30.ここぞとばかりに
帝国軍の第一陣を迎え撃つべく、出征したはずの第四騎士団が、クラウス率いるグランガルド軍に向け進軍を始めたとの情報は、瞬く間に王宮中へと広まった。
「よもやジョセフが、帝国と内通していたとはな」
第三騎士団を率い、自分が行くべきだったとヨアヒム侯爵は天を仰ぐが、その場合、王都の主戦力が第四騎士団となってしまうため、いずれにせよ手詰まりである。
ジャゴニの総力戦に加え、クラウスが間に合わない絶妙なタイミングでの帝国軍進攻、第四騎士団の裏切り。
ミランダの案がなければ、さらに多くの兵がジャゴニへと出払い、身動きが取れなくなるところだった。
宰相執務室のソファーには、片側にアシム公爵、ヴァレンス公爵、ヨアヒム侯爵が座しており、反対側に、ザハドとミランダが腰掛ける。
「本日未明に入ってきた情報によれば、あと三日程で、帝国の第一陣がグランガルド国境に到達するという、大変に逼迫した状況です」
早朝から、ザハドの執務室へと呼び立てられた理由はそういうことかと、ミランダは独り言ちる。
「単刀直入に伺います。……ファゴル大公国に援軍を要請した場合、どれくらいで出兵が可能でしょうか」
ヨアヒム侯爵が問うと、ミランダは少し迷って答えた。
「援軍が可能か、ということであれば、可能です。……ただ、貴国に来てから一切の情報が遮断されているため、ここ最近の祖国の状況を把握できておりません。このため、大公国から援軍を派遣した場合の、必要日数や数についての詳細は分かりかねます」
正直に答えると、そうだろうなとヴァレンス公爵が頷く。
「ただ、このような質問をするくらい、差し迫った状況であることは理解しました。……ここからは私見となりますが、宜しいですか?」
アシム公爵が、構わないと続きを促す。
「援軍要請にファゴル大公国として応じた場合、国内の手続き等もあり、それなりにお時間を要します」
やはり間に合わないかと、落胆の色を隠せないヨアヒム侯爵。
「ですが」
柔らかい眼差しをヨアヒム侯爵へ向け、ミランダは微笑む。
「実は私つい最近、貴国侵攻の戦犯として、ファゴル大公国の軍法会議にかけられる機会がございまして」
「!?」
突然の告白に息を呑んで驚く三人と、ああ、はいはい、あの話ねと頷く、覗き魔ザハド。
「インヴェルノ帝国がなかなかに手強そうでしたので……どうせなら、楽に、守っていただこうと思い立った次第です。……まぁ有り体に申しますと、国境を守護するアルド・マルコーニ辺境伯をけしかけまして、貴国へと進攻させたのです」
このお話、宰相閣下はご存知ですよね? と覗き込むようにザハドへ目を向けると、慌てて視線を外される。
「さて、貴国との従属契約を以て、晴れて庇護下に入ったわけですが」
冷たい果実水で喉を潤し、ミランダはひとつ、息をつく。
「狂王と名高いクラウス陛下のこと。……従属の庇護下において、万が一、我が国の民に残虐行為を働くようであれば、何かしらの方法で攻め滅ぼしてしまおうと思いまして」
突然何を言い出すのだと思う一方、この大公女ならやりかねないと、各々神妙な面持ちで視線を交差させる。
「マルコーニ辺境伯には、大公である父の承認を得て、軍事力拡充にかかる裁量権を与えました。軍備拡張に要した期間は、およそ半年。資金源は、アルディリア国王から強奪……ではなく、拝領した私のダイヤモンド鉱山です」
個人でダイヤモンド鉱山持ってるの!?
桁違いの資金力にザハドは目を剥く。
「とはいえ、あまり軍事力を強化しますと、それはそれで宜しくないので、あくまで貴国との関係性を加味した上での、時限的な施策ではありますが」
貴国の出方次第では、帝国側に参戦しても宜しいのですよ? と笑顔で揺さぶりをかける。
「まぁ、ちょっと……ねぇ? 初日、謁見の間で受けた辱めは相当なものでしたから……」
辱めと評するかは疑問だが、この緊急事態を利用して、ここぞとばかりに雪辱を果たそうとするミランダに、皆一様に苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「殿下、その件につきましては、お詫びの申し上げようもございません。……今は難しいですが、いずれ時が来たら、必ずやお力添えすることを、お約束いたします」
「……そう? ではその時はお願いしますね」
何だか無理強いをしたようで申し訳ないわ、と頬に手をあて、唇を綻ばせる。
「それではお話を戻しましょう。マルコーニ辺境伯領の軍事拠点から、帝国第一陣、到達予測地点までの日数は、目算で一日程度。なお、辺境伯の私兵は、私の権限で動かせるよう貴国入国時に父と調整済です」
雨季のため足元が悪く、天候によってはもう少々お時間を要しますが、それは両国とも同じこと。
「一声掛ければ、半日足らずで一万は集まります。第一陣にぶつけるには、十分な数では?」
クラウス陛下には、第四騎士団を潰した後、そのまま帝国軍本隊を退けていただきましょう!
その頃には、ファゴル大公国からの援軍も間に合うはず。
さあ、マルコーニ辺境伯とファゴル大公に向け、早馬を!
時が止まったような静寂の後、ザハドはゆっくりと頷き、呼び鈴を鳴らした。







