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【書籍化・コミカライズ8/29発売!】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第一章:グランガルド編 ~初夜に自白剤を盛るとは何事か!~

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40.注文の多い護衛騎士


 十番街の宿屋『エトロワ』から地下通路を経由し、王宮まで約一時間半。


「殿下、大丈夫ですか?」


 ふらつく足元に、はぁはぁと上がる息。

 ロンに代わり、ミランダの護衛騎士として随行したヴィンセントは、あまりにも苦しそうなその様子に、十分程歩いたところで堪らず声をかけた。


「……問題ないわ」


 宿屋にあった黒いローブを目深に被り、ミランダはゆっくりと歩を進める。


 覚束ない足取りが気になり、ヴィンセントが再び声を掛けようとしたところで、ミランダはグラリとよろめいた。


 慌てて手を伸ばし、その身体を受け止めると、燃えるような熱さが腕を伝う。


「殿下、この熱は?」


 ヴィンセントの腕にグッタリと身体を預けたミランダに驚き、顔を覗き込むと、額にはじんわりと汗が浮かんでいる。


 湿気がこもり、温度が上がりやすい地下通路。

 彼女の身体に何が起きているのか分からず、少し悩んだ後、「失礼します」と告げ、ヴィンセントはミランダのローブを脱がせた。


「殿下!?」


 ローブの下には、上質な色糸で縫製され、動きやすいようにデザインされた簡素なワンピース。


 返り血だと説明されたはずの胸元に、乾いて固まった赤黒い血とはまた別の、鮮やかな朱が浮かび上がる。


 意識が混濁してきたのか話しかけても返事はなく、だが一刻を争うため、荒い息を吐きながら目を瞑るミランダを床に横たえ、慎重に胸のボタンを外していく。


「――――これは?」


 肺にまで到達していそうな深い刺し傷。

 傷自体は閉じかけているようだが、新しい皮膚……赤味がかった薄ピンクの切れ間から、じわりじわりと血が滲む。


「……グッ」


 痛むのか、喉の奥から低い音を出し、身を丸めようと(そく)()()になると、髪の隙間から……うなじだろうか、薄ぼんやりとした光が漏れた。


 弱々しく切れ切れに、花を象るように淡く揺らめくと、胸元の傷口から滲んだ血が止まり……そしてまた滲む。


 その光とともに意識を取り戻したのだろうか、ミランダはわずかに目を開き、言葉を失くしたヴィンセントの腕に触れた。


「……傷が少し開いただけです。休めば、また動けます」


 そう言って目を閉じ、ハッハッと短い息を繰り返す。


「この状態で? 無茶です、宿に帰りましょう! この場所では、応急処置もできません」


 一目見て、おかしいとは思ったのだ。

 ロンの上着を羽織っていた為よくは見えなかったが、一見して返り血の付き方ではないと分かる。


 だが護衛騎士のロンが何も言わず、ご本人がそう仰るならと、敢えて取り(ただ)さなかっただけなのだ。


「必要ないわ。先程の光を見たでしょう? 私は加護持ち……ただ、少し、時間がかかっているだけ」


 逆らう理由も無かったので黙ってはいたが、そもそもの配置もおかしかった。


 状況が明らかではない王宮へ向かうのに、初めて会ったヴィンセントを代替の護衛として指名し、一番信頼がおけるはずの護衛騎士ロンを伝令として飛ばすなど、通常では考えられない。


 護衛として不適格であったのか……何か、遠ざけたい理由があったはずなのだ。


「まさか、ロンですか!?」


 辺り構わず喧嘩を売るあの男が、驚くほどミランダを気遣い、尊んでいる様子に驚いたが、まさかこんな事をしでかしていたとは。


「さぁ、どうかしら。……ただでさえ人が少ないのに、小さな事をいつまでも気にして、腑抜けになられたら困るもの。これが最善よ」


 常日頃から、精神的な脆さが垣間見えるミランダの護衛騎士。

 実は傷が塞がっていないことを知れば、何を以てしてもファゴル大公国に帰そうとするだろう。


 すぐには無理だが、もう半日もすればだいぶ良くなる。


 決して譲らないミランダの様子に、ヴィンセントは溜息をついた。


「……殿下、もしお許しいただけるのであれば、王宮まで腕に抱いても宜しいですか? それであれば、すぐに出発できます」


 動けばまた傷が開くかもしれない。

 どうしても王宮に向かいたいのであれば、残りの道程を腕に抱いて歩いたほうが効率が良い。


「できれば背負って差し上げたいのですが、傷口に触れてしまう可能性が高いので、あの、お嫌かもしれませんが」


 申し訳無さそうに提案する新しい護衛騎士。

 願ってもない言葉に、ミランダは小さく頷いた。



 ***



 さすがは王家直属の騎士。

 ミランダを腕に抱きながら、息も切らさず歩き続けるヴィンセントに感嘆の息を漏らす。


 負担にならないよう気遣いながら抱くその腕の中は、まるでゆりかごのように心地よい。


 往路でロンの腕に抱かれた時は、ガクガクと上下して、正直居心地が良いとは言い難かった。


「それで……王宮が反乱軍の手に落ちたと仮定して、何か良い案はあるかしら?」


 腕の中で気持ちよく微睡みながら、問いかける。

 王宮内部のことには疎いので、戻る前に少しでも情報を得たい。


「そうですね……まず、宰相閣下とアシム公爵についてですが」


 指示があるまでは彼らを処刑せず、拘束に留めるだろうとヴィンセントは推測する。


「宰相閣下は非戦闘要員ですし、アシム公爵は右目が見えません。加えて足も不自由なため、動かせる駒さえ奪ってしまえば、何も出来ないと反乱軍は考えるでしょう」

「……拘束されている場所の目星は付くかしら?」

「恐らく、王宮内の地下監獄かと。あそこなら監視の目も充分に届きます」


 そこまで言うと、ヴィンセントは少し考えるように、うーんと呟いた。


「鉄格子で囲われた大部屋と、三つの独房があるのですが……お二人が入るなら独房でしょう。大部屋は広い分、目が届くとは言い難い」

「……地下通路から救出に向かう事は可能かしら?」


 ミランダが王宮に行ったとて、一人で出来ることなど限られている。

 指揮官二人のいずれかを解放できれば、選択肢の数は跳ね上がる。


「悪路ではありますが、地下通路から直接、地下監獄につながる道もあります。ですが、助け出すのは簡単ではありません」

「……難しいと断じる理由は? もしかしたら何か良い方法があるかもしれないわ」


 入る道があるなら、後は脱出するだけでしょうとミランダが言うと、ヴィンセントは(かぶり)を振った。


「独房の鍵は、特別な場所に保管されている為、入手は不可能です。このため、指揮官のお二人が独房に投獄されている場合、地下監獄に入れたとしても救出はできません」


 大部屋の鍵は、地下にいる見張りが常に持ち歩いているため、こちらは奪えるかもしれないと言う。


「監獄内には、少なくとも二人の見張りが常時在駐します。またそれとは別に、地下監獄に入るための地上入口にも、複数人の見張りが立ちます」


 もう一度言おう、さすがは王家直属の騎士。

 説明も分かりやすい。


「うまく地下通路から侵入したとしても、外に助けを呼ばれたら終わり。呼笛により外の応援が駆けつけるまでの時間は、わずか一分足らずです。つまり現状、策はありません」


 ……分かりやすいのだが、ミランダが期待していたような、現状を打破する奇策があるわけではなく、不可能な現実を淡々と語るのみである。


「もう少しこう、難しいですが、俺がなんとかします! みたいな決意はないのかしら」

「冷静に状況判断をした結果です。……鍵を奪って、大部屋の捕虜を解放したとして、彼らは拘束されているため戦力にはなりません。ましてや、応援が駆けつけるまでの僅かな間に、一人一人拘束を解くこともできません。そこで終了です」


 無理をせず、撤退のタイミングを先送りにしないことが、戦場で生き残る第一条件です! と堂々と宣う新しい護衛騎士。


 優秀な騎士であることは認めるが、もう少し熱意を見せて欲しい。


「もし試みるのであれば、『指揮官二人が()()()にいること』。さらに、『大部屋の捕虜が()()()()()()()()こと』が大前提です」


 そうでなければ、死にに行くだけ。

 こんな状況なので止むを得ませんが、そもそも今だって軍規違反ですし……。


 ミランダの容態が落ち着き、少し元気を取り戻して安心したのか、ヴィンセントは「今回の件で罰せられたら、庇って下さいね」と、続けて軽口を叩く。


「国が滅びたら、軍規も何もないでしょう……」


 ただでさえガルージャの件があるのに、これ以上どうしろというのか。


 まだよく回らない頭で、ミランダは状況整理をする。


「つまり、その二つの条件を満たせば、助けに行ってくれるのね?」


 腕の中から、見下ろすその双眸を、まっすぐに見つめる。

 ミランダの言葉に、ヴィンセントは力強く頷いた。


「……準備が整ったら、合図をします。夜半頃に王宮から煙が立ち上ったら、突入しなさい」


 出来るかは分からないが、でも、やるしかない。


「失敗したら、私も一緒に死んであげるわ」


 光栄に思いなさいと呟き、目を閉じて思考を巡らす。


 王宮を奪還し、無事にガルージャを退けられたら、第一の軍功は間違いなく私ね。


 優しく包む腕の中で微睡みながら、ミランダは深く深く、溜息をついた。









皆様のおかげで、「なろう」で初めて10万字を超える小説を書くことができました。

物書きとして素人の私にはとても嬉しい成長だったので、ここでの感謝をお礼に代えさせていただきます。


重暗いシーンも多く、まだまだ未熟な私の作品にここまで目を通してくださり、温かく見守ってくださったこと、本当にありがとうございました。


※終わりの挨拶っぽくなりましたが、まだまだ続きます

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