22.すべてを疑え
(SIDE:ロン)
燃えるように熱かった身体が徐々に感覚を取り戻し、額に触れる温かな手に、気が狂いそうな痛みが日に日に和らいでいくのを感じる。
何度も呼び戻されては遠退いていく意識に、憤るようなもどかしさを感じながら、思い通りにならない身体に気だけが逸る。
そして今――、そっと額に触れた手の心地よさに、微睡みの中、幾日かぶりにロンは意識を取り戻した。
重い瞼を持ち上げると、腕を伸ばせば届くほどの距離に、目を瞑り、ロンの額へと手を乗せるミランダの顔が見える。
「……?」
あの日、クラウスに斬られた瞬間、焼き鏝を当てられたような熱さが全身を駆け巡った。
身体を支えきれず力なく崩れ落ちる瞬間、振り向いたミランダが一瞬泣きそうな顔をしたのを最後に、意識を手放したことは覚えている。
感情を制御出来ず、いつも問題を起こしては反省する。
不敬罪で処刑されてもおかしくない発言だったことは自覚しており、回復したとしても、今回ばかりは重い罰が下されるだろうと考え、ふと、自分が柔らかい布団の上にいることに気付いた。
(懲罰房ではない……?)
規則違反者が怪我を負った場合は、騎士宿舎の一角にある、窓枠に格子がはめられた、懲罰房の板敷の上で治療を受ける。
処罰を待つ身であれば、治療を受けられるだけでも感謝すべきところだが、生憎、平民の入り混じった第四騎士団の救護班は二人しかおらず、しかも戦争時以外は団員が持ち回りで担当するため、消毒をして包帯を巻くだけといった、とても治療とは呼べないレベルの代物であった。
何度か出征経験もあり、外傷を負ったこともあるため、斬られた瞬間もう二度と剣が握れなくなることを覚悟したが、どうしたことか傷が塞がり、四肢の先まで正しく血が循環しているのを感じる。
ロンがミランダを見つめ、無言で考えている間も、悪女と罵ったはずの大公女は額にじっとりと汗をかき、目を固く瞑ったまま眉間に皺を寄せ、彼の額に手をあてている。
その時、険しかった表情がふと和らぎ、ミランダはそっと目を開いた。
じっと見つめるロンと視線が交差する。
距離の近さに今更ながら気付いたのか、ミランダは顔をかぁっと赤らめ、立ち上がり距離を取った。
「目が覚めたなら、言いなさい!」
血に染まったドレスで、平然と口上を述べた時とはまるで違う姿に、ロンは目を瞠る。
起きざまに叱られ、声を聞きつけた男が慌てて部屋に飛び込み、ロンの目を指で開いて確認した。
胸ポケットに国章が刺繍された白衣を着ている。
王宮医だろうか。
今度は腕を取り、脈を測ると、ミランダへと称賛の眼差しを向けた。
「まさかここまで快方に向かうとは……ファゴルの秘薬とは、げに恐ろしいものですな」
我々王宮医の立場がなくなってしまいますと呟き、ロンの上体を支えながら、ゆっくりと起こした。
「気分はどうだ? 幾分違和感は残るかもしれんが、これ以上ない程に回復しているはずだ」
指を動かしてみろと指示され、言われるがまま両手の指を握り、開き、また握り……を繰り返す。
左肩から斜めに袈裟斬りにされたため、元のようには動かないと思っていたのだが、ロンの指先は脳からの命令を忠実に再現してくれた。
「素晴らしい! この短期間で切れた腱すら元に戻るとは……その秘薬とやらの成分を分析させていただくことは可能でしょうか」
先程からロンを診察している王宮医モーガスは、これが世に出れば凄い事になるぞと興奮しきりであるが、当の本人であるロンは、まだ何が起きたかを理解できず、モーガスとミランダを交互に見遣り、今度は肩をくるりと回す。
「……十日間もの間、死線を彷徨っていたお前を救ってくださったのは、皮肉にもお前が不敬をはたらいたミランダ殿下である。殿下の陳情により、赦免され、お前は処刑を免れた」
ロンが目覚めたことを聞きつけ、急ぎ第四騎士団から駆け付けた団長ジョセフが、彼に言葉を投げかける。
殿下の陳情により赦免?
不敬をはたらいた自分に、なぜそんなことを、とロンはミランダを見遣る。
それだけではない。
あれだけの怪我が何故、たった十日で起き上がれるまでに回復したのか。
「ロンとやら。お前は第四騎士団を罷免され、陛下より、正式に水晶宮付きの騎士を任じられました」
ミランダが口を開き、正確には私付きの騎士です、と訂正する。
「傷はもう塞がり、動くに支障はないはずです。消えゆく灯火のようだったお前の命を助けたのは私。……今後は命を懸けて私に尽くしなさい」
小柄な身体からは想像できないほどの威圧感を発し、ミランダはロンに命じた。
第一の忠誠はこれまでどおり陛下に。
ですが、第二の忠誠は、私に捧げなさい。
「……もうほとんどないから、お前にあげるわ。あと一回分くらいにはなるんじゃないかしら? ただ、健康な人間が飲むと、ときに毒にもなるらしいから、気を付けて使いなさい」
製法も分からず原材料だけ分析しても無駄だとは思うけど、と付け加え、クスクスと悪戯な笑みを浮かべて、黒い小瓶を王宮医に手渡した。
「陛下のジャゴニ遠征は、一週間後に決まりました。それまでに水晶宮の騎士宿舎へ移すので、三日で体調を整えなさい」
それだけ言うとミランダは、未知の秘薬に狂喜乱舞する王宮医を連れ、部屋を後にする。
感謝の言葉を述べる隙も与えられないまま、言いたい事だけを伝えて、嵐のように去っていったミランダを呆然と見つめるロンの傍に、ジョセフは歩み寄った。
「驚くべきことだな……まさかこれほどとは」
ロンを見下ろし、腕を掴んだジョセフの目に冷たく獰猛な光が宿る。
「ジョセフ隊長……?」
いつも穏やかな彼が見たこともない表情をしたことに戸惑い、ロンが声を掛けると、ジョセフは顔を寄せ、声を潜めた。
「お前の傷は、先程殿下が王宮医に手渡した秘薬により回復した。……だが、親切心からではないぞ」
「……?」
「効果が分からない秘薬の実験体として、お前を使ったのだ。為政者はいつだって、自分達に都合がよいよう真実を捻じ曲げる」
騙されるな。すべてを疑え。
ロンの肩に手を置き、なおも囁く。
「水晶宮で精々信頼を勝ち取ってくれ。……お前には期待している」
肩に置かれた手に力が入り、ロンは痛みに顔を歪めた。
ぎょろりと目が動き、ロンを射抜く。
表情を落とし、一切の温度が感じられない口調で言い捨てたジョセフは、ビクリと身体を震わせたロンを一瞥すると、それ以上は何も言わず、部屋を去って行った。
間に合わず、深夜投稿になってしまいました。







