28.死神令嬢たる所以
そこまで話すと、「お目汚しになるやもしれませんが」と前置きし、シェリルは自身の顔を覆っていたヴェールを取り払った。
「――あの日、王太子殿下や護衛がすべて弑された後、襲撃犯は馬車を牽引するためのハーネスを切りました」
ミランダは思わず息を呑んだ。
四年経った今もなお、熱傷の痕が痛々しく残り、当時の凄惨さを物語る。
「馬が逃げ、孤立した馬車の周りに藁が積まれ、油が放たれたのです。閉じ込められた馬車の窓越しに、黒ずくめの男と目が合いました」
男は、強さを増して揺れ動く炎を、その瞳に映し込み、「我が身を焼かれる恐怖に怯えながら死ね」と、叫んだ。
その言葉は、深い怨恨を思わせる。
「乾いた空気に、馬車は瞬く間に燃え上がり、外鍵が掛けられた扉は、どんなに叩いても開きませんでした」
激しく燃え上がる馬車の中、扉を叩き続けた右手は焼け爛れ、救出直後は炭化し黒ずんでいた。
「当時のまま、右手は今も、思うようには動かせません」
シェリルは手袋越しに、左手で、右手をそっと撫でる。
そういえば、紅茶を飲む際も左手を使っていた。
「襲撃犯が去った後、立ち昇る煙を目にした街の警備隊が駆けつけ、私はひとり、助け出されました。……高温の煙で肺が焼け、直後は息を吸うことも儘ならなかったのですが、これでも今は随分と良くなったのですよ」
燃え盛る炎の中、どれほどの恐怖だっただろうとミランダは顔を歪める。
その後、王太子の座を巡る激しい後継者争いが繰り広げられ、保守派を取り込みたい第二王子との婚約話が持ち上がる。
復讐に駆られ、何か証拠が掴めればと、婚約を受けるよう衝動的に父であるヴァレンス公爵に懇願したシェリルだったが、程なくして第二王子が弑され、婚約話は立ち消えとなった。
今度は第三王子との婚約話が持ち上がるが、こちらもまたクラウスに弑されてしまう。
「婚約していた王太子、婚約話が持ち上がった第二、第三王子まで続けて没したら、それはもうまさに、『死神令嬢』でしょう?」
意外にも気に入っているらしく、どこか楽し気な様子で、その二つ名を口にする。
「四年の歳月をかけ、やっと黒幕を突き止め、あと一歩のところまで来たのです。……父から王国軍事会議での話を聞き、また、短くはありますが半月の間ともに過ごし、殿下を、信頼に足る方だと判断しました」
シェリルの目が、ミランダを包むように柔らかく細まる。
「……殿下は差し当たって、王妃になるおつもりはないのでしょう?」
でなければ、王国軍事会議であのような発言をするはずがない。
正妃になりたいのであれば、人質という不安定な立場も相まって、寵愛を独り占めしようと躍起になるはずだが、ミランダにはその様子が、全くと言っていい程見られない。
ミランダは図星を突かれ、申し訳なさそうに小さく頷いた。
「であれば尚更、この禍根を殿下に背負わせる訳にはいきません。クラウス陛下の御代が末永く続くよう、この私が一身に受けましょう」
言い切る潔さと、その強さが心地良い。
ミランダは立ち上がり、シェリルの足元に跪くと、ふわりとその手を取った。
「……その痕を、治したいとお思いになったことは?」
「いいえ、まったく。これは私の生きる目的であり、決意が揺らがぬための、しるしでもあるのです」
女としての幸せは、とうの昔に諦めましたと清々しい笑顔。
「包み隠さず、すべてを殿下に打ち明けました。そして今後もまた、同様であると誓います。……私に、協力してくださいますか?」
茶目っ気溢れる表情に、思わずミランダは声を上げて笑う。
「……勿論です! 望むところです!! それに、『稀代の悪女』と『死神令嬢』。なんとも素敵な組み合わせではありませんか!」
謀略は得意分野です。
修羅場にも慣れっこです。
世評もまったく気にしません。
――それでは、何から始めましょうか。
元気いっぱい答えるミランダに、思わずシェリルも吹き出した。







