで、指先に滑らかな紐が触れた。
「……ヴィンセント。剣柄に飾り紐を巻いたり、結びつけたりするわよね?」
「はい。指が引っかかり、剣が持ちやすくなるという実用性も兼ねています」
ミランダの髪を縛る組紐は、絹糸を編み上げたファゴル大公国の伝統的な工芸品。
あまり器用なほうではないが、これなら糸を編み上げていくだけで完成する。
「あとは戦争に行く恋人への贈り物としても最適です。鞘やベルト、腕に巻いたり……肩当てに付けたりもします」
組紐なら数時間で作れるわよね。
そんなことを考えていると、ヴィンセントがやたらと『恋人』ワードを推してくる。
「殿下が手ずから作った贈り物となれば、陛下にとってどのような宝石よりも価値あるものです」
「……そうかしら?」
「絹糸がご入用なら、今すぐ大公宮の裁縫室から持って参ります」
「そ、そう?」
「ひとまず十種類ほど並べてみて、直感的に選んでも良さそうです」
「……」
見兼ねていたのだろうか。
今すぐ作りましょう、と急かし始めるヴィンセント。
珍しく饒舌な護衛騎士……やっぱり手紙だけにしようかな、とは今さら言えない雰囲気になってしまった。
小さく溜息を吐き、ミランダは呼び鈴を鳴らした。
***
「確かにそんな気がします!」
さて場面が戻り、グランガルド国王クラウスの執務室。
「いやはや、さすが。御慧眼です!!」
冒頭の裏切りは見なかったことにし、手を組むのがお互いにとって得策だろう。
全力で乗っかり中のザハドが汗をかきかきヴァレンス公爵を持ち上げていると、扉の向こうから遠慮がちなノックが響いた。
「陛下、ファゴル大公国から封書が届いております」
「なんだと!?」
ザハドは叫ぶなりダッシュで受け取り、クラウスへと手渡した。
変わり身の早さに加え、フットワークの軽さもまた、彼の持ち味である。
クラウスが封を開けると、またしても一枚だけの手紙……続けて「ん?」と小さく声を発し、奥から紐を取り出した。
ガルージャ戦の際、護衛騎士のロンが『間違いなくミランダの指示である』、とヴァレンス公爵に示したファゴル大公国の伝統工芸品。
グランガルドの国旗と同じ色が使われたその組紐を手に取り、しばらくじっと眺めていたクラウス。
思いついたように腰の剣鞘へ、いそいそと結び始めた。
受け取った手紙は、専用の箱だろうか、大事そうにしまっている。
紐一本で満足気な大国の王が何だか不憫で、ザハドとヴァレンス公爵は俯きがちに視線を交わした。
(陛下、頑張ってください)
(俺たちが陛下を支えなければ)
ザハドが開け放った扉近くで、侍従達もまた決意に満ちた眼差しを送っている。
ミランダ愛が深すぎる、不器用な狂王クラウス。
この日を境に、グランガルド王宮内の士気が爆上がりするとは――。
さすがのミランダも、思いもよらなかったのである。







