72.旅立ちの日
「ミランダ、落ち着いたらまたアルディリアに遊びに来い。アリーシェも喜ぶ」
「はい、セノルヴォ様。是非!」
仲良く話す二人を、面白くなさそうに睨み付けるクラウス。
「あいつに飽きたら、アルディリアで良い男を紹介してやる」
「セノルヴォ様はそうやってまた最後まで陛下を揶揄って……陛下もいちいち本気にしないでください」
「ん、どうした? 心の狭い狂王に早速不満か? いくらでも愚痴を聞いてやろう」
セノルヴォのお気に入りリストへと名を連ねたクラウスは、先日からいじられっぱなしである。
楽しそうに笑みを浮かべるセノルヴォへ、ミランダは呆れ交じりの視線を送る。
「そう怒るな。俺だって大変なんだぞ? 鉱山夫という名ばかりの私兵を受け入れ、石碑について調べ、自国へ帰ったら御大忙しだ」
「何か問題でも?」
「有り過ぎて何が問題なのかも分からん。まったくお前は会う度に面倒ごとを押し付けて……まぁいい。可能な限り、調べておこう」
二人の間に割り込むように、クラウスが不機嫌な顔でぐいっと身体を差し込む姿が面白かったのか、セノルヴォがブハッと吹き出した。
「クラウス! 『皇太子妃選定式』の件、もしこのじゃじゃ馬に困ったら俺に相談しろ。可愛い義弟の頼みとあらば、力になってやる!」
そう言い残し、堂々と馬に跨るその姿は大国の王に相応しく、見る者を圧倒する。
そして恩赦により国外追放……ファゴル大公国内の某子爵家に籍を移したアナベルは、ミランダ達と馬車を分け、アルディリアの護衛と共に、先んじてファゴル大公国へと出発することになった。
「殿下……本当に、本当にありがとうございました」
「アナベル様、またファゴル大公国でお会いしましょう」
手を取り、微笑み合うミランダとアナベル。
水晶宮に来た時は頑なで手が付けられず、問題ばかり起こしていたというのに、今では別人のように心温かく、他者に寄り添える素敵な女性になった。
きっかけさえあれば、人はこんなにも成長するのだと思わずにはいられない。
ミランダ自ら死を見届けたレティーナとも、もしかしたら手を携え、共に生きる道があったのではないかと心を過ぎることもあるが――。
「殿下!!」
涼やかな声と共に、ジャクリーン公爵のエスコートを受けながらシェリルが歩み寄った。
生きる事を決意して以降、顔を覆っていたヴェールを外し、一歩一歩前へ進もうとするその姿を目にする度、ミランダは嬉しくて堪らない気持ちになる。
「色々とありがとうございました。この御恩はいつか必ずお返し致します」
「私がやりたくてやったことです。幸せになってくださいね」
「殿下も……」
たくさんの想いが溢れて言葉にならないのか、その目から涙が溢れ出す。
そろそろとミランダが手を伸ばすと、ぐしゃりと顔を歪ませ、シェリルがギュッと抱き着いた。
「シェリル様は泣き虫ですね」
「で、殿下のように……私も、殿下のようになれたらと思った瞬間が、何度もありました」
しゃくり上げながら、一生懸命伝えようと言葉を紡ぐシェリルの背中を、ミランダはそっと撫で続ける。
「でも、私は私。出来る事をひとつずつ積み上げて自分らしく……いつか殿下のように誰かを導ける、そんな王妃になりたいと思います」
「……シェリル様は充分ご立派です。私なんか、人にはああしろこうしろと偉そうに言えるのですが、自分の事となると途端に分からなくなってしまいます」
「殿下にも、分からないことがあるのですね」
驚いたように濡れた瞳を瞬かせるシェリルが何だか可愛くて、ミランダはくすりと笑った。
「勿論です! 実は陛下に求婚された時も、直前までどうしようか迷いに迷っていました」
近くにいるクラウスへ聞こえないよう小声で耳打ちすると、「私と一緒だわ!」と頬を上気させて嬉しそうにシェリルが微笑む。
「シェリル様は以前私に、『女としての幸せはとうの昔に諦めた』と仰いました。望まないのではなく、『諦めた』のだと」
潤む瞳をじっと見つめ、微笑みながらゆっくりと言葉を投げかける。
「きっと幸せになります。即位式、楽しみにしていますね」
ミランダの言葉に、クラウスと話をしていたジャクリーン公爵が向き直り、感謝を伝えるように頭を下げた。
「シェリル様……クラウス陛下の御代が末永く続くよう、これからの事は、この私が一身に引き受けます」
ジャクリーン公爵と共に、馬車へと乗り込んだシェリルへ、ミランダは告げる。
残る禍根はすべて自分が背負うのだと、在りし日にシェリル自身が口にした言葉。
グランガルドの王妃となるはずだったシェリルから、ミランダへ――その想いは、受け継がれていく。
「……ッ」
馬車の中で泣き崩れたシェリルをジャクリーン公爵が労わるように抱き締め、ゆっくりと馬車は進んでいく。
「なんだか、寂しくなってしまいますね」
遠ざかる馬車を見つめるミランダへ、ドナテラが優しく声を掛けた。
グランガルドにて身柄預かりとなっていたドナテラは、あれからミランダの強引な説得により、その身をファゴル大公国へ移すことになった。
アマンダと共に受け入れが可能か、念のためファゴル大公に確認したところ、「もういいよ! 一人でも二人でも一緒だから、まとめて受け入れてやる!」と二つ返事で了承してくれたので、良しとする。
余談だが、十番街の宿屋『エトロワ』の三騎士の内、デュークは第五王子が騎士団長を務めた第二騎士団を引き継ぎ、ダリルは再編成された第四騎士団の団長を任されることとなった。
なお、ロンは本人のたっての希望により、第四騎士団の隊士としてダリルの元で鍛え直される予定である。
そして注文の多い騎士ヴィンセントはというと――。
「なんで俺がファゴル大公国に……」
ブツブツと文句を言いながら、ファゴル大公の馬車に随行するヴィンセント。
『皇太子妃選定式』で同行が可能な護衛枠。
腕も立ちミランダの信頼も厚く、かつクラウスが認める者――、つまりヴィンセントに白羽の矢が立った。
ミランダについた三人の侍女は、侍女長のルルエラを王宮に残し、二人は里帰りするらしい。
一年後王妃として戻った暁には、また声を掛けて復職させてみるのも良いかもしれない。
ドナテラとファゴル大公が馬車に乗り込み、最後はミランダを残すのみとなった。
ヴァレンス公爵にアシム公爵、ヨアヒム侯爵、ワーグマン公爵……その他諸々、見送りに来た一同に『王国軍事会議』を思い出し、ザハドに目を向け……七転八倒する演技のため全力で床を転げ回っていた情けない姿を思い出し、頬が緩む。
どの想い出も懐かしく、誰も味方のいないグランガルドで必死に生きたミランダの宝物。
いつしか共に走り、皆、心を傾けてくれるようになった。
一人一人に別れを告げ、最後にクラウスの前に立つ。
「絶対に無茶はするな」
「……はい」
「心配事があれば俺に相談しろ。一人で暴走するな」
「ふふ、……はい」
次のセリフは、『俺以外の男に話しかけるな』だろうか。
相変わらずのクラウスに笑い出しそうになりながら、ミランダは次のセリフを待った。
「俺以外の男を、好きになるな」
駄目だ、もう我慢できない。
お腹を抱えて笑い出したミランダを、ムッとした顔で眺めるクラウス。
「陛下はまたそんなことを……!!」
ひとしきり笑い、ミランダはゆっくりとクラウスへ向き直った。
「クラウス様」
驚いたように目を見開くクラウス。
彼のことを名前で呼ぶのは初めて。
そして呼ぶことを許される女性はきっと、自分だけ。
少しの優越感と、幸せな気持ち。
背伸びをしながら首の後ろに手を回し、勇気を出して――自分からそっと、口付けた。
……二人の時間が止まる。
彼の瞳に、ミランダの姿が映り込んだ。
「陛下も、私以外を好きにならないでくださいね」
ほんのりと頬を染め、柔らかく微笑むその姿は、天使か悪魔か――。
放心したように立ち尽くすクラウスへギュッと抱き着き、ミランダはそのまま逃げるように馬車へと乗り込んだ。
中から恥ずかしそうに手を振るミランダを、クラウスは目に焼き付けるように、じっと見つめる。
「行ってしまわれましたね」
「嵐のような方だったな」
遠ざかる馬車を見つめながらザハドがぽつりと呟き、ヨアヒム侯爵が寂しそうに、しんみりと口にする。
「一年後は我らが戴くグランガルドの王妃です。いつ戻られても良いように、お迎えする準備を整えなければなりませんね」
楽しみだと言わんばかりのヴァレンス公爵の言葉に、皆が顔を見合わせる。
「一抹の不安はありますが」
思わず独り言ちたアシム公爵に、居合わせた面々が吹き出した。
触れるものすべてをのみ込み、抗うことすら許さない狂飆のようだと思ったのは、いつだったか。
一抹の不安と、大きな希望。
ミランダを乗せた馬車が小さくなって見えなくなるまで。
クラウスと共に、彼らは遠ざかる馬車を、ずっと見つめ続けたのであった――。
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ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
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