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49.『ジャムルの丘』に向かえ


(SIDE:クラウス)


 進軍するクラウスの元へ、早馬によりヴァレンス公爵から書状が届く。

 ミランダからの伝言、そしてガルージャの動向……判断するには情報が足りないが、これが精一杯だったのだろう。


「ここに来てガルージャか……」


 天を仰いだクラウスの元へ、ワーグマン公爵が馬を横付けし、受け取った書状へと目を通した。


 各領地から追加徴兵した軍を纏め上げ次第、ヴァレンス公爵自ら率いて向かう、とある。

 相手方に数の利がある以上、急造の軍であってもありがたい。


 また、ヴァレンス公爵領までの街々に、可能な限りの替え馬を用意するため、中継する際は使って欲しいとのことだった。


「陛下、どうされますか?」


 ガルージャ進攻の第一報が入った時点で、国境周辺の街々へは避難勧告済らしく、こちらも問題は無さそうだ。

                            

 残るは国境を守る砦の兵士達と、グランガルド本軍……後追いで進軍している第三騎士団は、クラウス達の動きに倣うはずなので、今の処は差し支えない。


「急ぎ、『ジャムルの丘に向かえ』とあるが、何か特別な物でもあったか?」

「一面広大な草原だったと記憶しておりますが……ガルージャ絡みで何かあるのでしょうか」


 離反した第四騎士団も間近に迫ってきており、ガルージャの前に交戦する可能性を考えると判断に悩みますね、とワーグマン公爵は眉根を寄せた。


「だがこのままガルージャとの戦闘に雪崩れ込めば、勝てる見込みはあるまい」


 後ろから第三騎士団が追い付いたところで、焼け石に水である。


 クラウスが険しい顔で押し黙ると、ピリリと張り詰めたような緊張感が、その場を支配した。


「……あれほど厳命したのだが」


 結局、グランガルドに残ってしまった。


 短く息を吐き、物憂げに王都の方角へと目を向ける。

 王宮が反乱軍の手に落ちたとして、果たして無事でいてくれるだろうか。


 激しく打ち付ける雨は疲弊した身体から熱を奪い、吹きすさぶ風が荒く心を凍てつかせる。

 何故だか震える指先を、ぐっと拳にしまい込んだ。


「現状、打開策が無いとなれば、ミランダの案に乗るしかない……これより、『ジャムルの丘』に向かう。急ぎ使いを出し、国境を守る砦の兵士達に伝えよ」

「第三騎士団は如何なさいますか?」

「今から使いを出したところで間に合わないだろう。先んじて我らが向かえば、第四騎士団との交戦中に追いつくはずだ」


 クラウスの言葉を受け、承知しましたと頷いて、ワーグマン公爵が指示を出す。

 雨で視界が効かない中、クラウスが腕を上げて進行方向を指し示すと、雨を吸って重量の増した軍旗が重々しく上がる。


 濡れそぼった軍旗がバサバサと鈍い音を立てて風にはためき、掲げる騎兵はその重さに歯を食い縛った。


 王都に向け、国境沿いに北上していたグランガルド全軍は、東側……『ジャムルの丘』へと一斉に向きを変える。


 ガルージャが国境に到達するまで、あと、十二時間――。



 ***


(SIDE:クルッセルの技術者達)


 ― ※①最年長強面のローガン


 常駐する土木チームの技術者から鍵を受け取り、ローガンは管理室へと足を運ぶ。


 王都から一番近いとはいえ、老馬に跨り、休み休みで丸一日。

 さすがに腰もお尻も限界である。


「いやいやまさか、洪水を起こす日が来るとは……」


 手動での開閉操作が可能なローラーゲート。

 このダムは比較的小さめだが、この後に控える二つの貯水量を加味すれば、充分過ぎる程だろう。


 痛む腰をさすった後、ローガンは濡れそぼったシャツの袖を捲った。


 ……東側諸国の随所から至り、グランガルドとガルージャを縦断するニルス大河川。

 その長さは三千キロにも渡り、二大国の国境近くを縦貫する。


「さぁ、上手くいってくれよ」


 水門からの放水により行き付く先は、ガルージャとの国境付近――。


 大きく外に曲がり、河道幅が一気に狭まる最警戒区域。

 流速と共に高くなる水位に備え、数百メートルにも及ぶ堤防を建設したのは三十年も前のこと。


 川の拡幅を行い、上流に複数のダムを設置してからここ数年は氾濫が起きていないが、それでもなお決壊が懸念され、毎年治水計画を見直している場所である。


 ローガンは祈るように目を閉じ、一気にレバーを引き下げた。




 ― ※②土木チーム長サモア


 流石はヴァレンス公爵領の駿馬。

 雨を物ともせず駆け抜け、予定時刻までに余裕を持って到着した。


 まだ少し時間があった為、クルッセルで一緒に働いた事がある常駐技術者に、パンとスープを分けてもらう。

 一日ぶりの食事は喉に詰まりそうで、だが涙が出そうな程に美味かった。


「そういえば、最近クルッセルはどうですか? そろそろジェイコブあたりがまた、揉め事を起こしそうですが」


 ああ、確かにと、サモアは笑う。


 定期的に問題を起こすジェイコブだが、短気なものの素直で情にもろく、何だかんだで年配の技術者達からは可愛がられている。


「一昨日、王の間で捕縛されて、今は王宮の地下監獄にいるぞ」

「はぁっ!? ど、どういうことですか? 一体何をやらかしたんですか!?」


 驚き、慌てふためく様子を目に留め、サモアは数日ぶりに声を立てて笑った。


「今度暇になったら、酒の肴に話してやる」


 降雨総量がピークに達した今、国内で二番目に大きなこのダムが放水すれば、河川水位は瞬く間に上昇する。


 今頃ローガンが役目を終え、そしてシヴァラクは国境に一番近いダムへと着いた頃だろうか。

 サモアは意を決したように管理室へと向かう。


 緊張で震える身体に、万感の思いを込めて――。




 ― ※③職人組合長シヴァラク

 

「シヴァラク組合長、本日はどうされましたか?」


 突然姿を現したずぶ濡れのシヴァラクに驚き、夜番の技術者が姿勢を正す。


「あまり時間が無い。管理室の鍵を貸してくれ」


 一体何をするつもりかと首を捻る夜番から鍵を受け取り、シヴァラクは階段を上がった。


 水量を見るに、既に二つの水門は開いた。

 ここからは河床勾配が急なため、水門から放たれた水は、速度を増しながら流下する。


 ひとたび堤防浸食が始まれば短時間で破堤し、氾濫流は国境付近の河道から、地盤が低いガルージャ国内へと広く流れこむだろう。


 油圧ユニット内のバルブを操作し、シヴァラクは開閉レバーを思い切り引く。


「頼んだぞ……」


 ――国内最大の貯水量を誇る当ダムの、水門を開いてから僅か一時間。


 息を呑んで見守る中、吐出流量は最大に達した。




 ― ※④若手職人のホープ、ジェイコブ


 さて、こちらは地下監獄に連行されたジェイコブ。

 冷たい床の上で少し眠っていたら、思いもよらず美味しい食事が振る舞われ感激したものの、後ろ手に縛られている為、食事が上手く取れない。


「このままだと食べにくいので、前手で縛ってください」


 皆が後ろ手に縛られている中、俺は非戦闘員だからと我儘を言うと、溜息を吐いた見張りが格子ごしに、前手へと変えてくれた。


 もりもりとパンを食べ、他の捕虜たちに食べさせながら、反乱軍の見張りへと声を掛ける。


「そういえば、ガルージャ軍が一日半後に国境へ着くと聞いたんですが、水晶宮の側妃様方って、この後どうなるんですか?」


 元気一杯、ミランダからの伝言を堂々と話すジェイコブに、ザハドが呆れたように目を向ける。


「アサドラの王女様のせいで反乱軍が入れない代わりに、それ以外は水晶宮で好き勝手出来ると聞いたんですが」


 その言葉に驚き、これはまずいぞとザハドとアシム公爵が視線を交わす。


 聞きたい事は沢山あるのだが、このマイペースなクルッセルの職人はお腹一杯になったのか、「あー、疲れた」と呟き、イビキを掻いて寝てしまった。


 響く大男のイビキに、呆れる見張りの兵士達。

 腰にぶら下げた錠前が、ジャラリと音を立てて揺れるのを、アシム公爵が目の端で確認する。


 一見、縛られているかに見える手首の縄。

 持ち帰ったガラスの破片は牢内を一周し、少し力を籠めればすぐにでも切る事が出来る。


 久しぶりに満足のいく食事を与えられ、元気を取り戻した彼らは、静かにその時を待つ。



 ***


(SIDE:クラウス)


 陽が沈む頃、国境を守る砦の兵士達が続々と『ジャムルの丘』に到着する。

 あれだけ降っていた雨が嘘のように止み、空を見上げると久しぶりに星が見えた。


 ……ガルージャが到着した後に、緩々と進軍するつもりなのだろう。

 小高い丘から見下ろせば、『ジャムルの丘』と国境の真ん中に位置する、第四騎士団の野営地に灯がともる。


「陛下! あちらを!」


 ワーグマン公爵の声に、グランガルド軍の兵士達が国境へと目を向け――、どよめきが、起こった。


 撤退し、空になった国境の砦に向かい、遠く揺れながら、地平線と見紛う程の松明が見える。


 暗闇に浮かびあがり、どこまでも続く灯の線に、クラウスは微かに目を眇めた。






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