第1話 1930年代並行世界への転移
知識は力だ。
というより、ある知識は力にもなりうるというべきだろうか。それをいま思い知らされている。
気がつけば目の前にもう一人の僕がいた。
東京の大学に合格したら、カナダ在住の母方の親戚が渋谷の空家をただで貸すからと、必死で勉強した第一志望校の合格後、家族全員で下見と掃除にきていた。
渋谷村の時代からだいぶ切り売りしたらしいが、それでも残った家屋は門の前だけで二台は車を停められる贅沢に土地を使ったつくりだ。
中学生の妹二人は、掃除が大変だ、夏休みは泊まりにくると大騒ぎで、浮かれていた僕にもたしなめる余裕はない。初めてきた父親も感心しきりで、母親だけは昔の記憶とくらべているようだ。
皆大盛り上がりでステーションワゴンを降りた。
ああ夢か、どこからが夢だ、最後までC判定だった第一志望は合格しているのか、血の気が引くような思いをしていると、もう一人の僕は人差し指を乗ってきた車に向けた。振り返ると家族全員消えていた。
まあ夢だからなと思いながら、同じ顔をしている僕がどうにも厭わしい。
「時間は売るほどあるがどうする?」と、小首をかしげる僕。
ものすごい違和感が僕を襲った。
どうやら、僕の存在は出来の悪いテーブルトークRPGのGMらしかった。
長い時間をかけてわかったこと。
まず一つ目は、1930年代のいつでもどこでも好きな場所から始められるらしい。
二つ目は、転移前に僕との交渉によってあるていどの特殊能力を身につけられるとのこと。
三つ目は、その世界で何があったとしても、元の世界にはなんの影響もないということ。
最後に、転移するこの僕とは別の「僕」が元の世界に残るので何の問題も生じないこと。
それだけだ。
誰が、僕を、1930年代の地球、その世界のどこに、何の目的があって送り込むのかは不明。ついでに、僕と「僕」のどちらがオリジナルなのかも不明。
第一次世界大戦と第二次世界大戦の間で、大恐慌があり、天皇陛下が神様で、軍隊があったことしかわからない。受験での世界史の知識はあるが、この状況で使いものになるようなものでもなかった。
「それじゃあ、どんな能力にするか決めていこうか」
次回「転移の前提」