42.さながら舞台女優のように
兵士達は何故、彼女に従っているのか。
王宮内の反乱軍を指揮した、第四騎士団の副団長ワーナビーは、貴賓室で偉そうにふんぞり返るミランダを、横目でチラリと見た。
夜半、飛び込んできた夜番に呼ばれて行ってみれば、自国に逃げ帰ったはずの大公女が血塗れで立っている。
尋常ではないその様子に泡を食って、言われるがまま反乱軍の主要メンバーを集めた。
彼女のために貴賓室を開放し、こうして一堂に会しているのだが、改めて考えると自分を含め、何故素直に従ってしまったのかよく分からないまま、今に至る。
「……私を殺すよう、指示を出したのはお前達?」
開口一番、背筋も凍るような殺意を突き付けられ、ワーナビーは思わずついと目を逸らす。
服にべったりと付いた致死量の出血は誰のものなのか。
反乱軍に制圧されたこの王宮に、何故わざわざ戻ってきたのか。
聞きたい事は沢山あるのだが、誰一人、口火を切れないでいる。
「酷い道を歩かされたわ……」
はぁ、と大袈裟に溜息をつくと、その場にいる者を一人一人、順にギロリと睨み付け、ミランダは大声で怒鳴りつけた。
「グランガルドの国王陛下を陥落し、せっかく贅を尽くそうと思っていたら、このザマよ!」
長い髪を結うように首の後ろでまとめあげ、横に流すと、白く細い首と柔らかそうな上腕が服の隙間からのぞき、男達は思わずゴクリと唾を飲み込む。
誰も何も言葉を発さないことに腹を立てたように、ミランダは大きく舌打ちし、出された水をごくごくと喉を鳴らして飲み干した。
――気が昂り、生死が行き交う戦場で、本能的に子孫を残そうとする男達がいかに危険かを、ミランダは分かっている。
自分を凝視する男達の気を逸らすように、机の上にグラスを叩きつけ、飛び散った破片を力強く握りしめた後、その手の平をワーナビーの目の前で開いた。
「殿下、一体何を?」
自らの手の平を血で染めながら、グラスの破片を食い込ませるミランダに驚き、男達は狼狽える。
呆然とする彼らを嘲るように、視線を送り眉根に力を入れると、先程横に流した髪の隙間から加護印がほんのりと光り出した。
「アルディリアとグランガルド、二大国の国王が欲し……だが手に入れることが出来なかった、女神の娘。ひとたび王と交われば、子々孫々に至るまで加護を得て、脈々と後世に受け継がれていくことでしょう」
言葉を失い、食い入るように見つめることしか出来ない男達の目の前で、手の平に食い込んだはずのグラスの破片が、ポロリポロリと落ちていく。
「帝国とガルージャも然り……時の権力者は、国の半分を差し出してでも、私を手に入れたいと願うでしょうね」
女神の加護は国家の繁栄を意味する。
さらには、加護印が刻まれるほど女神に愛された娘。
高貴な血も相まって、その価値は、今や天文学的に跳ね上がる。
「この私を、このような目にあわせた愚かな指揮官達を連れてきなさい」
身の程を思い知らせる、良い機会だわ。
さっさと行きなさい、と虫を払うように振った手の平は白く滑らかで、ワーナビーはその人ならざる加護に、ゾクリと鳥肌を立てた。
***
至る所に殴られた痕があり、腫れあがった顔は見る影もない。
未明というよりは明け方に近い時間帯であったが、ミランダの命により、ザハドとアシム公爵が王の間に引っ立てられる。
両手を後ろ手に縛られた彼らは、国王不在の玉座にふんぞり返るミランダを視認し、その姿にギョッと目を見開いた。
「殿下、なぜここに……いや、その前に、そのお姿は……?」
思わずザハドが声を発すると、ミランダは突然玉座から立ち上がり、ツカツカと二人の元へ歩み寄ると、そのままザハドの頬を勢いよく平手で打った。
「口を開いていいと、言ったかしら?」
鋭い眼光で射竦めると、その場にいた誰もがヒュッと、息を呑む。
「……短剣を」
ミランダが険しい顔で手を伸ばし、短剣を催促すると、この場で殺すとでも思ったのだろうか。
ワーナビーが、「生きてガルージャへ引き渡さねばならないから、殺すのは困ります」と、泡を食って懇願する。
ミランダは怒りを抑えるように短く息を吐き出すと、次の瞬間、隣にいた兵士の帯剣に手を伸ばし、一気に引き抜いた。
そのまま、自分の足に向かって垂直に突き立てる。
ダァンと音を立てて、剣先が足の甲を貫いた。
「ぐっ、……」
苦しげに声を漏らして引き抜くと、手から零れ落ちた剣が床を打ち、カランカランと上下に振動する。
「哀れで愚かな宰相閣下……私の痛みは幾倍にもなってお前を襲い、苦しめるだろう」
驚いて目を瞠るザハドに向かって、ミランダはゆっくりと手をかざす。
薄紅の花が浮かびあがり、光の粒が蛍のように舞う。
幻想的な光景に、その場にいた者達は身動ぎもせず、食い入るようにミランダを見つめた。
まるで神の御業のように、治癒されていくミランダの足。
と次の瞬間、「ぐわぁぁああッ!」と叫び、後ろ手に縛られたまま、ザハドが痛みのあまり床を転げ回る。
「あはははは! ああ、楽しいわ。……言ったでしょう? 何倍にもなってお前を襲うと」
先程剣で貫いたはずの足から血が止まり、何事も無かったようにミランダは歩き出す。
「同じ目に遭いたくなければ、せいぜいお前達も気を付ける事ね」
苦悶の表情を浮かべるザハドに嘲るような目を向けた後、反乱軍の面々に向かってうっそりと微笑み、喉を潤すための、ワイングラスを受け取った。
それから、アシム公爵へと目を向け……突然持っていたグラスを、苛ついたようにその膝元へ叩きつける。
「お前……、その目はなに?」
苛立ったように飛び散ったグラスの破片を蹴り飛ばすと、アシム公爵が微かに身動いだ。
ミランダは徐にワインの瓶を掴み、その頭に、勢いよくドボドボと中身をかけていく。
へばりついた髪の毛を伝って見えない右目にワインが流れ込み、まるで血のように赤く染まる。
ミランダはそのままアシム公爵の喉元を掴み顔を覗き込むと、息が出来ないのだろうか、喉奥から苦し気に音を出し、顔を歪めた。
「ああ、その苦痛に満ちた顔……素敵ね」
ミランダはくすくすと笑いながら、耳元で囁く。
「もっと苦悶の声を聞かせて?」
アシム公爵はミランダを睨み付け、逆らうように身体を動かすと、後ろに立っていた兵士が近付き押さえつけようと手を伸ばす。
その様子に苛立ったミランダが、手に持った瓶を、扉に向かって投げつけた。
「……興が削がれたわ」
吐き捨てるように言うと、あまりのことに絶句するワーナビーへと視線を送る。
「ねぇ、ガルージャはいつ来るの?」
耳をくすぐるように柔らかい声で尋ねると、ワーナビーの隣にいた隊士が代わりに、緊張した面持ちで「国境まであと四日です」と、答えた。
「……ガルージャは拷問がとても得意だそうよ……そうだわ、この二人を大部屋に移し、ガルージャが来たら、目の前で捕虜たちを一人一人拷問していきましょう。どうせ死ぬのだもの! 食事も水も与えなくていいわ!」
なんて楽しそうなの! ああ、早く来ないかしら!
気が触れたように笑うミランダの命令に、反乱軍の兵士達は逆らう気力も無く、青褪めながら頷いた。







