表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化・コミカライズ8/29発売!】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第一章:グランガルド編 ~初夜に自白剤を盛るとは何事か!~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/113

24.出陣前夜


 貴賓室のソファーで、差し向かいに座る二人。


 緊張のあまりクラウスの一挙一動に反応し、わずかな動きも逃すまいと目で追いかける。


 肉食動物に追い詰められた兎のように、神経を研ぎ澄ませ反応するミランダの姿に、クラウスは喉の奥で押し殺すように笑う。


「……ッ」


 クラウスが動くたびにビクッと身体を強張らせ、小さく震えるミランダに、クラウスは破顔一笑した。


 自分の腕に座するよう、テーブル越しにひょいと縦に抱き上げると、クラウスを見下ろす形で、ミランダが腕の中におさまる。


「そんなに緊張されては、何もできない。……場所を変えるか」


 そう言うと、クラウスはミランダを抱き上げたまま、貴賓室を出て薄暗い廊下を進んでいく。


 目的の部屋に着いたのだろうか、しばらく歩き、奥まった場所で立ち止まった。


 先程、貴賓室の外で護衛をしていた衛兵達が重い扉を押すと、鈍い音を立て、ゆっくりと扉が開く。


「ここが何の部屋か分かるか?」


 クラウスが室内に歩を進めると、床を打ち付ける靴の音が、硬質的なものへと変わる。


 長らく使用していないのだろうか、滞留した空気から僅かに湿った匂いがした。


 薄暗い部屋に灯りがともり、室内の様相が徐々に浮かび上がる。


「あれは……『石碑』、でしょうか?」


 浮かび上がった北側の壁には、黒曜石で作られた大きな碑が埋め込まれており、一面に文字が彫られている。


 興味深げに身体の向きを変えると、ミランダを抱き上げたまま、碑に手が届く距離までクラウスが近付いてくれた。


 腕を伸ばし指先で触れると、ひやりと、硬質的な冷たさが掌まで広がる。壁の両端は、打ち付けられた石膏がむき出しになっており、片側には切り出した石が、石室のように積まれていた。


 入ってすぐに目を引く豪奢なシャンデリアの真下には、革張りのソファと小さなテーブル、そして窓際には成人男性が使用するには少し小さめの、ロッキングチェアが置かれている。


 女性の部屋だろうかとミランダ考えていると、クラウスが石碑に目を向けた。


「……母の部屋だ」


 ワーグマン公爵家の長女であり、亡き王太子と第四王子であるクラウスの母。


 正妃として前国王に輿入れし、もしまだ生きていたら、王太后となったはずの女性の部屋にしては、随分と寒々しい。


「これは、輿入れの際に、ワーグマン公爵家から持ち込んだものだな」


 石碑の反対、南側は一転して温かみのある様相を帯び、壁際に置かれた数々の調度品は、細かい木目に大ぶりの彫刻が施され、マホガニーだろうか、深みのある美しい赤褐色の木肌は、経年による風格を感じさせる。


 奥に見える寝室は、床に黒曜石が組み敷かれ、いかにも女性らしい、バロックと幾何学模様を織り交ぜた壁布が、モチーフとして飾られていた。


「……一度、お前に見せたかった」


 ポツリと呟いたクラウスの、視線を辿る。


 視線の先、部屋の中央に位置する天蓋に囲われた広い寝台は、どこか寂寥感を伴い、王妃という華々しい身分には不釣り合いのように感じた。


 戻るか、と呟いて、クラウスは王妃の間を後にする。

 ミランダを抱く腕に力がこもり、何も言葉を返せないまま、貴賓室へと二人は戻った。


 ソファーに腰掛け、定位置になりつつあるクラウスの膝へとミランダが移動する。


「王国でただ一人、次期国王を産んだ、王妃の部屋だ」


 王太子……クラウスの兄である第一王子は、婚約者と避暑地へ向かう途中、馬車を襲撃され帰らぬ人となった。


 そして婚約者の()()()()()()()()()は、燃え盛る馬車の中、閉じ込められ、一命を取り留めたものの大きな火傷を負い、それ以来公式の場には現れていない。


 悲しみのあまり王妃は狂い、自殺したのはファゴルにまで伝わる有名な話だ。


 襲撃犯は捕まらず、第四王子だったクラウスは激しい後継者争いの末、第二、第三王子を弑し、次代の王となった。


 綺麗ごとだけで統治者にはなれない。

 多くの命を背負い、諦め、踏みにじり、尚且つ選ばれた者だけが頂点に君臨することを許されるのだ。


 ぐ、と何かを堪えるように目を閉じ、ミランダの肩に額を当て、クラウスは沈黙した。


 ミランダは手を伸ばし、クラウスの頭を包み込むように抱きしめる。


 水晶宮に押し込まれた日とは違う。

 今はもう、彼がどんな人間なのか、少しだけわかる。


 弱音を吐く場所もなく、泣くことも許されず、ただ強くあらねばならない。

 それは、ファゴル大公国を背負って立つはずだったミランダも、よく分かっている。


「父と母の間に愛はなく、ただ義務だけがそこにあった」


 並び立ち、子を産み、次代の王を育てるだけの役目。


「俺には、お飾りの正妃や側妃など、必要ない……お前が、いいんだ」


 心惹かれたのはお前だけだ。

 ミランダの肩に顔を埋めたまま、クラウスは腕に力を籠める。


「……お前以外を娶る気はない。義務など果たさずとも構わない……子が出来なければ、優秀な者を次代の王として迎え入れればいい。俺の傍にいる限り、お前を守ると誓おう」


 ひっそりと泣いているような、そんな気がして、ミランダは何も言わずにクラウスの髪を優しく撫でた。


「最大限手は尽くしたが、戦地に向かう間、お前を守ってはやれない。前にも言ったが、自分の身は自分で守れ」


 はいはい、と子供をあやすようにミランダが返事をすると、クラウスは肩に埋めた顔を上げる。


「絶対に無茶はするな。心配事があればザハドに相談をしろ。一人で暴走するな。俺以外の男に話しかけるな」


 ザハドに相談しろと言っておきながら、他の男に話しかけるなと無茶を言う。


 まるで駄々をこねる子供のようだ。


「俺は大切なものを守るためなら身を惜しまない。この国の全ては俺のものだが、お前は特別大切にしてやる」

「……ッ、ふふっ、陛下、もう少し女性に好まれる表現があったのではないですか」


 恩着せがましい物言いに、ミランダが思わず吹き出すと、眉間に皺を寄せ、ムッとした顔をする。


 まあ怖いと揶揄うミランダの後頭部に手を回し、ぐいと引き寄せ、触れ合うだけの口付けをした。


「……俺はいつでも構わないと言ったはずだ」


 意味ありげな笑いを顔に浮かべ、互いの額を密着させる。


 たまには自分からしてみろと言われ、ギリリと唇を噛んだ負けず嫌いのミランダは、クラウスの頬へと小鳥がついばむように唇を寄せた。


「そんなものか? 俺の苦労にそぐわない褒美だな」

「何を言って、ん! ん、んん――ッ!!」


 困ったやつだと鼻で笑うと、クラウスは再度ミランダを引き寄せ、今度は深いキス。


「死地へ向かう時は、気が高ぶる。お前が鎮めてくれないのだから、これくらいは許せ」


 凄みのある笑みを浮かべ、有無を言わせず唇を奪うと、抱き上げられたまま寝台へと移動する。


 何もせず抱きしめたまま眠るつもりらしい。


 自分を守ってくれるこの腕が。

 すぐ眉間に皺を寄せるくせに、たまに甘く歪むその瞳が。


 明日からは傍にいないのだと、ミランダは今更ながら実感し、ほんの少し鼻をすすりながら、太い腕の中でそっと目を閉じた。








話数が増えてきたので、「●.」という項番をサブタイトルの前に入れたいのですが、一気に直すと更新通知が無駄に増え迷惑をかけてしまいそうなので、一話更新ごとに、ちょっぴりずつ直していきます。

誤字修正も含め、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ