69.調印式と大公閣下
王国軍事会議も催される大ホール。
大人数を収容できる『討議室』は、同盟条約の調印式会場として、並々ならぬ緊張感に包まれていた。
グランガルドが他国と同盟を結ぶのは、建国以降初めて……しかも隣接するファゴル大公国だけでなく、四大国のひとつ、アルディリアも含めた三国による調印式である。
居並ぶ諸侯達は皆この歴史的瞬間を、固唾を呑んで見守っていた。
開式の言葉の後、最終合意が為された条約が再度明示され、相互の軍事援助に係る事項等、その目的について述べられる。
グランガルドとアルディリア、二大国の国王とファゴル大公の署名が為されると、会場の至る所から歓声が上がった。
「いやまさか、このような事になるとは――、ミランダを向かわせた数ヶ月前には思いも寄りませんでした」
調印式を締めくくる閉式の言葉と共に緊張が解けたのか、ファゴル大公がほっとしたように口を開く。
「ミランダは、ご迷惑をお掛けしておりませんか?」
調印式当日に到着したファゴル大公は、まだミランダと顔を合わせていない。
心配そうに問い掛ける姿を目に留め、クラウスは困ったように中二階の休憩所へと目を向けた。
「ミランダ、いるのだろう」
「!?」
クラウスが声を掛けると、皆一斉に中二階へと目を向ける。
こっそりと『討議室』を見渡せる、外からは見えないはずの休憩所。
戦いが終結した後、此度のミランダの功績を鑑み、軍事会議への参加を求める声が相次いだ。
これにより各派合意の上、ミランダがいつでも参加出来るようにと、顔を覗かせる小窓が新設されたのである。
「陛下、呼び掛けたら潜んでいる意味がないではありませんか」
ガラリと小窓が開き、口を尖らせたミランダが、ちょこんと顔を覗かせた。
「ミランダ!? お、おおお前、そんなところで何をしているんだッ!?」
女人禁制のはずの調印式を、怪しげな小窓から覗き見ていた愛娘。
驚愕のあまり、公式の場であることなど頭から吹き飛んでしまったファゴル大公が、思わず叫んだ。
「何をって……傍聴していたに決まっているじゃないですか。お父様、落ち付いてください」
「これが落ち着いていられるか!? どうしてお前はいつもいつも……その小部屋はなんなんだ!? 後で詳しく説明しろ!!」
「晩餐会の後、別途時間を設ける予定です。これまでの経緯等、その時にまとめてご説明しますね」
面倒臭くなったのか大仰に溜息を吐き、それだけ言ってぴしゃりと小窓が閉められる。
「ミ、ミランダァァアッ!!」
三国の同盟が調印された歴史的な日。
居並んだ諸侯らは奇しくも、未来の王妃とその父、ファゴル大公の数カ月ぶりの親子喧嘩に立ち会ったのである。
***
先日ミランダ個人褒賞式が開催された、四方にソファーが並ぶ貴賓室の応接。
休憩を挟んだ後、王宮広間での晩餐会を終え――そして今、ファゴル大公は白目を剥いてぐったりと放心していた。
「お前……」
謁見当日に召し上げられ、宗主国の王に洗いざらいぶちまけたミランダ。
女人禁制の王国軍事会議に参加した上、ひと暴れしたミランダ。
……さらに色々やらかした挙げ句、ガルージャの大軍を水に沈め、王宮を燃やしたミランダ。
そして初夜に用いた自白剤を送ったのは、何とアルディリアに嫁いだ長女のアリーシェだったという事実まで白日の下にさらされ、もはや言葉も出ないのか、ファゴル大公は天を仰ぐ。
「これは良い土産話ができた。アリーシェも喜ぶだろう。あのミランダが必死になって奔走するグランガルドの狂王が、どれほどいい男なのか見定めてやるつもりだったが」
ミランダを間に挟み、ファゴル大公と三人で並んで座していたアルディリアの王セノルヴォは、楽しくて堪らないとでも言うように相好を崩した。
「お前の態度如何ではそのまま滅ぼしてやろうと思い来てみたが、必要なさそうだな」
クラウスに視線を留めたまま、隣に座すミランダの髪を一掬いし、挑発するように口付ける。
途端に険しい顔になったクラウスをさらに揶揄おうと思ったのか、「あのような狭量な王より良い男が、我がアルディリアにはたくさんいるぞ?」と耳打ちし、ミランダに容赦なく手を抓られた。
「……ッ」
「セノルヴォ様、お戯れはそこまでです。まったく油断も隙もない……お姉様に言い付けますよ?」
「おっと危ない。この辺でやめておこう」
姉の件で二人が共謀した話はクラウスの知るところだが、セノルヴォとミランダは、思っていた以上に気の置けない仲のようである。
何も知らない者がこの様子を見れば、威厳溢れるアルディリア国王を誑かした『傾城傾国の悪女』、ミランダの出来上がりである。
苛立ち歯噛みをするクラウスに、戯れるアルディリア国王とミランダ。
そして白目を剥いて天を仰ぐファゴル大公……。
なんだこの地獄絵図。
逃げ遅れ出席を余儀なくされたヴァレンス公爵とザハドは、顔を見合わせ溜息を吐いた。
「……それでは本題へ戻ろう。ミランダの身を護るため側妃に召し上げたものの、実態は伴っていない。このため、此度の調印により同盟国となった本日を以て、その身分から解放する」
「実態が伴っていない!?」
息を吹き返し、体勢を整えたファゴル大公が食い気味に問いかける。
フンと鼻を鳴らし、「そんな事だろうと思っていた」とセノルヴォが不遜な態度でクラウスを見遣った。
「ミランダの要望で、水晶宮という場所に他の側妃を召し上げたが、こちらも実態を伴わないため廃する予定だ」
「そんな要望を!? 一体お前は何をして……。ではミランダは、我が国にお返しいただけると?」
従属国ではないため、もう人質は必要ない。
継承順位第一位のミランダがファゴル大公国に戻れば、後継の心配は無くなる。
安堵の表情を浮かべるファゴル大公に向かい、クラウスが居住まいを正し向き直った。
「それについても話があり、貴国の次期大公であることを承知の上、願わくば我がグランガルドの正妃に迎え入れたい。このあと正式に申入れをさせてもらうので、その心づもりをお願いしたい」
「せ、正妃ッ!?」
まさに青天の霹靂。
顎が外れそうなほど口をあんぐりと開け、ギギギ……と軋む身体を隣に座すミランダへ向けると、困った娘は可愛くにこりと微笑んだ。







