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【書籍化・コミカライズ8/29発売!】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第一章:グランガルド編 ~初夜に自白剤を盛るとは何事か!~

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39.水晶宮にて④せめて私達くらいは


(SIDE:ドナテラ)


「殿下、あまり時間がありません。我々は、貴女に従います」


 ギークリーが強い口調でなおも畳み掛けると、侍女達も決意のこもった目で頷いた。


「で、でも、できな……」


 よろめき、震える指を壁について、やっとのことで自身の身体を支える。


 自分だけであれば、まだいい。

 だがこの状況下における決断は、ドナテラの責任において、この場にいる者すべての生死を左右する。


 まかり間違えば瞬く星屑のように、一瞬で消し去ってしまう可能性だってあるのだ。


 火を放たれた王宮から、舞い上がった灰が風に乗り、ひらりひらりと所在なく宙を舞う。


 こうしている間も、多くの命が失われていく。

 平民も、貴族も、圧倒的な暴力の前にはみな平等に。


『どちらも同じ。平民も、貴族令嬢も大差ありません』


 ミランダがあの日、アナベルに言い放った言葉どおりの光景が、今まさに、目の前に広がっている。


 壁についた手をぐっと内に握りしめると、指先が手の平に食い込み、微かに血が滲んだ。


『これは貴女の役目です』


 ――なぜ、私が。

 継承権を持つ、()()()王女。


 使い勝手の良いその王女は、『宗主国への人質』という名目で、厄介払いされるように、あっさりと捨てられてしまった。


『貴女が守り、導き、決断するのです』


 ――――なぜ、私が。

 誰に迷惑をかけるでもなく、示されるまま、たゆたう柳のように生き、これからも、そうしていくつもりだったのに。


 何を為したこともなく、何を為せるわけでもなく、生きているけれど死んだように息を潜め、ただ、ただ、ひっそりと。


『私だって、初めは何も出来ませんでした』


 だが爛々と、黄金に輝く眼差しがドナテラを射た時、身の内から焼き尽くされるような熱さを、確かに感じたのだ。


 ドナテラは、襲い掛かる感情を、すべて呑み込む。


 そしてしばらく目を瞑った後、徐に口を開いた。


「……怪我人を、水晶宮へ受け入れます」


 何か出来るかもしれないし、何も、出来ないかもしれない。


 ドナテラの決断に、ミランダの侍女長を務めていたルルエラが、にこりと微笑む。


「承知しました。……ミランダ殿下の薬草園が、確か本館のガゼボ付近にあったと記憶しています。私室に図鑑がありますが、帝国の公用語のようで、今ここに読めるものはおりません」


 ですが、絵だけでも参考になるのではないでしょうかと、助言してくれた。


 他国の公用語は、外交以外で使用する機会がないため、学ぶ貴族は少ない。


 だが、政略結婚で他国に嫁ぐ可能性の高い、王族は――――。


「……私が、読めます」


 そう言うと、ドナテラはゆっくりと頷き、それから少しだけ微笑んだ。



 ***



(SIDE:アナベル)


 カナン王国の王女、ドナテラが水晶宮の門を開き、自ら治療にあたる。


 水晶宮の内部に足を踏み入れた兵士達は、すべてを奪われ、荒れ放題に荒れ閑散としたその様子に、皆一様に絶句した。


 当初殺気立っていた兵士達は、王女でありながら貴賤問わず受け入れ、平民にも敬意を以て接するドナテラの真摯な態度と、柔らかな雰囲気にあてられ、徐々に落ち着きを取り戻していく。


 貴族出身の騎士も、平民出身の兵士もみな平等に、症状ごとに部屋を分け、軽傷で治療の心得がある者をそれぞれ各部屋に配置し、最低限、出来る範囲での治療をおこなう。


 急に騒がしくなった外の様子に耳をそばだて、アナベルはそろりと部屋を出た。


 怪我人だろうか、苦しそうに呻く声とともに、たまに軽症者の笑い声も聞こえる。


「お腹がすいたわ……」


 宮内の井戸があるため、今のところ水には困らないが、あんな固いパンはとても食べられない。


 床に投げつけ、転がったパンを部屋の隅目掛けて蹴ると、ボールのようにコロコロと転がって行った。


 人目を避けながら、まともな食べ物がないかと厨房へ向かうと、何かを煮ているらしいモニカとドナテラの声が聞こえる。


「……なんだか凄い色ですね。本当に食べられるんですかね?」

「でもミランダ殿下のメモには、『食用も可』と記載されているわ」

「いや、あの方を基準に考えると、ロクな事になりません。ミランダ殿下が大丈夫だったからといって、我々が食べられる保証はどこにもありません」


 大鍋から、ホカホカと湯気が立ち上る。

 スープなら一口貰えないかしらと、そっと近付くと、モニカが文句を言っているのが聞こえた。


「そもそもあんな我儘娘に、パンをあげる必要なんかなかったんですよ!」

「……みんな持っていかれてしまったんだもの。食料の備蓄が底を尽き、あげられる物があれしかなかったんだから、仕方ないでしょう」

「知りませんよ! そもそも今いるメンバーの中では、一番尊ばれるべきドナテラ殿下の、本日初めての食事が、その辺に生えてる草って!」


 ワイワイと騒がしいモニカの声に、アナベルは固まってしまった。


 食料の備蓄が底をついたですって?


「まぁ! その辺の草だなんて……ミランダ殿下が一生懸命育てた薬草じゃないの」


 しかも新鮮むしりたてよ?

 悲惨な状況下、楽しそうに交わす二人の会話を、アナベルは呆然としながら聞いていた。


 ――あれが、最後のパン?


 こんなものいらないと、ドナテラの手を払い、床に落とした()()パンが?


 口元を押さえたまま、入口で固まったアナベルに気付き、モニカはギッと睨み付けた。


「アナベル様……何をしにきたんですか? 話を聞いていたなら、先程粗末に扱ったあのパンが、どれほど貴重だったのか分かったでしょう?」


 貴女が期待するようなものは、ここにはありませんよと、冷たく言い放つモニカをまぁまぁと窘めて、ドナテラはアナベルの元へと歩み寄った。


「気持ちは落ち着きましたか? 元気が出たら、後でミランダ殿下の薬草園を一緒に見に行きましょう」


 先程のことなど、無かったかのように優しく声をかけるドナテラに、「殿下は甘すぎます」と、モニカが不敬にも口を挟んだ。


「まったく、甘えすぎなのよ! 少しは手伝いなさいよ?」


 ブツブツ文句を言いながらも、先程煮ていたスープのような物をひと掬いし、カップに注ぐ。


 それまで媚を売りへつらってきた者達が、我先にアナベルを見捨てて逃げる中、結局残ったのは、蔑み、侮り、嘲笑ってきた彼女達だけだった。


「……ご」

「?」

「…………ごめんなさい」


 やっと聞こえるような、小さな小さな声で謝るアナベルを安心させるように、ドナテラはその身体をギュッと抱きしめる。


「……いいんですよ。こんな時ですもの、せめて私達くらいは仲良く過ごしましょう」


 抱きしめながら、「大丈夫、大丈夫」と呟く。

 それから、アナベルの背中をポンポンと優しく叩き、「ミランダ殿下の()()()()です」と微笑んだ。


「……お父様が裏切ったの」

「はい、聞きました。……いらないと、言われたのでしょう? それではもう、父親ではありませんね」

「でも、内乱罪は死刑だわ」

「そうですね。でも父親ではないのだから、関係ないわ」


 それほど身分は高くないですが、母方の傍系が娘を欲しがっていたから養女におなりなさい、とドナテラは微笑む。


「今は立場上、アナベル様はあまり出てこないほうが良いので、薬草を煎じて欲しいのですが……お願いできますか?」


 優しく問われ、子供のように、小さく頷く。

 モニカは大人しくなったアナベルに近付くと、先程スープを注いだカップを、ずいっと差し出した。


「ほら、さっさと飲んでください」


 許してくれたのだろうか、スープを受け取ると、何やら青臭い匂いがする。

 さすがに断れないため、アナベルはぐいっと一気に飲み干した。


「! ……にがいぃぃぃ」


 あまりの不味さに、えずきそうになるのを必死で堪える。


 ミランダ監修『栄養たっぷり』薬草スープ。


 その様子を見て、ドナテラとモニカ、調理室を覗きに来たシャロンと、護衛騎士のギークリーが笑った。



 ***



『貴女なら、きっとできます』


 誰かが信じてくれたのも、信じて託してくれたのも、初めてだった。


『大丈夫。絶対に、できます』


 食料の備蓄も底を尽き、いるのは怪我人ばかり。


 気まぐれな反乱軍がひとたび剣を振り上げれば、皆が命を落とすこの状況が、自分に残された最後の時間だったとしても。


 ――それでも。


 生まれて初めて、自分で考え決断し、重い責任を背にひた走る今が、ドナテラには、とてもとても誇らしかった。








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