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【書籍化&コミカライズ】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第二章:インヴェルノ帝国編

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104. 立ち回りの上手さは、まったく見事というほかない


 山道を抜けて迂回し、ティールへ辿り着いたのは、ラゴンを発ってちょうど一日後の夜だった。


 広い街道の両脇には、隙なく区切られた整形地。

 三大都市のひとつ、それも商業都市ということで活気ある夜景を想像していたのだが……陽が沈んだばかりだというのに、明かりひとつ灯っていない。


 検問のある正規の街道を避け、裏手側からの侵入を試みることにしたのだが、行商人どころか荷馬車ひとつ見当たらなかった。


「……静かすぎるな」


 山際から見下ろすティールは静まり返り、裏門はピタリと閉じられている。


「夜半の往来に紛れて入れれば良かったのですが、難しそうですね。これほどに人がいないのは、皇帝陛下の一件があるからですか?」

「いや、その件を差し引いても往来がなさすぎる」


 ミランダの問いを否定するように、セトはゆっくりと首を振る。


 裏門の両脇には三名の兵士が立っていた。

 眠気に負けたのか、一人はあくびを噛み殺し、もう一人は剣を杖代わりに凭れている。


 三人目は休憩中だろうか。

 木箱に腰を下ろし、レタスをたっぷり挟んだサンドイッチを頬張っていた。


「ここで待っていろ」


 告げるなりミランダを木陰へ押しやり、セトは馬の手綱を放す。

 馬は呑気に歩み寄り、休憩中の兵士が持っていたサンドイッチに鼻先を突っ込んだ。


「う、馬!?」

「待て、これは俺の――」


 混乱に乗じてセトが踏み込み、先ほど欠伸をしていた兵士へ一撃を叩き込む。


「……ッ!」


 鈍い音とともに小さな呻き声が漏れ、抵抗する間もなく崩れ落ちた。

 もう一人の兵士もまた、剣を抜く暇すら与えられず地に沈む。


 ――無駄のない動き。容赦もない。

 残るはサンドイッチを奪われた兵士だけだが、剣ではなく馬に奪われたパンの切れ端を握りしめ、呆然自失している。


「ティールの領主は、まだ()()()()か?」


 セトは音もなく背後に回り込み、剣尖を兵士の喉元に押し当てた。


 低く、押し殺した声。

 夜気がひやりと兵士の肌を撫で、刃先の冷たさに喉がびくりと震える。


「答えろ」

「し、信じております! 我らは殿下のご無事を……!」

「なら、いい」


 剣が引かれ、兵士は糸の切れた操り人形のように、その場に尻もちをつく。


「正規兵か?」

「いえ、封鎖のため兵士を正面に回したので、交代で住民が……」


 急きょ補充した志願兵らしい。

 慣れない夜勤で疲れているのだろう、どうりで緊張感がないわけだ。


「……門を開けろ」


 命令とも、脅しともつかぬ声で告げられ、横目でセトの顔を見た兵士が息を呑む。


「こ、皇太子殿下!?」

「騒ぐなよ?」

「は、はいっ!」


 慌てて裏門の錠を外して鎖を引くと、軋む音を立てながら、裏門がゆっくりと開いていった。


「では、案内してもらおうか」


 兵士は青ざめた顔で頷き、震える手で灯りを掲げる。

 その横にはいつの間にか少女が立っており、夜目にも映える金の髪が月光を受け、淡く光りながら揺れていた。



 ***



「貴族院で認められれば、エリアス殿下の正式な即位式が執り行われます」


 ティールの領主はそう告げるなり、ミランダに温かなミルクを手渡した。


 ほのかな香りに緊張がほどけ、ようやく人心地がつく。

 隣に座るセトの手には帝都からの書状が握られており、少女は覗き込むようにして目を走らせた。


「真偽を確かめようという声は、上がらなかったのですか?」

「知る限り、ティールだけです」


 ミランダの問いに、「皇太子殿下のお立場は弱く、状況証拠もありますので」と領主が捕捉する。


「ジャノバの領主アルゼン様などは、いち早く帝都へ祝辞に向かわれました。とても声を上げられる状況ではございません」


 見事なまでの変わり身の早さと処世術。

 だがドナテラ支持を表明しているアルゼンが赴くのであれば、ぞんざいな扱いを受けずに済みそうだ。


「陛下暗殺に『疑義あり』として、我が領は商業ルートを封鎖いたしました」


 三大都市のうち二つが封鎖となれば、ジャノバだけで物資を回すのは至難の業。

 それを承知のうえで、ティールは粛清覚悟の抗議に踏み切った。


「帝国北部の輸送をティールが、南部をジャノバが担っています。経路も扱う品もまるで違いますから、代替も利きません」

「帝都内の流通はすべてジャノバ頼みになったということですね……」


 なるほど言い換えれば帝都の命綱を握っているのは、今やアルゼンということだ。


 何かを要求するにも発言力を高めるにも、これ以上の好機はない。

 立ち回りの巧さは、まったく見事というほかなかった。


「ですがティールには駐屯地もなく、いざ戦いになれば指揮できる者もおりません」


 ティールの領主が悩ましげに告げる。

 いざとなれば対抗力を持つジャノバとは、同じ商業都市でもまるで違うのだ。


「エリアス殿下が皇帝となれば、どのみち皇太子殿下に連なる者たちは皆、粛清対象になります。命までは取られませんが、長年殿下を支持してきたティールの民もまた、例外ではございません」


 ……領民総意、せめてもの抵抗です。

 力なく微笑み、領主はソファーに深く身を預けた。




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