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1-7 え、え、ど、どうすれば……

 俺たちは猫神の(ほこら)がある丘から、北側の斜面を下って行った。

 ストーリー的にはアイリアが俺たちを引率していることになっているが、あらぬ疑いをかけられるのは困るので、俺は先頭を歩くようにした。地平線上に次の目的地を示すマーカーが浮いているので迷うことはない。


「先輩の鎧、いいっすね。強そうで!」


 最後尾のチーカが、前を歩くアイリアのコスチュームを見ながらつぶやいた。


「忍者の服なんて、ただの布っすからね。スカスカでぜんぜん安心できないっすよ」


 チーカは少し前にでて、アイリアに全身が見えるようにぐるっと回ってみせた。

 

「なかなか似合ってるぞ。それに身軽に動けそうでうらやましい」


 アイリアがお姉さんらしくフォローしてくれたので、俺もアドバイザーとしての責務を果たすことにした。


「忍者はすばしこさが強みじゃ。鎧なんぞ装備したら、逆に能力値が下がってしまうぞ」


 俺の完璧で論理的な説明にも関わらず、チーカは釈然としない様子で俺をきっと睨んだ。

 

「えー。なんか不公平っすよ! だったら忍者なんてやめるっす。あっしも騎士がいいっす」


 おいおい!

 もう番組は始まってるんだぞ。

 またキャラクターメイキングから始めるつもりかよ。


「いずれは転職もできるようになろうが、まだまだ先の話じゃ。まずは忍びの道を全うすることを考えるのじゃな」

「自分は戦わないで見てるだけのくせに! 言うだけ猫!」


 ――また新たな俺の蔑称が誕生したようだ。

 もうなんて呼んでもいいから、とにかくゲームを進行させてくれ。

 俺が救いを求めるようにアイリアに視線を向けると、彼女は緊張した表情で前方を凝視していた。

 

 樹齢100年もあろうかという巨木の裏から、3匹のモンスターが姿を現したのだ。

 その形状はジャラシだが、色が青い。

 ネームタグを見ると「トゲジャラシ」と表示されている。

 通常のジャラシよりも攻撃力が高いタイプだろう。

 パーティメンバーに騎士が加わったことで、ゲームバランスを調整するAIが出現させるモンスターのレベルを上げたのかもしれない。

 とはいえ、多少は苦戦するかもしれないが、落ち着いて戦えば勝てない相手では無いはずだ。

 

 アイリアはロングソードを剣帯から引き抜くと、前方に刃を向け、突進した。


「せいやあっ!」

 

 勇ましい掛け声だ。さすがは騎士。頼りになる。

 となると俺が優先するべきは、チーカのサポートだ。


「チーカ、武器を装備するのじゃ!」

「わ、わかってるっすよ。ええと……」


 初心者はよく、武器の装備を忘れて敵をクリックしてしまうが、そうすると素手で相手を殴ることになり、ほとんどダメージを加えることはできない。そればかりか、相手に反撃する隙を与えてしまうので最悪だ。

 チーカの右腕にクナイが出現したことを確認すると、俺は再び敵へと視線を戻した。

 この間にアイリアが何体かの敵を倒してくれているかもしれないと期待していたのだが、どういうわけか相変わらず3体のトゲジャラシは健在だった。と言うか、アイリアの姿が見えない。どこだ?

 俺が首を巡らせると、そこには巨木に向けてカーンカーンと剣を振り下ろしているアイリアの姿があった。

 なにやってるんだ?

 バトル中に材木集めか?

 そうこうするうち、トゲジャラシたちはアイリアの背後に迫っていた。このままでは囲まれる。


「アイリア、なにをやっておる! ターゲットが敵に合っとらんぞ!」


 俺は叫んだが、アイリアの行動は変わらず、ひたすらカーンカーンと木を切っている。


「え? あれ? いやああん」


 アイリアの変な声がヘッドセットから聞こえてきた。

 パニクってるのか?

 俺は慌ててボイスチャットをプライベートモードに切り替えた。ゲームの操作方法についての会話が視聴者に聞こえてしまうと、せっかくの世界観が壊れてしまうからだ。


「攻撃対象が木になってるぞ。敵をクリックするんだ!」

「え、え、ど、どうすれば……」

「敵のほうを向いて、右手のマウスを動かして矢印を敵に合わせたら、マウスの左側のボタンを押すんだ」

「そ、んな……無理、無理!」


 アイリアの声はうわずっている。

 やばい。

 完全にパニックだ。

 猫神様の祠でジャラシを颯爽と倒したのはマグレだったのか?

 いや、よく考えると、あの戦いはランダムエンカウンターじゃなく、イベントだった。

 つまりアイリアが戦闘するのは、これが初めてってことか?

 ――俺としたことが雰囲気に飲まれてすっかり彼女が熟練者だと思い込んでいたが、とんだ誤解だった。

 

 俺が対処に困っていると、トゲジャラシたちが体をくねらせ、ハリネズミのような先端の突起で、ビシビシとアイリアの背中を叩き始めた。


「いやあああっ」


 アイリアは悲鳴を上げたが、ライフゲージを見ると最大値のまま微動だにしていない。さすが騎士だ。パーティのタンク(叩かれ役)として機能できるように、高い防御力が設定されている。

 俺はアイリアに近づきながら、彼女が安心するように、できるだけゆったりとしたペースで語りかけた。


「落ち着け。大丈夫、お前の防御力のほうが上だ。敵は弱いぞ」

「へ?」

「左手でコントローラをつかむんだ。ダイヤルみたいに回せるから、やってみろ。右回りでも左回りでもいい」

「う、うん。えっと……」


 しばらくすると、アイリアの体の向きが回転し、モンスターのほうに向き直った。予想通り、彼女は慌てたせいで左手のコントローラーを手放してしまっていたのだ。


「モンスターが正面に見えただろ? 距離はちょうどいいから、そのままクリックしてみるんだ」

「う、うん」


 ザシュッ!


 ロングソードが勢いよく振り下ろされ、先頭のトゲジャラシは無数の光の粒に分解した。

 他の2体もロングソードの有効範囲内に入っていたので、あとはマウスの左ボタンを連打するだけの作業だ。

 トゲジャラシが全滅し、バトル終了のファンファーレが鳴るまで、数秒しかかからなかった。


「ふぅ」


 アイリアは安心したように、深く息を吐き出した。

 俺はボイスチャットを通常モードに戻すと、立ち尽くす彼女のそばに近づいた。

 

 「お見事。さすがは騎士じゃな」

 

 俺のねぎらいの言葉にアイリアはほっと笑みを浮かべた。

 その目は潤み、涙袋が少し赤く腫れていた。

 がんばったな。偉いぞ。

 一時はどうなることかと思ったが、無事に敵を撃退できたし、これで彼女も自信をつけたんじゃないだろうか。

 

 すると俺たちのもとにチーカもやってきて、アイリアをきょとんとした目で見つめらると、素朴な疑問を投げかけた。


「先輩、なんでさっき、木、切ってたんすか? ねえ、なんでっすか?」

「……」


 アイリアの頬が恥ずかしさで赤らんだ。

 チーカちゃん、頼むから……空気よんでくれよ!

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