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48.ヴァレンス公爵への伝言


 クルッセルの職人達が連行された後、ミランダは、反乱軍の指揮官ワーナビーへと目を向けた。


 反乱軍による死傷者は相当数に上るとワーナビー本人より聞き及んでいたが、王宮に戻ってからこの方、反乱軍に粗暴な言動は見られず、ミランダの言いつけを驚くほどよく守る。


 地下監獄や薬草園、クルッセルの件についても、要求を通すのにもう少し手こずるかと思い様々な策を練っていたのだが、あっさりと従ったのには拍子抜けした。


 王の間を出てバルコニーから庭園を見遣ると、昼に向け炊事をしている兵士達がいるが、その様子は穏やかで、反乱軍というよりはどこぞの村人のようである。


 貴族と平民が入り混る第四騎士団とはいえ、あまりにのんびりとした風景に、ミランダは首を傾げた。


「……お前達は何故、この反乱に加担したの?」


 ふとワーナビーに問いかけると、何故か困ったように周囲の隊士達と視線を交わしている。


「貴賤なく、実力ある者を採用するため設立されたはずの第四騎士団ですが、その実、問題を起こす貴族達の溜り場であり、平民出身の騎士達は、命じられれば従うしかありません」


 第四騎士団は大所帯のため、ワーナビーの他に副団長が二人いる。

 一人は反乱時の指揮官を、もう一人はジョセフ騎士団長に随行したとワーナビーは答えた。


「今王宮に残っている者はすべて、平民出身の騎士や、故郷で職を失い急造された兵士達です。平民出身者に発言権はありません。……反乱の際に率先して殺傷していた者達は、すべて貴族出身者です」

「反乱時に指揮をしていた副団長と、貴族出身の隊士達は今どこへ?」

「レティーナ殿下に随従しガルージャへと向かったため、王宮には居りません」


 成程そういう事かと、ミランダは得心する。


 先達(せんだっ)ての軍事会議で、ジョセフが『諸侯達は各領地にて可能な限り募兵、もしくは徴兵』するよう要望を上げていた。


 これにより、王都に屋敷を持つ諸侯達は、一旦各領地への帰還を余儀なくされる。

 ……王宮内で反乱軍が蜂起しても、即時に駆け付ける事が難しくなってしまった。


 さらにガルージャの進攻により、後追いで第三騎士団が出征せざるを得ない状況を作り、そのタイミングで王宮を制圧する。


 王宮に残っているザハドとアシム公爵、ヴァレンス公爵を拘束することで指揮系統を麻痺させれば、諸侯達を纏め上げられる人材は、王国内にはもういない。


 各領地からいくら徴兵しようと、所詮は烏合の衆。

 クラウス率いるグランガルド軍を孤立させ、ガルージャと挟撃するための時間を稼ぐには十分である。


 そして今、王宮に残っている反乱軍は、すべて平民だと言う。

 つまりは占領の体を為すためだけの、一時しのぎの捨て駒である。


 すべてが計画通りに進み、離反した騎士団長、ジョセフは今頃ほくそ笑んでいる事だろう。


 ――だが。

 王宮が反乱軍に制圧される直前、ヘイリー侯爵を追い、既にヴァレンス公爵とシェリルが王都を離れていた事を、きっとジョセフは知らない。


「……食料は十分にあるの?」


 食料の備蓄がもう尽きかけているのだろうか、殆ど具の入っていないスープの様なものを作っている。


「いえ、もうあと僅かです。ただ、我々はあくまで王宮を預かっているだけに過ぎません。ジョセフ騎士団長からも食料以外、王宮内の物品については一切手を触れないよう厳命が下っています」


 そう、と一言呟き、ミランダはまた庭園へと目を向けた。


「……近隣の街へ行き、先程クルッセルの職人達が納めた宝飾品を売ってきなさい。すべて食料に換えて構いません」


 ミランダの言葉に、その場にいた者達が驚き顔を見合わせる。

 ワーナビーが目を輝かせたところを見ると、食料については相当頭を悩ませていたのだろう。


「第四騎士団内での身分差も有ってのこと。それを免罪符に掲げる事は難しいけれど……反論など出来よう筈もなく、ただ従った結果が、『今』なのでしょう? ……すぐに行きなさい」


 その言葉を受け、ワーナビーの指示で数人の隊士が宝飾品を大事に抱え、王宮を後にする。

 嬉しそうに走って行く隊士達を眺め、ミランダはワーナビーに命じた。


「地下監獄の捕虜もそろそろ限界だろうから、余るようであれば何か持って行ってあげなさい」


 本当は水晶宮にも人を遣って状況を確認したいが、今は我慢するしかない。


「そしてもし――、もしこの先何かしら状況が動き、旗色が変わる事があれば、その時は迷わず投降しなさい。無理に戦う必要はありません。それであれば、ジョセフの命に逆らった事にはならないでしょう?」


 その言葉に、安堵の表情を浮かべる者、複雑な面持ちを返す者……様々だが、ミランダは重ねて告げた。


「覚えておきなさい。私は身の内に入れた者は守るけれど、そうでない者には指先一つ動かす気はないわ」


 そう伝えると、その場にいた者達が皆考え込むように押し黙った。



 ***



(SIDE:ロン)


 物々しい雰囲気が漂うヴァレンス公爵邸。

 組紐で縛られたミランダの髪を門番に渡し言伝てると、すぐに屋敷へと通された。


 王都とガルージャ国境を結ぶ最短経路から、数時間ほど離れたヴァレンス公爵領。


 少し遠回りになるが、一介の騎士であるロンが直接行くよりも、ヴァレンス公爵の正式な使者として伝令を送った方が信憑性が高く、確実にグランガルド軍に受け入れて貰えるだろう。

 また領内に幾つも軍馬の生産拠点を有しているため、いずれにせよ中継地点とすべき、とのミランダからの指示だった。


 保守派筆頭、慎重なヴァレンス公爵のこと。

 ヘイリー侯爵を追うにしても、内情を知るヴァレンス公爵かシェリルのどちらかは、領内に残っているに違いない。


 ミランダの髪を縛っている組紐は、絹糸を組み上げたファゴル大公国の伝統的な工芸品……見れば間違いなくミランダからの使者であると分かるはずだ、と宣ったその言葉通り、思っていた以上にすんなりと、ヴァレンス公爵に面通しが出来た。


「ガルージャ及び各騎士団の件、承知した。ただ……『ジャムルの丘に向かえ』とは、どういう意味だ?」


 ガルージャとの国境を見渡せる広大な丘。

 だが、国境から少し離れた場所にあり、その意図する処が分からない。


「申し訳ありません。詳しくは伺えておりませんが、ただ時間が無いため、すぐにでも全軍を『ジャムルの丘』に向かわせるようにと仰せです」


 ロンの言葉に、ヴァレンス公爵は思案するように目を閉じた。

 暫く無言で腕を組み……そして、観念したように息を吐く。


「……仕方ない。それでは三方向へと早馬を飛ばし、そのままの内容を陛下及び第三騎士団、国境を守る砦の兵士達に伝えよう。だが、伝言通りに動くか否かは、陛下のご判断に委ねる」


 帝国軍についてはファゴル大公国からの援軍のお陰で、現状差し迫った問題は無い旨も付け加えよう、と約束した後、血塗れの騎士服と疲労で今にも倒れそうなロンへと目を遣った。


「部屋を空けるから、しっかり食べて少し休め。どうせ王宮へと戻るつもりだろう? 馬を用意してやる」



 ***



(SIDE:ヴァレンス公爵)


 護衛騎士に肩を借り、部屋へと下がるロンを尻目に、ヴァレンス公爵は邸内の大広間へと足を踏み入れた。


 剣呑な空気が取り巻く大広間で、捕縛され項垂れる騎士達の中に、一目見て高貴な者と分かる女性が混じっている。


 水面下で反乱軍が動いていることは、ある程度把握していた為、反乱軍に与していた『裏門の衛兵』を買収し、いつでも動ける準備をしていた。

 また、ガルージャが動いた一件で逃亡先が明らかになった為、逃走ルートに予め兵を配置し、計画通り捕縛に成功した。


「生きてこの国を出られると思うなよ」


 目を血走らせ、縄から逃れようと身動ぎするレティーナ王女へ、ヴァレンス公爵は冷ややかに言い放つ。


 今のグランガルド軍の兵力では、ガルージャの本軍には到底太刀打ち出来ない。

 どちらにしろ手詰まりであるなら、その意図する処は不明だが、賭ける価値はある。


「……『ジャムルの丘』へ、か」


 ファゴル大公国に帰るよう伝えたにも関わらず、結局ミランダは王宮へと戻って来てしまった。


「本当に、儘ならないお方だ」


 命大事に、祖国へ逃げ帰れば良かったものを。

 目を瞑れば昨日の事のように、軍事会議でのミランダが思い起こされる。


 何の恩も無いのに、必死で力を尽くそうとするミランダと比し、自分達の不甲斐なさが厭わしく、ヴァレンス公爵は渋い表情で下を向いた。


 ……当家の精鋭達を率い、シェリルがヘイリー侯爵を追っている。

 潜伏先も特定し、直に決着もつくだろう。


「各領地の兵を、ヴァレンス公爵領に招集する。至急、諸侯達へ伝令を。……集まり次第、私が指揮し、グランガルド軍と合流する」







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