46.あの日あの時、交わした言葉
国王不在の玉座でまたしてもふんぞり返りながら、ミランダは平伏する職人達に目を遣った。
「先日殿下よりご注文頂いた宝飾品だそうです。……道中の護衛が数人いたのですが、王宮に入れることは出来ないため、そちらはクルッセルへ帰しました」
反乱軍を指揮している第四騎士団の副団長、ワーナビーがミランダへと説明をした後、面を上げるよう平伏する四名へ声を掛ける。
そこには、見覚えのある顔が四つ。
クルッセルで過ごした楽しい時間を思い出し、ミランダは思わず頬が緩みそうになるのを堪えた。
ミランダが王宮に戻ってからまだ丸二日半しか経っておらず、想定していたよりも一日以上、到着が早い。
『エトロワ』の騎士が、息もつかずにクルッセルへと駆けてくれたに違いない……そしてまた、この四名もそうなのだろう。
なお、このような状況下で美しく装うのは、身の危険を引き起こしかねない為、ミランダは王宮に戻って以降湯浴みも着替えもしていない。
薄汚れ、ボロ布のような血塗れの服を、平然と身に纏うミランダに驚き、四名の職人達は目を見開いた。
「……私は最高級の宝飾品と言ったはずだけれど?」
持参した宝飾品はどれも素晴らしく、どの国に献上してもおかしくない程の出来栄えである。
だがミランダは一瞥しただけで手に取る事も無く、その言葉に驚き眉根を寄せたジェイコブを、蔑むように睨み付けた。
「お前達の様な汚い労働者が作っていたとは」
はぁ、と呆れたように溜息を吐くと、思わずジェイコブが身動ぎ、隣にいたシヴァラクが慌てて頭を押さえつける。
「ですが殿下……!」
シヴァラクの下で今にも暴れ出しそうに叫んだジェイコブに、反乱軍の騎士がスラリと剣を抜き……それをミランダが手で制止し微笑んだ。
「……なぁに? もしかしてこの私に、不敬にも腹を立てたのかしら?」
お前達に許された言葉は、『ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます』だけでしょう?
「お前達如きがいくら腹を立てたところで、何を為せるとも思わないけれど……現に私が一つ頷けば、お前達の命は今すぐにでも消し飛ぶ、砂粒程度の価値しかないのよ?」
ミランダの態度にムッとしたローガンを目の端に捉えた後、身も凍るような冷淡な眼差しを四名の職人達に向ける。
「まぁいいわ。この場で、お前達の首を順に飛ばすのも楽しそうだけれど、今はそんな気分じゃないの。……私の心が大水の如く広いことに、感謝することね」
横柄な態度と小馬鹿にした言葉を投げかけられ、シヴァラクはピクリと頬を動かした。
「……仰せの通り、そのお心は、大水から流れ出ずる水の如く澄み渡ると聞き及んでいます。心より、感謝申し上げます」
シヴァラクの言葉に他の職人達が視線を交わせ、再び平伏する。
ミランダは満足そうに微笑み、改めて職人達が持参した宝飾品へと目を向けた。
「レティーナが好きそうね。そういえば裏切り者のレティーナはどこにいるの? ここへ連れていらっしゃい」
「……レティーナ殿下は国外、恐らくガルージャへと向かわれました。王宮にはもう居りません」
すかさず答えたワーナビーに身体の向きを変え、「それでは水晶宮は今どうなっているの?」と重ねて問いかける。
「水晶宮はレティーナ殿下の命令により、反乱軍が近付くことを禁じられています。その代わり怪我を負い敗走した、グランガルド兵の出入りを許可されました。また、使用人達による物品の略奪および逃走を許可された一方、残った側妃様方には水晶宮から出ることを禁じられました」
反乱軍が立ち入れない為、現状どうなっているかは誰にも分かりませんと、ワーナビーが述べると、あまりのことにミランダは感情を抑える事が出来ず、一瞬燃え上がるような怒りを瞳に灯した。
「……そう。ガルージャが国境に到達するのは、一日半後。辺境の砦を攻め落とし、陛下の軍と衝突するとしても、王都までそれ程はかからないでしょうね。……日も無いことだし、そのままで構わないわ」
ミランダに射竦められ、思わず身を固くしたワーナビーとその場にいた者達が、ホッと息を吐く。
「それにしても汚らしいわね……このような者達が王宮に出入りしたと知れたら、私の権威を疑われるわ」
とはいえ、ここまで来た事は褒めてあげましょう。
そういうとミランダは、嵌めていた指輪を外し、シヴァラクの前に投げた。
「お前達にはこの程度で充分でしょう。……人目に付かないよう裏門から放り出しなさい」
何の装飾も無い、簡素な指輪。
裏門の衛兵にでも渡せば、クルッセルまでの食料くらいは恵んでくれるかもしれないわね。
コロコロと転がる指輪を慎重に拾い上げたシヴァラクへと、蔑むような眼差しを向け、退屈そうに欠伸をする。
「ああ、先程反抗的な態度を取った、その若い男は駄目よ? 見せしめに、地下牢にでも放り込んでおきなさい」
ミランダの言葉を受け、すぐさま駆け寄った反乱軍に腕を捻り上げられ、ジェイコブは地下監獄へと連行される。
そして残った三名の職人達が、反乱軍に引っ立てられながら裏門に向かうのを確認した後、ミランダはじっとりと掻いた汗を閉じ込めるように、強く手を握った。
あと、一日半……。
一つでも欠片を嵌め間違えると、ガラガラと崩れ落ちてしまうような、そんな計略……でも、これ以外に方法は無かった。
砂上の楼閣で最後のトリガーを引くのは、ミランダ自身。
ドクドクと耳の奥で鳴り響く鼓動を鎮める様に、長く細く息を吐き、微かに震える腕で玉座に頬杖を突くと、そのまま静かに目を閉じた。







