閑話2.『悪女の過去を、暴く会』グランガルド侵攻
「お父様にお願いがあるのですが……」
ちょこんと顔を覗かせ、遠慮がちに執務室へと入ってきた愛娘。
キラキラと謎のオーラを放ちながら、その手に持っていた書類をファゴル大公へと差し出した。
「なんだこれは」
「話すと長くなりますので、ひとまずお手に取って御覧ください」
「……嫌な予感しかしないんだが?」
「説明は後ほど。読み終わりましたら口頭で結構ですので、承認をお願い致します」
「断る。俺は今日、とても忙しい」
今すぐ持って帰れと騒ぎ立てるがミランダは一歩も引かず、先程の遠慮がちな態度は幻だったのではないかと思えるほど、グイグイと勢いよく書類を押し付けてくる。
最近はミランダの真似をして、末の妹までおねだりをするようになったのだが……クッキーが食べたいとか、お父様と一緒に街へ行きたいとか、もう可愛くて仕方がない。
だが、――この娘は違う。
ミランダのおねだりが可愛かった試しなど、ただの一度もないのだ。
「アリーシェが双子を産んだ時だってそう……ッ!! やっとアルディリアから帰ってきたと思ったら、今度は何をしでかす気だ!?」
「お姉様の時は、一緒に話し合った上で決めたではないですか」
「すべてお前の筋書きだろうが!? それにもう十七歳だというのに、悪評のせいで縁談がさっぱり来ないではないか!!」
ファゴル大公国の第二大公女、継承順位は第一位。
国内の有力貴族であれば、醜聞の内情をある程度把握済み……なのだが、それを踏まえてなおミランダの伴侶は荷が重いらしく、令息達の腰が引けまくっている。
「アリーシェがお前の年齢だった頃には、立派にアルディリアの王妃として嫁いでいたというのに!!」
「……この程度の悪評で尻ごみをする方など、こちらからお断りです」
みなぎる自信で一刀両断するミランダへ、「断るも何も、現時点で選択肢が一つもないと言ってるだろう!?」と、ファゴル大公が気色ばむ。
悪評以前の大問題。
次期大公としての手腕は認められているものの、色めいた話が一つとしてない愛娘。
フム、と腕組みをして、美貌の第二大公女は不思議そうに首を傾けた。
「で? お前は何を承認して欲しいんだ?」
これ以上話してもキリがないと、ファゴル大公は諦め心地で書類を受け取る。
だが目を落とすや否や、その動きを止めた。
「なんだこれは……?」
「はい、グランガルドへ攻め入る許可をください」
「はぁ!?」
「形だけの侵攻です。辺境伯に協力を仰ぎ、お父様の承認が下り次第すぐに動けるよう手筈は整えてあります」
「え? いやいや、お前は一体何を言って――?」
まったくもって意味が分からず、ファゴル大公は呆けたようにポカンと口を開ける。
ファゴル大公国の南側に位置する、四大国の一つグランガルド。
敵対国でも同盟国でもないその大国は、先代国王が身罷り、『狂王』の二つ名を冠する新王クラウスに代替わりをしたばかりである。
「アルディリアからの帰路で、一体何が?」
「実はアルディリアの国境付近で、帝国の勢力が著しく拡大していたのですが……」
本来なら追加の兵を割けるだけの余力はないはず。
どこかに配置していた軍を引きあげ、追加投入したとしか考えられなかった。
――では、一体どこから?
「まさか帝国がガルージャと手を組んだとでも?」
「一時的だと思いますが、恐らくは」
「ならば尚更、グランガルドへ侵攻している場合じゃないだろう!?」
ファゴル大公国がこれまで無事でいられたのは、四大国の均衡がある程度保たれていたからだ。
北のアルディリアか、南のグランガルド。
どちらか一方でも滅びれば、次に狙われるのはファゴル大公国である。
「ん――、どうやって説明しようかしら?」
頬に手を当て悩まし気に目を上向けるミランダの様子が、より一層ファゴル大公の不安を煽る。
だが辺境伯が同意したということは、それなりの理由があるに違いない。
そしてミランダが無茶な行動を取る時は、大抵合理性があり、熟考した上でのことなのだ。
どうせ承認することになるんだろうな……。
長年愛用しているからだろうか、ミランダが色々としでかす度に天を仰いでいるからだろうか。
背凭れの木枠が、壊れそうにギシリと音を立てて軋んだ。
***
「貴国と同盟を結べれば、一番良かったのですが……」
建国以降、一度も同盟国を持たないグランガルド。
ほとんど国交が無い……それも格下のファゴル大公国と同盟を結んでくれるとは、到底思えなかった。
一刻の猶予もない状況下で辿り着いた策が、ファゴル大公国の従属化だったのである。
「グランガルドの庇護を受けつつ、有事の際は大義名分を以て援軍を送ることも可能です。お互いにとって、悪くない取引でした」
当時グランガルドでは、三つの派閥が対立している真っ只中。
即位したばかりのクラウスにとって、有力貴族を引き込むための『戦果』は、喉から手が出るほど欲しかった時期である。
「ファゴル大公国を最小限の被害で従属化できるなど、これ以上ない大きな『戦果』ですもの」
「だが、よく許可が下りたな」
得意気に微笑むミランダへ、クラウスが呆れ交じりの視線を送る。
大公といえど、独断で他国へ出兵することは許されない。
ましてやミランダの身分は大公女……当然ながら越権行為なのだが、一刻を争う状況下、諸侯を納得させられるだけの材料を揃える時間はなかった。
だからこそミランダはすべての責任を被るつもりで、記録の残らない『口頭での承認』をファゴル大公に求めたのだが――。
「内々に手続きを進めたのに、お父様は承認欄にご自身の名前を書き入れてしまいました。軍法会議にはかけるが、事態が収拾出来なかった際は俺がすべて責任を取ってやる、と」
「……」
クラウスは、健やかに寝息を立てるファゴル大公へと目を向ける。
『お気を付け下さい。次は陛下の番です……!!』
懐が深く、信頼を寄せるに値する素晴らしい統治者なのだが……。
あろうことか泥酔したあげく、不穏なフラグを立て、寝落ちするという暴挙に出たファゴル大公。
そのバトンを仕方なくミランダが引き継ぎ、あらましを嫌々説明していた次第である。
なお、縁談が来ないくだりは何だか言いたくなかったので、省略させていただいた。
「承認後、ファゴル大公国軍はグランガルド国境を超え、すぐに撤退しました。……目標は無傷での敗北です」
その報せは瞬く間に大公国中へと広がり、発起人であるミランダは投獄される。
さらにファゴル大公と辺境伯は軍法会議にて、釈明を求められた。
だが侵攻の判断材料となった具体的根拠と緊急性をファゴル大公が提示し、出兵もやむを得ないと判断できる状況だったこと。
軍法会議中にグランガルドから届いた『降伏勧告状』に、妥当性が認められたこと。
そして思惑どおり従属国としての庇護を得たことから、救国のためにはやむを得なかったとして、ミランダは無事放免となったのである。
「……まんまとお前の策略に嵌ってしまったわけだな」
「貴国を存続させることは、『ファゴル大公国を守ること』でもありましたから」
それゆえクラウス不在のグランガルドを、ミランダは必死で守ったのだ。
――あの時のことを思い出したのだろう、クラウスは「そうか」と一言呟いて、ミランダの頭を優しく撫でた。
そして晴れてグランガルドの従属国となった一か月後の、――とあるのどかな昼下がり。
「なんじゃこりゃあぁぁあぁッ!」
邸内に響きわたる野太い叫び声をあげ、ファゴル大公はミランダの私室へと駆け込んでくる。
その手には、グランガルドから届いた「人質を求める勅令」が握られていて――。
……冒頭へと、戻るのである。







