26.ミランダのお茶会
「来月には、凱還出来るのでしょうか……」
鬱々とした雨の中、少しでも気が紛れればとミランダが開いたお茶会で、アサドラ王国のレティーナ王女がふと呟く。
ミランダは困ったように微笑み、絶え間なく続く雨音に耳を傾けた。
あれから半月。
ジャゴニ侵攻における緒戦での目覚ましい戦果は、毎日のようにグランガルド王宮へと届けられる。
その度に王宮内は沸き立ち、このままの戦局であれば、あと10日もあれば決着がつきそうだと、誰もが安堵の息をついていたのだが、昨夜はいつもと異なり、夕刻過ぎに複数の伝令が王宮内へと駆け込んだ。
慌しく人が行き来する様子に護衛騎士のロンを呼び出し、昨夜のうちに詳細を確認するよう申し付けた。
緊急の召集命令が下ったのだろうか、王都近郊に在する諸侯らが登城し、『討議室』の灯りが深更までともっていたと、数時間前に護衛騎士のロンから報告を受けたばかりである。
「そういえば、昨夜は何やら、城のほうが騒がしかったようですが……」
侯爵令嬢アナベルが口を開くと、カナン王国のドナテラ王女が不安そうにミランダへと目を向ける。
「インヴェルノ帝国か、ガルージャか……ミランダ殿下、何かご存知ですか?」
この状況でなぜ不安を煽るようなことを口にするのかと、ミランダは嘆息を漏らした。
「私は何も存じ上げませんが、アナベル様はなぜそのように思われたのですか?」
「あ、いえ、何となくですが……」
「確証もないまま、仰ったのですか?……不用意な発言はお控えください」
軽率な発言を窘めると、アナベルはプライドを傷つけられたのか、真っ赤な顔でミランダを睨みつけ、手にしていたティーカップを突然、ミランダの侍女モニカに投げつけた。
「平民のくせに、なに見てるのよ!」
ガシャンと音を立てて、ティーカップが砕け散る。
モニカは驚き小さく悲鳴を上げると、その場に尻餅をついた。
「……アナベル様、この者は私の侍女です。蔑視するのはお止めください」
すっと目を細め、ミランダは真正面からアナベルへと視線を向ける。
場の空気が変わった事に気付き、アナベルをはじめとした側妃達は身を竦ませた。
「出自は平民ですが、私のために陛下が選んでくださった優秀な侍女。侮辱される謂れはございません」
本当はザハドが選んだのだが、そんなこと今はどうでもいい。
「なぜその平民を庇うのです!? 平民なんて物と一緒でしょう? 殿下は下の者に甘すぎるのでは?」
興奮して矢継ぎ早に畳み掛けるアナベルを、レティーナが呆れ顔で見つめる。
「アナベル様。私は自分のものを馬鹿にされて、笑っていられるほど寛容ではないのですよ?」
「……ですがッ」
「下という意味では、私の前ではどちらも同じ。平民も、貴族令嬢も大差ありません」
お前も平民と同じだと言われ、アナベルは屈辱に怒り狂い、下を向いてブルブルと震える。
「それに私は、大人しくしておけと仰った陛下のお言葉を聞く気もないの。……忠告で済ませるのはここまでです」
クラウスの命令を聞く気はないし、これ以上の侮辱は看過しないと明言するミランダに、『王の言葉は無条件に従うべきもの』と教えられて育ったドナテラは、驚き絶句する。
その時、公爵令嬢のシェリルがクスクスと笑い、小さく肩を震わせた。
「ふふ、私もミランダ殿下に賛成です。陛下のお心持ち次第で、我々だっていつ平民として放逐されるかも分からないのですから」
シェリルの言葉に、アナベルが憤怒の表情で立ち上がる。
「醜い顔をヴェールで覆ってまで、妃の座にしがみつこうとするシェリル様に言われたくはありません! そのまま一生、顔を隠してお過ごしになるつもりであれば、早々に辞退されるのがよろしいのでは?」
だから死神令嬢などと呼ばれるのです!
感情のまま怒鳴り散らしたアナベルを、ミランダは手で制した。
有無を言わさぬ圧に、アナベルをはじめ、その場にいた者が息を呑む。
「……本日の茶会はこれにて解散といたします。新しい情報が入り次第、取捨選択をした上で皆さまにもお伝えします」
それで、宜しいですね?
真っ直ぐに目を向けると、圧に押し負けたアナベルが言葉を詰まらせ、ミランダに向かって無言でコクリと頷く。
ドナテラとレティーナも続けて、「承知しました」と小さく返事をした。
「シェリル様は、この後お時間をいただき、少しお話をしたいのですが宜しいですか?」
続けてシェリルを見遣ると、「どうぞご随意に」と穏やかな口調で返答する。
気分転換がてらお茶会を開く度に、アナベルが毎回誰かしらに噛み付くため、まったくもって交流を深めることができない現状に、ミランダは深く溜息をついた。







