閑話1.『悪女の過去を、暴く会』~それは突如始まった~
グランガルドとアルディリア、そしてファゴル大公国。
三国同盟の調印式が無事に執り行われた、――その、翌日のこと。
「グリニージ宰相閣下、少々ご相談が……」
王宮侍女に声をかけられ、ザハドは足を止めた。
「どうした? 何かあったのか?」
「いえ、何かあったと言うか、何もないと言うか……」
侍女は困ったように声を潜め、ちらちらと視線を送る。
なんだ、庭園に何かあるのか?
この忙しい時に、と内心面倒に思いながら視線を向けると、ファゴル大公が、一人ベンチに座っていた。
そよ風に揺れる花をじっと見つめ、肩を落として項垂れている。
調印式に来てから早三日。
愛娘ミランダに放置され続けたファゴル大公は、背中から哀愁を漂わせ、見る者の胸を締めつけるほどだった。
「――ッ!?」
侍女が「何とかしていただけませんか」と目で訴えかけるが、ザハドが話しかけたところで寂しさが紛れるとは思えない。
本音を言うと見なかったことにしたい。
だが同盟国のトップであり、未来の王妃の父という大切な賓客。
子煩悩なファゴル大公の心の隙間を埋められるのは、ミランダしかいない。
であればすぐにでも会っていただき、父娘の絆を今一度深めていただこう。
この時間、ミランダはクラウスの執務室で戦後処理の手伝いをしているはずだ。
そう思い執務室を訪ねると、「新政権を樹立したアサドラ王国の支援要綱についてですが」などと、予想以上に真剣な話をしているところだった。
……これは駄目だ、今じゃない。
「ファゴル大公をかまってあげてほしい」などと、とてもじゃないが言える雰囲気ではなかった。
ミランダの決意に満ちた声を聞いたザハドは、何も言わずに回れ右をし、ファゴル大公のもとへと足早に向かう。
夜になればミランダの予定が空く。
クラウスも夜中まで執務室に籠もるのが常だし、たまには手を休めてのんびり過ごすのもいいだろう。
グランガルドの敏腕宰相ザハド。
長年クラウスを支え、ミランダに振り回され、――そして今、ファゴル大公のメンタルケアまで余念がない。
「さて、どう切り出すか……」
山積みの資料を抱えながら、ザハドは今夜の予定について思案したのである――。
***
『義父上になる予定のファゴル大公と親交を深めてはいかがですか?』
ザハドのシンプルな誘い文句に、二つ返事で応諾したクラウス。
気持ち良く酒も回り、宴もたけなわ。
内々に設けられた飲みの席で、ミランダはやんわりと話を遮った。
「お父様。皆様もお疲れでしょうし、そろそろ……」
笑顔で圧をかけた先には、酒気を帯びたファゴル大公。
一刻も早く部屋に戻すべく促すが、放置されたのがよほど悔しかったのか、珍しく抵抗している。
「さぁお父様。これ以上はご迷惑になりますので」
「……この先グランガルドの皆様に多大なご迷惑をおかけする身で、お前は何を言っている」
「迷惑などとは心外です。それに私の昔話など、一体誰が聞きたいと言うのですか」
ミランダの隣には、グランガルド国王クラウス。
そして正面にファゴル大公と宰相ザハド、という錚々たる顔ぶれの中、一向に口を閉じる気配がないファゴル大公に、ミランダは嫌な予感を覚えた。
――どうやら、ここぞとばかりにミランダの過去を暴露する気らしい。
「続けてくれ。俺は楽しんでいる」
「陛下!?」
「それにグランガルド侵攻の件は、以前から気になっていた」
「陛下がそのように仰るから、お父様が余計に勢いづいてしまうのですよ?」
クラウスを軽く睨んだ拍子に、束ねていたミランダの横髪がほつれて落ちる。
「こんな機会でもないと、お前は自分の話をしないだろう」
「改まって話すほどの内容ではございません」
「そうか?」
ミランダの視線に、クラウスは微笑むだけ。
止める気はまるでないらしい。
クラウスはほつれ落ちたミランダの髪を指先で優しく掬い上げ、そっとミランダの耳にかけた。
「……だが、俺はもっとお前の話を聞きたい」
低く囁くような声。
止める気はまるでないらしい。
熱の籠もった眼差しを向けられ、ミランダは言葉を詰まらせる。
――これは、まずい。
クラウスのこの雰囲気。
酒も入っており、これ以上抵抗すると面倒なことになりそうな予感がする。
とはいえ、初めてクラウスと二人きりになった夜も、確かグランガルド侵攻の話をしたはずなのだが、正直よく覚えてはいなかった。
「で、ですが、予定調和的なイベントですし……」
「グランガルド侵攻がか?」
どんなイベントだと呆れるクラウス。
そしてザハドは一体何が出てくるのかと息を呑んで見守っている。
「何が予定調和だ、ミランダめ! 毎回毎回、少しは姉を見習ったらどうだ!?」
酔ってなお騒々しいファゴル大公……「夜も更けて参りましたのでお静かに願います」と告げるが、頑として聞く耳を持たない。
ならば説得を諦め、強引に話を切り上げるのが賢明だろう。
そそくさと席を立とうとした瞬間、ミランダはクラウスに制止されてしまった。
「待てミランダ。逃げられるとでも思ったか?」
クラウスが長い腕を伸ばし、ミランダの肩に触れる。
「ですが明日も早いですし、陛下もお疲れのご様子なので」
「俺は一向に構わない」
そう言い切るとクラウスは腕に力を込め、逃げられないよう、ミランダをぐっと引き寄せた。
「……では、聞かせてもらおうか」
不敵な笑みとともに突如始まる、――『悪女の過去を、暴く会』。
コトリと小さな音を立て、クラウスはグラスをテーブルに置いた。
いつも読んでくださり、ありがとうございます!
本作の1巻(電子版)が発売されまして、書籍限定ストーリーの他に電子限定SS「ミランダに告ぐ。クラウスを篭絡せよ」なども加筆しています!
※誕生日に姉から贈られた『極薄のナイトドレス』。
『これで篭絡してね』と指令が下り、動揺するミランダだが、もちろんクラウスは知っていて——?
WEB版に比べ、よりワクワクする1冊になりました。
ぜひ、お手元にお迎えいただけると嬉しいです!
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