31.内通者は、あなたでしたか
早馬を飛ばし、狙い通りマルコーニ辺境伯軍と帝国の第一陣が衝突する。
護衛騎士のロンを介して、ミランダの元へも定期的に報告が入り、安堵の吐息を漏らす。
あとは、要請したファゴル大公国の援軍が、帝国軍本隊を抑えれば、画策したとおりに事が進むはずだった。
「……真意を、測りかねます」
人払いされた王宮内の一室で、ミランダが怒りをあらわにする。
「何が起きているのか、お聞かせください」
仔細も分からぬまま、護衛を付けるから祖国に帰れと言われても、納得できようはずがない。
絶対に譲らないとミランダが睨みつけると、アシム公爵が渋々と口を開いた。
「……動いたのだ」
え? と聞き返すミランダに、再度口を開く。
「ガルージャが、動いたのだ」
なぜ、このタイミングでガルージャが?
第四騎士団団長、ジョセフ・クローバーが内通していたのは、帝国ではなかったのか。
思わず同席していたザハドに目を遣ると、「高位貴族の中に、ガルージャへの内通者がいるようなのです」とだけ答えた。
本来であれば内通者を炙り出した後で、次の一手を打ちたいところだが、如何せん時間が足りない。
このままグランガルド軍が第四騎士団との戦いに雪崩れ込むと、南西から上がってきたガルージャの大軍により背後から攻撃されるため、背に腹は代えられず、第三騎士団が急遽出征することになったようだ。
ガルージャと衝突する前に、何としてでも第四騎士団を挟撃して潰し、クラウス率いるグランガルド軍と第三騎士団を合流させたいところだが、大雨のため足場がぬかるむ上に戦力が分散しているため、相互連携が難しいという。
「状況については理解致しました。ですが、何故私が祖国に帰る必要があるのでしょうか」
どうしてその結論に行き付くのか理解が出来ず、更に問い詰めると、珍しくザハドが強い口調で言い放つ。
「陛下から、万が一王都が危険に晒されるような事があった場合は、有無を言わさず母国へ返すよう仰せつかっています」
厳命されているのか、何があっても譲る気配が無い。
「第三騎士団までもが出払うと、王都の護りは手薄になり、命の保証ができません」
実を申しますと第四騎士団が発った日、宮殿内の医務室で、王宮医が斬殺されていたのですと、ザハドは続ける。
「今回人質として留め置かれた側妃方に関しては、希望があれば脱出できるよう手配しましょう」
内通者が一人とは限りません。
離反した者が王宮内に多数潜んでいる可能性もあるため、何卒ご理解くださいと、取り付く島もない。
「正直に申し上げますと、水晶宮まで手が回りません。水晶宮については殿下のご判断に従いますので、連絡役にお申し付けください」
これ以上の情報漏洩を防ぐため、内通者の炙り出しはヴァレンス公爵がおこなう。
ヨアヒム侯爵は第三騎士団を率い、ザハドは王宮に残る。
「本日中に各自配置につくため、殿下にも夕刻までには自国へ出立していただきます。水晶宮に残った者の中から、どなたか後任の責任者をご指名ください」
退役軍人のアシム公爵もそのまま王宮に残るが、総騎士長だった現役時代に右目を失明しており、足が不自由なため、あくまで各拠点の中継役、指示役に留まる。
……この場でこれ以上交渉しても、意味があるとは思えない。
あまり時間もないが、一旦考えをまとめる必要がありそうだと、ミランダは急ぎ水晶宮へと戻った。
***
「殿下、お願いがござます。水晶宮から出て、父と共に行くことをお許しください」
水晶宮に戻るなり、ミランダの戻りを待っていたシェリルが、開口一番、願いを口にする。
「今でなくてはならないのです。父からの許可は得ています」
王宮内が混乱しているのを良いことに、ミランダの独断で、シェリルの侍女をヴァレンス公爵家の手の者と入れ替えた。
ミランダは茶会等の交流で、またシェリルは侍女を通じてヘイリー侯爵家アナベルの動きに注視していたが、その性質はあまりに幼く、言動に多少問題があるものの素直な面もあり、およそ謀が出来る性格ではない。
ミランダを追い落としたいヘイリー侯爵のことだ。
必ずや水晶宮に協力者がいると踏んでいたが、見誤ったかと拍子抜けしたところで、それでは残りの二人はどうかとシェリルが言い出した。
ヘイリー侯爵と接触できる機会があったのは、王都手前の街で療養していた、アサドラ王国のレティーナ王女ではないか。
目星を付けたミランダは、アシム公爵とヴァレンス公爵、ヨアヒム侯爵にザハド、ミランダしか知らない、ファゴル大公国マルコーニ辺境伯への援軍要請について、レティーナにだけ告げる。
可能性があるならば、潰しておいたほうが良いだろう。
そして、今日。
帝国が足止めを食らう状況の中、この機を逃してなるものかと、まるで王宮内部の動きが漏れているかのようにガルージャが動き出した。
「……夕刻には、ファゴル大公国へ向け、私も発たねばなりません。それまでに行ってください」
止めても聞かないだろうと、シェリルの願いを聞き入れる。
ましてや国王のいない水晶宮に留まったところで、意味はない。
「ありがとうございます。殿下も、お気を付けて」
「無茶はしないでくださいね。シェリル様は、グランガルドで初めて出来た、大切なお友達なのですから」
冗談めかしてミランダがいうと、シェリルがふふふと笑みを漏らす。
「王宮裏門の衛兵を買収しておりましたので、許可を頂けない場合は隠した馬に乗り、こっそりと脱出する手筈だったのですよ」
「……シェリル様は乗馬もお得意なのですね」
こうと決めたら譲らないのは、如何にもシェリルらしい。
「ヴァレンス公爵家、自慢の駿馬を二頭繋いであります。そのままにしておきますので、何かの折にお役立てください」
これを衛兵に見せれば伝わりますと、シェリルは指輪をミランダに手渡した。
頭を使うのは得意なミランダだが、身体を動かすのは絶望的に苦手である。
だが、貰っておいて損はないだろうと受け取ると、一見普通の指輪だが、内側にヴァレンス公爵家の紋が入っていた。
それでは、とすぐにでも発とうとするシェリルの手をとり、ミランダはぎゅっと握りしめる。
「……すべてが終わったら、また一緒にお茶でもいかがですか?」
「素敵ですね! その時は、公爵家自慢のケーキをお持ちします」
ミランダの許可も下りたため、ヴァレンス公爵家の護衛が到着次第発つと告げ、シェリルはその場を後にする。
『万が一王都が危険に晒されるような事があった場合は、有無を言わさず母国へ返すよう仰せつかっています』
ザハドの言葉を反芻し、ミランダは今の自分に何が出来るか、ぼんやりと考えていた。







