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第7話 グレート・ホワイト・フリート

 「(仮)ゴーレム」は優秀らしい。


 人間というより人類全体よりも。これほど無駄な使い方はないとは思うが、僕は世界が理不尽なことも身をもって知っている。


 元の世界だけではなく、今からいく世界もそうだろう。



 「(仮)ゴーレム」の召喚方法を知ると、不思議なことに()()()の基準も何となく理解することができた。それが腑に落ちたわけではないが。


 そして、派生型を含めたロールス・ロイス装甲車を表面成形されたまま召喚できて、僕の好きなようにもカラーリングできるようにしてもらった。


 派生型によっては別の種類として勘定(かんじょう)されることを()()()のでそうしてもらった。ロールス・ロイスだけで小さなパレードができるだろう。


 先の十数台は色見本として「カタログ」に残してある。



 文字通り十年一昔ということで、僕は1939年の世界にいくことを決めた。


 少しでも進歩しているほうが暮らしやすいはずだからだ。第二次世界大戦が始まる年だが、どっちにしろ「(仮)ゴーレム」頼みである。いまさらだ。


 正直、十二月三十一日の大晦日に転移したいくらいだが、無一文で寒空の下の観光なんてしたくない。

 年の瀬で店も空いていないだろう。手元不如意なことには変わりなくても。


 着た切り雀でいるのも辛かろうと三日分の着替えや日用品も用意してくれることになった。代わりといってはなんだが、僕自身以外のものは最初から持っていけないそうだ。


 思わず笑ってしまった。



 ()とは長いつきあいだ。


 元の世界に帰してくれと泣き叫び、辺りを走り回り、自殺も試み、痛くないから夢なのかとも思い、いつまでたっても目が覚めず、僕はもう死んでいて地獄にいるのかと絶望したものだ。


 風は吹き、雲も流れ、鳥は歌い、気の早い蜜蜂(みつばち)も飛んでいたが、太陽だけは渋谷に着いた朝のまま昇ることはなかった。


 眠くもならず、喉も渇かず、()と話ができるようにまで時間もかかったはずだが、どの程度だったのかまでは当たりがつかない。僕は少しおかしくなっていたのかもしれない。


 まるで、少し他人事のように感じられるようになっていたからだ。

 だが。


 ()との会話には慣れたはずだが、まさか財布に入った家族の写真まで持っていくとは。


 ()の顔にはもう耐えられそうにないので転移してもらうことにする。



 「では、さようなら」と、()は軽く手をふった。




     春から夏へと




   昭和十四年(1939年) 七月 東京 日比谷公園



 陽射しに目が眩んだ。

 反射的に手をかざす。ゆれる木漏れ日が顔に落ちてきていた。


 お金がないので観光には銀ブラをするつもりだった。

 人目につかないよう日比谷公園の木陰に紛れて転移する。人目につかないよう夜も明けないうちに転移してもすることがなく、怪しいやつだと声をかけられては本末転倒だからだ。


 しかし、もう観光をする気分ではなかった。

 ある程度折り合いをつけていたつもりだったが、写真を取り上げられたことで僕は自分を抑えきれなくなっていた。

 汗ばむ陽気にも苛立ちを覚える。


 日比谷門から出たが、日比谷公園の大噴水はなくなっていた。


 銀座方面へと歩いていく。

 間延びして走っている車はみな時代物のように見える。ハリウッドの30年代を舞台にした映画の撮影所というには、日本製と思われる小さな自動車が目についた。


 どの車も夏の陽に(まぶ)しく輝いていた。


 観光を切りあげて次の予定に変更することも考えたが、とりあえず頭を冷やすため服部時計店まで歩くことにする。周りの建物は低いが外国のようだ。

 こんなところに川なんてあっただろうか。


 久しぶりに()以外の人間を公園で見かけたときは何ともいえない感慨を覚えたが、そのあと何人もの人達とすれ違うたびに違和感を感じるようになった。

 着物の女性が多いから、時代が違うからかとも思ったがそうではなかった。


 人だかりに近づいていくと声が聞こえてくる。


「ありがとうございます」

「ご協力おねがいします」

「よろしくお願いします」


 何人もが割烹着に何か書かれた襷掛(たすきが)けで何かを呼びかけている。千人針という言葉も聞こえてきた。


 途中で、黒い軍服を着た小学一年生くらいの子供を見たときは(ジー)(アイ).ジョーの人形にみえ失笑したが、時代だなと思っただけだった。

 そうして「日中戦争」「支那事変」という単語と同時に、どうして銀座でまでという思いも湧きおこる。


 しばらく離れて見たあと公園に引き返す。



 写真を取りあげられるまでは、一日銀ブラを楽しんだあと適当な所で切りあげ、時速約1000キロで米国ニューヨーク沖へ飛び、寝ている間に旅の大半は終えているという寸法だった。


 そして大戦艦の艦隊でニューヨークへの入港を求める。


 (くろ)(がね)の塗装だと威圧的で嫌がらせに思われても困るので、真珠(パールホワイト)色にして世界に僕の存在を知らしめたら、そのあと理想としては日本かスイス、スウェーデンの何れかを拠点に航空会社を立ちあげるつもりだったのだが。


  世界の裏側まで、時速約1000キロでの快適な(フライト)をお客様へのお約束とします。


 転移してきた僕は日本人であって日本人ではない。卑怯な気もするが事実でもある。何かできるなら助けたい気持ちもあるが、人殺しには巻きこまれたくない。



 決意したはずの僕の派手な世界デビューは吹き飛んでいた。

次回「ナイト・フライヤー」

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