25.それぞれの守る場所
グランガルド王国騎士団に加え、各領地から徴兵・募兵された歩兵団、傭兵、救護等の支援要員に兵站の補給部隊等、あわせて五万人超が、王都郊外の広大な平原に整列をしていた。
第一騎士団をワーグマン公爵、第二騎士団を第五王子であるジャクリーン公爵が率い、最高指揮官を国王クラウスが務める。
なお、第三騎士団と第四騎士団は、諸外国の進攻に備え、王都に残ることとなった。
漆黒の鎧に身を包み、屈強な軍馬に跨って闊歩するクラウスの姿が小高い丘の上に見えると、吐息の音すら大きく感じるほどの静寂に包まれる。
無音の中、左右の騎兵が軍旗を掲げると、クラウスは大きく息を吸った。
「グランガルドの誇り高き騎士達よ! 数多の敵を退けてきた、勇猛なる兵士達よ!」
盾を刺し貫くように交差する、二本の剣。
数メートルもある大きな軍旗が風にたなびき、グランガルドの国章が浮かび上がる。
「愚かなジャゴニは、我が王国に反旗を翻した!」
ドン、ドン、と歩兵が一斉に足を踏み鳴らす。
「我が怒りは天の雷となり、蛮族へと降りそそぐ!!」
ドォン、ドォン、と踏み鳴らす足音が次第に大きくなり、地鳴りの様に大地を揺らす。
クラウスは軍馬の上でスラリと剣を抜き、天に掲げると、騎士達もそれに倣い、一斉に剣を抜き同様に天へと掲げた。
「「我らは盾、我らは剣!!」」
地響きとともに、騎士や歩兵、その場にいた者すべてが、一斉唱和する。
「「我が王国に、勝利を!!」」
揺れる大地と砂埃の中、猛る声は渦となり、重く空気を震わせる。
兵たちのボルテージが一気に最高潮へと達した。
「全軍! ……出陣ッ!!」
天に掲げた剣を、ジャゴニ首長国へと振り下ろす。
わああああ、と鬨の声を上げ、グランガルド軍は一斉に動き出した。
――かくして、ジャゴニへの軍事侵攻は開始されたのである。
***
はるか遠くで、大地が震える。
――水晶宮に在する五つの館。
新たに各館の主となった四人の側妃は、ミランダの在する本館を訪れ、序列順に挨拶をする。
ファゴル大公国継承権第一位であり、水晶宮の主でもあるミランダは、側妃の中でも序列はトップ。
その後に、謁見の間で気を失ったカナン王国のドナテラ王女、療養のため王都入りが遅れたアサドラ王国のレティーナ王女と続き、公爵令嬢シェリル・ヴァレンス、侯爵令嬢アナベル・ヘイリーとなる。
三代前のグランガルド国王が、寵愛する五人の側妃のために建築した水晶宮。
その中でも、最も深い寵愛を受けた妃に贈られたという本館は、贅を尽くし、装飾を凝らした豪華絢爛な造りで、往時の権勢が偲ばれる。
ゆったりとしたソファーに腰掛け、女王然とした風情で挨拶を受け入れるミランダは、その為人をつぶさに観察し、最後の一人が退室した後、口元に扇をあて気怠そうに欠伸をした。
お国柄なのだろう、男性上位主義のカナンで育ったドナテラ王女は、他人からの指示を受けることが身についており、その姿勢は常に受け身。率先して何かをするタイプではなさそうだ。
一方、アサドラのレティーナ王女は、種々雑多な部族で構成される多民族国家らしく、自分と異なるものについて、上下問わず「対等の立場で」共存しようとする姿勢が垣間見られ、中々に面白い。
クラウスの兄であり亡き王太子の婚約者だったシェリル・ヴァレンスは、ヴェールで顔を覆い、優雅なカーテシーを披露した後、ミランダに敬意を表し、ファゴルの礼に倣いお辞儀をした。
件の襲撃以来、人目を忍んで暮らしていた彼女が、なぜこのタイミングで入宮を決意したのか、非常に興味深い。
最後に、王国軍事会議でミランダに向けて礼を失する発言をしたヘイリー侯爵の娘、アナベル・ヘイリーだが、こちらは一転、高位貴族令嬢らしく、言葉の端々に傲慢さと権力への渇望が感じられる。
問題を起こさないよう、シャロンに命じ、注視する必要がありそうだ。
……ジャゴニ首長国内では、アズアル・ジャゴニ首長の圧政に呻吟していた地方領主や、重税に苦しむ周辺民族への扇動が成功し、権力移譲を求める声とともに各地で暴動や武装蜂起が拡大している。
当初二ヶ月程度の遠征を予定していたが、順調に進めばそれ程かからず凱旋出来るに違いない。
ミランダは応接を出て、本館から続く回廊を進み、水晶宮庭園のガゼボへと向かう。
種々の花々を一望できるお気に入りのガゼボで、ゆったりと紅茶を口にしていると、空が湿り気を帯び、小さな雨粒がぽつぽつと落ち始めた。
雨に気付いたのだろう、侍女長のルルエラが「お風邪を召しますので」と、部屋に入るようミランダに促す。
ガゼボから腕を伸ばすと、小さな雨粒が腕の上で弾け、風に乗って宙を舞った。
これから、一年で最も降水量が多くなる雨季に入る。
――どうか、ご無事で。
ミランダの願いは灰がかった雨空に溶け、止め処なく降り注ぐ雨とともに、消えていった。







