第6話 満州か、スペインか
なにをしてもよい。
1930年代のいつでもどこでも好きな場所から始められる。
極端な話、無人島に転移して生涯一人で過ごしてもいいらしいがまっぴら御免である。
僕がこの世界とどう関わるのかが重要であって、元の世界の歴史との違いはあまり重要ではないというが、それでは僕の美学とはなんだったのか。
1930年の満州に転移して、中国の国民政府傘下にある張学良の幕下で前年の中ソ紛争の雪辱戦として特別赤旗極東軍をぼこぼこにしてもよし、1936年から始まるスペイン内戦に好きな側で介入してもよいという。いきなりの傭兵稼業。
覚えているかぎりで知的財産を侵害してもいいらしい。突然ミニスカートとか。
中ソ紛争もうろ覚えなのに特別赤旗極東軍といわれても困る。
スペイン内戦に関しては、ヘミングウェイの未読「誰がために鐘は鳴る」の舞台でフランコ側が勝ったことしか知らない。さすがに「老人と海」は読了済みだが。
馬賊もよし、海賊もよし、水陸両用作戦の脱線時に話した装甲ドーザーなど活用した土木建築事業を請け負ってもよしということだ。
何れにしても無人の装甲ドーザーなど悪目立ちするから、運転手、操舵手がいない旅客事業を始めるにせよ、バス・ガール、エア・ガールなどの客室乗務員はいたほうが望ましく、戦艦や空母といった軍艦での豪華客船は美学に反するらしい。
水陸両用の装甲兵員輸送車や爆撃機は美学に適うのかと聞くと、凄まじい色使いの車や飛行機をポンポン召喚しはじめた。
降参して話を元に戻すと、その場合には世界一のサービス内容と制服が必要だともいう。
ブルーリボン賞を巡る豪華客船やブルマン、ワゴン・リーの豪華絢爛な寝台車、パン・アメリカン航空など熱心に語ってくれたが、「(仮)ゴーレム」の性能と僕の美学とやらの整合性をとるのが面倒くさそうなので聞き流す。
転移する時間による一番大きな違いは、1930年と1939年のどちらが僕が受ける恩恵が大きいかだと思うと僕はいう。
戸籍もない家もない親類もいないのないない尽くしでは食い物にされるから、最初から「(仮)ゴーレム」の力を見せつけたほうがよいとまでいってのけた。
「特殊能力」があるからという件はどこへいった。
ここでの最大の問題は、日本語しか喋れない黄色人種である日本人の僕が、1930年代のいつどこにいけばいいのか判断がつかないことだ。
受験で覚えた1931年の満州事変は張学良と日本の関東軍の間での事実上の戦争じゃなかったのか。元の世界とは違うといっても、同じ日本人相手に戦争はしたくない。一年契約の傭兵なら大丈夫なのかもわからない。
いずれにしても人は殺したくないのが本当のところだ。
人種差別、民族差別が横行しているから、世界中どこでもロールス・ロイス装甲車が打ってつけというわけにはいかないだろうに。実際、白人の有色人種に対する扱いを身をもって体験したいとも思わない。
ガンジーの南アフリカでの体験は子供用の偉人伝で読んだことがあった。
いざとなったら文字通り飛んで逃げればいいのだから、時代はサイコロを転がして、地域はダーツででも決めるくらいの気楽さでいけばいいと太平楽を並べる。植木等だってもうちょっと真面目にやるだろう。
僕にとっては所詮他人事なのだろうが。
最初から「(仮)ゴーレム」の力を見せつけるのはいいが、その前に1930年代の世界を観光したいのでお金が欲しいと遠回しにいったところ、自分の才覚でどうにかしてくれといわれた。
ロールス・ロイス装甲車に三日分の乾パンと水が餞別になるらしい。世知辛い。
僕の召喚では、色は兎も角、車体の表面をあのような処理はできないらしく、「カタログ」に特別仕様車として掲載されるという。
僕に懇願して、あの時のショーで召喚された十数台も「カタログ」に追加してもらった。同時には無理だが、十数台のうち一台だけ召喚できる。
夜になると光るという蛍光色や光を一切反射しないという黒一色の塗装で車が実際どうなるのかが楽しみだ。
二日分の乾パンと水は念の為に取っておくとして、一日だけは観光を楽しみ、派手な世界デビューをすることを決める。僕もとくに反対はしなかった。
そして召喚の方法を聞こうとしたら、もう僕はそれを知っていることに気がついた。
次回「グレート・ホワイト・フリート」