111. さすがの手腕と二枚舌
皇帝直属軍が二手に分かれて攻めてくれば、防衛線は維持できない。
兵力の差はいかんともしがたく、指揮を執れる者もいない……市街戦になるのは、もはや時間の問題だった。
ここまでよく耐えたものだとすら思う。
もはや、それ自体が奇跡に近いとミランダは考えていた。
「ミランダ殿下。そちらの立派な騎士様に、市街戦の指揮をお願いすることは可能でしょうか」
振り返ると、領主が不安げな顔でこちらを見ている。
確かに、ヴィンセントなら可能だ。
判断も早く、指揮も取れる。前線に出せば、きっと大きな戦力になるだろう。
『――ドナテラ様付きの侍女がいるはずなので、護衛の騎士をお届けします。大国の王家直属軍の騎士にも引けを取らない、極めて優秀な者です』
そんな紹介文を携えて、正門の門兵が怯えるほどの形相で駆け付けた巨躯の騎士。
ジャノバの領主アルゼンが突如送りつけてきた、――謎の騎士。
アルゼンを以て『ドナテラ様付きの侍女』と宣う女性が誰なのか。
この状況下で、わざわざ侍女宛てに護衛を届けるとはいかなることか。
タイミング的に思い当たる女性がミランダしかいないとティール領主に相談され、もしやと思って会ってみれば、やはりヴィンセントだった。
絶望的な状況にも拘わらず駆け付け、ミランダの無事な姿を目にするなり、ほっと安堵の息をつく。
厚い忠誠心に皆が感動したのは言うまでもないが、皇太子妃選定式が始まってからこの方、アルゼンの奇行には皆が首をひねるばかりである。
『ドナテラの支持』を盛大に表明したことも、その一つだ。
ドナテラがいかに泥炭を見つけたとはいえ、「あれほど計算高く慎重なアルゼンが、なぜゆえ小国の王女を?」と、仔細を問い詰めたくなるような、らしくない盛大な支持表明。
それもグランガルドに人質に出され、側妃として保護されただけ……としか前情報がない、口の端にも上らぬ王女をだ。
選定式で選ばれるのは間違いないと確信するほど、美しい王女に違いない、と憶測まで飛び交っていたというのに。
もうこれ、ぜったいドナテラ付きの侍女がミランダだって、知ってたでしょ。
ファゴル大公国の次期大公なのに、ミランダが皇太子妃選定式に参加するとか、どう考えてもおかしいよね?
今でこそエリアスの支持を表明しているが、当時は皇太子であるセトと、密に連絡を取っていたのだろう。
侍女として密入国しただけのミランダを候補者に担ぎ上げるあたり、さすが商人らしい手腕と二枚舌。
とはいえ差し迫った状況で、これ以上ややこしい話はご遠慮したい。
そんな気持ちがありありと顔に出ていたティールの領主から、ここにきて助力を求められる。
だがヴィンセントは、ミランダを護るためにクラウスがつけた護衛騎士。
さらにミランダは剣が使えないため、いざという時、一人で身を守れる力はない。
ミランダを馬に乗せたままでも可能か、ヴィンセント本人に問いかければ、「帝国兵ごとき相手に何の問題もない」と頷いてくれた。
「ヴィンセントは、私の……ファゴル大公国の護衛です。外すわけにはいきません」
帝国では、女性の地位は低い。
政治に関わることも稀、ましてや軍事作戦に参加するなど以ての外。
――それは身をもって知ったばかりだ。
だが環境さえ整えば、受け入れられる余地はある。
加えて先日の倉庫での様子を見る限り、声を上げたいと願いながら、自分では動けずにいる女性が少なからずいるようだった。
「ですが、グランガルドにガルージャ軍が侵攻した際、この騎士は私を護りながら前線で戦った実績がございます。もしお許しいただけるなら……」
今と同様、絶望的な状況で、かの大国ガルージャから祖国の姫君を守り抜いた高潔なる騎士。
ダメ元でお願いしたはずなのに、精神性まで備わっていると耳にし、ヴィンセントへの期待感に拍車がかかる。
また良からぬことを考えていますね?
ミランダを見下ろすヴィンセントの目が、すうっと細まり、空気がぴりりと張りつめた。
「正門までは手が回りませんが、領主館に続くルートのみであれば……ヴィンセント、どうかしら?」
ヴィンセントは一瞬だけ考えるような間を置き、それであれば、と静かに頷いた。
「ただし、殿下の身が危険だと判断した場合は、即座に離脱いたします」
ヴィンセントの視線が、ミランダではなく領主に向けられる。
任務外ではあるが、最前線で状況を把握でき、なおかつ退路が確保できるなら悪くない。
もちろん領主もそんなことは承知の上、わずかでも助力が得られるのならありがたいと、二つ返事で応じてくれる。
交渉成立。
セトの部屋で見た地図を思い出しながら、さてどうしたものかと、ミランダは思案を巡らせた。







