73.最終話:とあるのどかな昼下がり、文《ふみ》読むふたりは絶叫した
馬車を走らせ早三日。
道程は極めて順調であり、このまま何事もなく進めば、あと二日ほどで大公宮へと到着する……はずだった。
「ここはどこだ……?」
国境を目指していたはずの馬車が、突如ギュインと方向転換をしたことに驚き、そして見知らぬ街へと到着したことにも驚き、ファゴル大公は愕然とする。
雑然とした路地を抜け大通りに出ると、建ち並ぶ木造りの簡素な家々が、どこか郷愁を誘った。
見覚えのある領主に、懐かしい職人達。
ぼんやり外を眺めているうち馬車が停まり、沢山の人がずらりと並んでお出迎えをしてくれる。
――そう。
ここは、グランガルドが誇る技術者たちの街クルッセル。
王宮にいると何かと忙しく時間が取れない為、クラウスに許可を得て先触れを出し、帰路の途中で立ち寄ることにした。
そういえば父に伝え忘れていたな、と途中で思い出したのだが、騒ぎ出すと面倒なため黙っていたのは秘密である。
「えー、殿下からお話があるので、皆静かに聞くように」
挨拶を終えるなり騒がしくなった職人達を領主が一喝すると、ミランダが何を話すのかと、皆ワクワクしながら目を輝かせた。
「この後すぐに出発する予定の為、あまり時間はないのですが、久しぶりに皆様のお顔を拝見したく立ち寄らせていただきました」
最前列に陣取り、笑顔満面の見慣れた職人達に吹き出しそうになりながら、ミランダはコホンと一つ咳払いをする。
「皆様。この度は多大なるご尽力を賜り、また我が身を顧みず王宮へと駆け付け、見事役目を果たしてくださったこと、改めて深く感謝申し上げます」
ミランダが感謝の辞を述べると、先程「静かに」と注意されたことも忘れ、職人達から歓声が上がる。
「ミランダは何故職人達と面識が……?」
もはや収拾がつかなくなり、ミランダを囲み大騒ぎの職人達。
注意することを諦めた領主へと、ファゴル大公が問いかけた。
「貴国から王宮へ向かう途中、『男爵令嬢ミニャンダ』に偽装して立ち寄ってくださいました」
「だ、男爵令嬢ミニャンダ……!?」
胸を押さえ、呼吸困難に陥りそうなファゴル大公の背中を、ドナテラが優しくさする。
すっかり仲良しの二人。
愛娘ミランダに振り回された結果、ドナテラは恰好の癒しスポットとなっている。
「あのあと土木チームで話し合い、ガルージャが攻め入った際はもっと簡易に決壊出来るよう、堤防の作り替えを検討しています!」
嬉々としてミランダへ報告する、土木チーム長サモア。
件の勝利に味を占め、良からぬことを企んでいるらしい。
「攻め入った時と言わず、定期的にガルージャへ水を流し込んでやりますよ!!」
物騒な主張をする最年長強面のローガン。
辺り一面沼地にする計画は今もなお続行中……怒らせずとも、今後は定期的に実施する計画のようだ。
「季節の御挨拶的なアレですね!」
少し頭の悪そうな発言は若手職人のホープ、ジェイコブ。
地下監獄にぶちこまれ、多少心を入れ替えたかと思いきや、相変わらずの御様子である。
「クルッセルの新たな目玉商品として、卓上型サイズの殿下の彫像を販売する計画もあったのですが、さすがに殿下に叱られ、立ち消えてしまいました」
「ちょ、彫像……」
くらりと倒れそうになったファゴル大公を支え、「しっかり!」とドナテラが懸命に励ましている。
「ですが、最初に殿下からオーダー頂いた護身用の玉簪は、貴族女性から大人気で、既に工房がパンクしそうなほど注文が入っています」
領主から手渡された銀製の仕込み簪。
ひねると下半分が外れ、先端が尖った棒状の真鍮が姿を現した。
「こ、これを王宮内に持ち込んだのかアイツは……!!」
時と場合によっては、刑に処されてもおかしくないこの玉簪。
ミランダへ目を向けると、職人達の物騒な提案がいたく気に入ったのか、「そうね!悪さをしたらお仕置きが必要だわ!!」とご機嫌で宣っている。
「その言葉、そのままお前に返してやる……」
メラメラと怒りに燃えるファゴル大公をまたしてもドナテラが嗜め、あまり時間もないので、早々に馬車へと戻るファゴル大公国御一行様。
「殿下はこれから、ファゴル大公国でお過ごしですか?」
戻り際、寂しそうに問い掛けるシヴァラクの言葉に少し考え――それから、花開くようにふわりと微笑んだ。
「しばらくはファゴル大公国。……そして一年後は、グランガルドの王妃よ!」
しんと静まり返る一同。
だが次の瞬間、その言葉に職人達は狂喜乱舞した。
喜びに湧き立ち、抱き合って泣き出す者までおり、領主もそっと涙を拭いている。
「今後一切の殿下の宝飾品は、すべて我々にお任せください! 武器になる、凄い指輪を作っておきます!!」
組合長シヴァラク……街で一番の腕利き職人は今も健在。
馬車内から手を振り、ミランダは口元を綻ばせた。
一体どんな凄い指輪が出来上がるのか、今から楽しみで仕方ない。
大歓声に送られて、クルッセルの街を後にするファゴル大公国御一行様。
青い絨毯を敷き詰めたかのような晴れわたる空。
小さな雲一つないその青空から、柔らかな陽の光が降り注いだ。
***
「で? 寄り道するなと重々言い聞かせたはずだが、お前は本当に何をやっているんだ!?」
「私の進路は少し逸れましたが、お父様の言いつけを守り、二分したもう一方……宝飾品が積まれた馬車は、寄り道せず真っ直ぐ進みました」
「ええッ!? 人質として行ったのに、勝手に隊を二分した挙げ句、自分だけ進路変更しただと!? しかも今回だって、グランガルドの王妃になるなどと勝手に決めて!」
ブツブツと思い出したように文句を言い出す父。
同盟国と言えど国力は到底グランガルドに及ばない。
クラウスがミランダを欲した時点で、本来であれば断る選択肢など無かったはずなのだ。
「継承順位が一位だという自覚はあるのか!? 次期大公はどうするつもりだ!? お前の破天荒ぶりはどうかと思うが、統治者としての資質は評価している。戻ってくれば、ファゴル大公国は安泰だったというのに!」
「お父様、大丈夫です。それについては心配ご無用です」
何が心配ご無用だ、と叫ぶファゴル大公。
騒がしくて仕方ないが、ドナテラに背中を摩られ何やら嬉しそうなため、構って欲しくてわざとやっているのではとミランダは疑惑の眼差しを向ける。
「実はクラウス様の結婚をお受けする直前、良い方法を思いつきました。ファゴル大公国は、大事な大事な愛する祖国……もし情けない状態になるようであれば、グランガルドと併合し、王妃となる私の直轄地とさせていただきます!!」
「ちょ、お、おおお前なんてことを……そんな広大な直轄地があってたまるか!」
血圧が上がったのか頭を押さえ、ファゴル大公はぐったりと力無く項垂れた。
「ときにミランダ……我が国に戻ったら、何を済ませるつもりだ?」
調印式の後クラウスに、『ファゴル大公国にいる間にすべて済ませておく』と告げたのが、ずっと気になっていたらしい。
「ご安心ください。向こう半年余りの予定は、既に立ててございます。こちらは事前報告用の資料です」
恐る恐るといった様子のファゴル大公へ、ミランダは束ねた紙を手渡した。
やらかす前に父へと事前報告をする姿に、しばらく見ぬ間にお前も成長したのだなと、そっと涙を拭くファゴル大公。
一枚目を捲り、もう一枚……先程の涙はどこへやら。
見る間に顔が険しくなり、ぶるぶると手が震えだす。
「なんじゃこりゃあぁぁあぁッ!」
野太い叫び声が馬車内に響き渡り、ファゴル大公は震える手で、その書類をドナテラに手渡した。
「ドナテラ様、おおお落ち着いて、いや、まずこちらをご覧ください」
ファゴル大公国で何をするのか、詳しくはミランダに聞けと言われ、事前に何の説明も受けていないドナテラがその紙へと目を通す。
ふむふむと読んでいたが、しばらくして中盤の一文に釘付けになった。
『帝国と停戦協定が結ばれ次第、【皇太子妃選定式】へと名乗りを上げること』
「……は?」
思わず顔を上げ、ファゴル大公と視線を交わすと、早く続きを読んで欲しいと目で訴えられる。
『候補者に随伴できる護衛は、グランガルド国王合意の上、ヴィンセントとする。また侍女二人については、頭脳明晰な者、護身術に長ける者を各々一人ずつ選抜する』
何やら怪しげな気配漂うこの一文。
こっそりと上目遣いにミランダを見遣ると、なにやら満足気に外の景色を眺めている。
嫌な予感に汗を滲ませながら、さらに読み進め、最後の一文に差し掛かったあたりで再度目を留めた。
『なお候補者には、カナン王国の王女ドナテラを擁立する』
「……え?」
仰天し顔を上げると、ファゴル大公と視線が交差する。
しばしの沈黙。
考えが追い付かず、やっと内容を理解したドナテラの手がぶるぶると震え出す。
「なんじゃこりゃあぁぁあぁッ!」
あまりに理不尽な計画。
とあるのどかな昼下がり、さすがのドナテラも、これには目を剥いて絶叫する。
ファゴル大公はその反応に、そうだろう、そうなるだろうと、少し青褪めながら頷いた。
ドナテラはひとしきり叫んだ後、ふと我に返る。
この計画表は、ミランダの半年余りの予定が記されたもののはず。
「「ん? 頭脳明晰な侍女……?」」
さらなる嫌な予感が頭を過ぎり、二人は恐る恐るミランダへと目を向ける。
小さく揺れる馬車の中。
誰一人言葉を発することなく、三人はしばし見つめ合った。
で、誰が行くの?
……私でしょ!!
-- fin --
第一章完結です。
なろうの仕様変更により、感想が小説のラストに表示されるようになってしまったため、ネタバレ防止に閉じたのですが、頂いた感想はとても励みになっており、嬉しくて何度も読み返しています。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました!







