残光
…長い夢から覚めた私は、初めて見た天井に驚いた。この身に何があったのだろう。私は記憶を辿ったが何も分からない。
身体を起こすと、母親と菜月さんが居る。ここは何処だろう。私はベッドで寝かされていたようだが、家ではなさそうだ。
「ここは…、」
菜月さんが私の手を握った。
「病院、三日間ずっと意識がなかったけどやっと戻ったんだね。」
「私…どうしたんだろう。」
「路上で刺れて倒れてたのよ。助けてくれなかったらどうなってたか分からなかった。」
「そうだったんだ…。」
母は私が意識を失っている間の話をしてくれた。
何者かに刺された私は路上で倒れていたそうだが、親切な人に助けられて病院に運び込まれたらしい。それからはしばらく意識を失っていたそうだが、奇跡的に目を覚ました。
「お父さんの声を辿ったらここに来た。それ以外は何も分からない。」
意識を取り戻した私だが、自分でも何が、起こっているのか分からなかった。
犯人の顔はそもそも見ていなかった。母も警察の人に色々聞かれたらしいが、何も分からない。ただ一つ確かなのは犯人がまだ捕まっていない事だけだった。
それから、私の病室には見知った人もそうでない人もやって来るようになった。大抵の人は質問を投げかけてくるだけで、私の話は聞いてくれなかった。
ところが、一人だけそうでない人が居た。彼は赤の他人であるはずの私を心配しているのだ。その上、緑の着物を着ていて、ずっと私の話を聞いてくれる。
「どうしてここに居るんですか?」
「君を助けたのが私だからだよ。」
彼は道端で倒れていた私を助けてくれたそうだ。怪しい風貌をしていたが、話をしている限りでは悪い人ではなさそうだった。
ひょっとすると彼が菜月さんが言っていた都市伝説の青年なのだろうか。ふとそんな考えが過ぎったが、菜月さんには言わなかった。
ある日の話だ。彼は私を外に連れ出した。正直に言うと嫌だった。父が路上で刺された話を聞き、そして自分も刺されたからだ。それからというもの、外に出るのが怖くなっていた。人と擦れ違う度にまた刺されるのではないかと恐れていたのだ。
私は彼と一緒に歩いていた。彼は祖父の形見のフィルムカメラを持っていて、それを触らせてくれた。あのカメラが無くなってから、写真を撮らなくなったが、久々に撮れて嬉しかった。
「どうしてここまでしてくれるのですか?」
「君なら面白い話を持ってると思ってね」
私は自分の境遇が面白いとは思わなかった。むしろ不幸だ。死にかけた人に何故面白いと言えるのだろう。
「人の不幸を面白いと思うのですか?」
「捉え方によっては、そうかもしれないね…」
私から出た言葉に、流石の彼もたじろいだのだろうか。口数が少なくなった。そして彼は私に背を向けた。その姿は父によく似ていた。
彼の名は渡辺茂といった。よくある名前のはずだが、彼はよく分からない人だった。