71.とても良い方法を思いつきました
「さて、報告は必要に応じて適宜行うこととして、私の持つ『女神の加護』について少しお話をしても宜しいですか?」
あまりごねると先程のファゴル大公同様、面倒臭いことになると察したミランダ。
適当に返事をして話を進めようと、部屋に残った三人……クラウス、ザハド、セノルヴォへ順に目を向けた。
「今回地下通路で刺され死に瀕した際、治癒に要したのは丸三日。私の加護はそれほど強くないため、通常であれば一週間はかかります。ですが途中で別途加護を使ったにも関わらず、たった三日で治癒しました」
その時の状況を想像したのか、セノルヴォが苛立ったようにクラウスを睨み付ける。
「そしてシェリル様を死の淵から救った際は、わずか半刻――。その際、身体が焼き切れるような熱と共に、私は意識を失いました。そしてその瞬間、加護印の色が深紅に変わったと陛下から伺っています」
「……深紅に変わった瞬間、地の底で何かが蠢くような感覚が襲ってきた。慌てて引き剝がしたが、あのままだったらお前の身も危うくなっていただろうな」
クラウスが補足をすると、セノルヴォが考え込むように目を瞑る。
同じ時代に二つとして同じものはなく、数代に一人現れるかどうかの稀少な『加護持ち』。
アルディリアの初代女王、マルグリットの系譜にのみ何故現れるのか、その実態は謎に包まれており、未だ解明されていない。
「大帝国アルイーダが滅びる原因となった『双子の皇女』。アルディリアの禁書庫で調べ、幾つもの綻びを見つけたものの、結局仔細は分からず仕舞いでした」
そこまで口にして、再度ミランダは居並ぶ者達へと目を向ける。
「死に向かうほど強くなる力。加護というよりは――まるで、呪いのようではないですか?」
身震いしそうな程に恐ろしい言葉。
それは女神を拝し、『女神の加護』を妄信する四大国の民には、到底受け入れることの出来ない戯言。
だが確かにミランダが死に瀕する度、加護の力は増しているのだ。
「実は貴国の、王妃の間にあった石碑がずっと気になっていました。片側に積まれた石室を見て、ふと思い出したのです。アルディリアの初代女王が埋葬されているのは、確か石造りの埋葬施設だったと」
黒曜石で作られた大きな石碑。
壁に埋め込まれたその碑には一面に、見た事のない文字が彫られていた。
「グリニージ宰相に伺ったところ、いつ頃から王妃の間にあったのか記録は残っておらず、建国当初から存在していた可能性もあるとのこと」
「つまりはその石碑を解読できれば、何か分かるかもしれないと?」
ミランダの意図を確認するようにセノルヴォが口を挿む。
アルディリア初代女王の埋葬施設は封じられ、立入禁止となっている。
禁書庫に図面は保管されているが、王であるセノルヴォも中へ入ったことはなかった。
「はい、もしかしたら帝国が四大国に分かれた際、本来はひとつであった石碑もまた四つに分かち、各大国のどこかに保管されているのではないかと、そう考えたのです」
「ふむ、調べてみる価値はありそうだな……」
「ですが問題は他の二大国。帝国とガルージャ……どうやって調べようか頭を悩ませていたのですが、祖国へ帰していただけると伺い、とても良い方法を思いつきました」
嬉しそうに目を輝かせながら、セノルヴォへ視線を向けるミランダ。
見つめ合う二人にヤキモチを焼いているのか、苛立ったように膝の上で指をトントンと叩くクラウス。
そんな三人を、ザハドは心配気に見守っている。
「とても良い方法、とは?」
何をやらかすか心配で堪らないのか、無意識に威圧するクラウスを意にも介さず、ミランダは得意げに破顔した。
「はい、インヴェルノ帝国の『皇太子妃選定式』です!!」
「「「……ッ!?」」」
声にならない声を上げ、ソファーから飛び上がるように立った三人の男達。
ファゴル大公がもしここにいたら、泡を吹いて倒れていたかもしれない。
「お、お前、何を言って……!?」
「殿下、正気ですか!?」
「だ、ダメだ! 許さん……許さんぞミランダ。お前はグランガルドの正妃になると約束したではないか!!」
クラウスは狼狽え、覚束ない足取りでミランダの元へと歩み寄ると、渡さないとばかりに抱きしめる。
「そんなことを言うようなら、祖国に帰る話は無しだ! これからの一年間、ずっとグランガルドに閉じ込めてやる」
衝撃のあまり、らしくない台詞を吐くクラウス。
セノルヴォが小さく吹き出し、ザハドはどうしたら良いか分からずオロオロとしている。
「まったく、揃いも揃って面倒臭い。落ち着いて下さい! 私が候補として参加するなどとは一言も言っておりません。『皇太子妃選定式』に随伴できる侍女は二人。自国から護衛も一人付けられます」
「め、面倒臭いだとッ!?」
「帝国と停戦協定が結ばれるのであれば、二ヶ月後の『皇太子妃選定式』へと名乗りを上げられます。侍女へのお手付きは許されていない為、私は侍女として参加をしようかと」
お前が侍女!?
どう頑張っても侍女には見えない煌びやかな大公女。
その場にいた男三人は呆れ甚し、目を瞬いた。
「何を言って……こんなに目立つ侍女など、いるわけないだろう!? すぐにお前だとバレてしまうではないか」
「ご安心ください。髪も染め、目から下は顔を隠しますので、何の問題もございません」
むしろ問題しかないのだが、こうなっては止まらない。
ニコニコと微笑むミランダを腕に閉じ込め、クラウスはポツリと呟いた。
「……停戦協定は取りやめだ」
「はぁッ!?」
突然何を馬鹿げたことをと、身動ぐミランダ。
すっかり思考が停止してしまったクラウス――混乱した場を収拾するように、セノルヴォが合いの手を入れた。
「だがミランダ、お前が侍女なら、誰を候補に立てるつもりだ? 『皇太子妃選定式』の候補は王族であることが条件。ファゴル大公国で残っているのは、妹だけではないか」
「問題はそこです。主たる目的はあくまで石碑の調査。欲をかき目的を忘れ、皇太子妃の座に目が眩むような方はご遠慮願いたいのですが……」
腕の中で困ったように小首を傾げるミランダへ、クラウスはしてやったりと口元を歪めた。
「では無理だなミランダ、諦めろ。王族とは得てして我儘で自分勝手。お前の希望を尊重し、推し量ってくれるような奴はこの大陸どこを探してもいない」
「味方をするわけじゃないが、こいつの言う通りだ。どいつもこいつも唯我独尊極まれり……そんな御しやすい王女などいる訳が無い」
きっぱりと言い切るセノルヴォに、隣でクラウスが「その通りだ」と相槌を打っている。
途端にピタリと息が合い始めた二人。
そういえばつい最近もあったな……既視感のある光景に、ミランダは顔を顰めた。
「仰る通り、そんな事は重々承知しております。残念ながらファゴル大公国内に該当する者はおりませんので、アルディリア王妃であるお姉様の伝手を頼ろうかと……」
そこまで言って、ふとミランダは口をつぐんだ。
「欲が無く、皇太子妃の座に目が眩まず、私の希望を尊重してくれる御しやすい王女――?」
「だからそんな王女いるわけが――、ん?」
見上げると、すぐ近くで視線が交差する。
そしてクラウスも何かが頭を過ぎったのか、急に押し黙った。
二人でゆっくりとザハドへ目を向けると、ザハドもまた思い当たる節があるのか、ゴクリと喉を鳴らす。
急にどうしたんだと首を捻るセノルヴォを余所に、見つめ合う三人は徐に口を開いた。
「「「――――いた」」」
***
「くしゅん!」
可愛いクシャミに場が和み、護衛騎士のギークリーがふわりとショールを手渡した。
「もう夜も更けて参りましたので、今日はお部屋にお戻りください」
「でもね、夜にだけ咲く花があるらしいの。どうしても自分の目で見たくって」
遅い時間にごめんなさいね、と申し訳なさそうに謝るドナテラ。
最近、食べられる野草の研究を始めたカナン王国の王女はふと顔を上げ、キョロキョロと辺りを見回した。
「何かしら? なんだか不穏な気配が……」
まさか知らぬ間に、自分が『皇太子妃選定式』の候補に祀り上げられていようとは。
この時はまだ、思いもよらなかったのである――。
もうすぐ第一章完結です。
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