夢
「儂は閻魔大王の妹ことヤーミィと言う者じゃ。宜しくなのじゃ」
……とまあ、僕の眼前に突如として現れた女性がこう仰る訳である。
ふむ。見た目も若く、とても美人ではあるのだが、丸でお年寄りみたいな口調で……てか、閻魔大王の妹だと!? どういうこった?!
そんな僕の驚きやら疑問etc.なんぞ、全く意に会する様子も見せずに、彼女は喋り倒しやがります。
「でもって言わずもがな、ここは皆様ご存知の地獄じゃよ。あの世へようこそなのじゃ、新規の亡者よ。わっはっは、くっくっく、いーっひっひっ! あ~、可笑しくて堪らぬわい!」
おやまあ、笑いのツボにハマっちまって、メッチャ笑ろてるでオイ。一体どこが笑いどころだったん? 何がおもろいねん。てか、僕が既に死んでしまっていた事に動揺を隠せないよ!
構わずヤーミィは話を続ける。
「えー、本日は閻魔大王が夏休みの為に、儂が代理を務めるのじゃ」
「あの、ちょっとすみません。その前に僕の死因が何であったのかを教えてくれませんか? 恥ずかしながら、全く記憶に無くってですね」
「ふん、そんな些細な事は捨て置くのじゃ」
「いや、これは流石にどうでも良い事では無いでしょ! 割かし重要よ!」
「ええい、お黙りあそばせなのじゃ! 兎も角、暫しの間、儂に従っとけばええんじゃよ! ガルル!」
「ひいっ! ……ええっと、その、口答えとかして、何か御免なさい……」
有無を言わさぬヤーミィの気迫により、つい謝り引き下がってしまった。しかもね、これは比喩的表現では無く、正にヤーミィの顔が鬼の形相に変容したんですもの。依て、彼女が人間ではないと悟り、僕の心は折れましたとさ。
「よし、取り合えず腹が減っては戦は出来ぬのじゃ。儂の行きつけの居酒屋があるから、そこで飯にしよう」
「うっは、唐突ぅ! てか、亡者の僕もお供して宜しいので? てか、閻魔様の本業である、生前の罪を裁く仕事とかは、ほったらかしですか?」
「ああ、心配ご無用じゃ。権力者である儂がOKを出せば、全てが罷り通るでのう。誰にも文句は言わせないのじゃ」
「只の職権乱用やんけ! てか、地獄に居酒屋ってあるんですね!」
「うむ。と言うかな、普通に24時間営業のスーパーやコンビニも其処彼処にあるでよ。しかも、店員がAIじゃったりするしな」
「ふは! まさかの地獄がハイテク化! てか、死者の世界で未来を生きているとはこれ如何に!」
「ふっふっふ、他には普通の駄菓子屋もあったりするのじゃぜ?」
「何と! 普通の駄菓子屋ですと! ……って、それって普通に普通ですやん!」
「わっはっは。さて、無駄話もそこそこに、そろそろ居酒屋へレッツゴーじゃ。どうじゃ? 地獄も中々に愉快な所じゃろ?」
「いや、地獄が楽しくてどうする。この世界大丈夫か? もうええわ」
そうやって漫才みたいな会話をしつつ、目的地の居酒屋迄、徒歩での移動となる。所要時間約90分。結構な距離!?
尚、この間にもヤーミィとの即興コントが繰り広げられた訳だが、余りにも公序良俗に反する内容だった為に割愛させて貰う。
「と言う訳で、やっとこさ到着じゃな。ここが居酒屋「百鬼夜行」なのじゃ。この店は地獄の中でも、特に人気のプレースポットなんじゃよ。いざや入店なのじゃ」
僕とヤーミィが店の入り口に立つと、玄関扉はナチュラルに自動ドアだった。うーん、ここは風情のある引き戸にして欲しかった所。
そうして、二人が店内に一歩足を踏み入れますと、活気溢れる店員さん達の「いらっしゃいませ」が響きます。
それにしても、外から見た小ぢんまりとした店舗の印象とは違い、店内は物理法則をガン無視した広さである。わあ、流石は地獄の居酒屋だい。最早何でもアリですな!
数十人程が座れるカウンター席を中心に、座敷席や掘りごたつ席も相当数完備されている。加えて店は満員御礼状態だ。
間もなくして、二人の女の子店員さんが近寄って来て応対をしてくれる。
「やーやー、いらっしゃいませなのだー、ヤーミィ様ー。ここ最近は、連日御来店頂いて、有難う御座いますなのだー」
「……いらっしゃいませ、なのです、ヤーミィ様……本日は珍しく、お連れ様もご一緒なのですか……?」
「わっはっは、そうなんじゃよ。こっちの連れは新入りの亡者じゃから、一応お主ら姉妹の自己紹介を頼めるかのう」
「やーやー、かしこまりましたなのだー。初めましてなのだー、新人亡者さんー。わちきは当店看板娘の姉の方で、わいらって言いますなのだー。宜しくなのだー」
「……あちきは妹のおとろし、なのです……居酒屋「百鬼夜行」へようこそ、なのです……」
両名共に秋葉原のメイドカフェ風味漂う、可愛らしい制服を着用か。しかも、姉上は和装、妹君が洋装のダブルアタックにて、客を迎え撃つサービスっぷりである。実にあざとけしからん。もっとおやりなさい。
しかし気掛かりなのは、この姉妹が随分と幼く見える事である。見た目だけだとブッチギリで小学生だぞ。この店が労働基準法違反でしょっぴかれる日は近そう。……てか、地獄でそんなもん関係無いか。
「わっはっは、それでは何時も通りに、儂専用のVIP席である「店全体が見渡せる個室」へと通してもらおうかの」
「やーやー、おっけーなのだー。二名様ご案内ですなのだー」
「……では、こちらへどうぞ、なのです……」
和風メイド・わいらちゃんがボクの後ろへと回り込み、ぐいぐいと背中を押す側なのに対して、洋風メイド・おとろしちゃんは優しくヤーミィの手を引いてくれる。あらやだキュート。
斯くして、僕とヤーミィは「店全体が見渡せる個室」へと入室完了の運びだ。
「わっはっは、先程の姉妹はのう、あげな幼き見た目じゃが、超優秀なスタッフなんじゃよ。そのギャップ萌えが、ほんに愛い奴らよ。じゃが侮ることなかれ。双方共に、御年千才を超える神獣なのじゃ。吃驚じゃろ?」
「いや、目の前に貴女と言う存在が居て、ここが地獄にある居酒屋な時点で、もうこれ以上の衝撃はないでしょうよ」
「わっはっは、それもそうじゃな。然らば、突然じゃがここでクイズを出すぞ。ホレ、あのカウンター席の向こう側にある厨房をご覧。黙々と料理を作っておる板長が見えるじゃろ? あ奴が誰だか分かるかの?」
「えっと、あの方は鬼の頭領である酒呑童子の忠実な右腕で、茨城童子と言う名の鬼ですよね。何時もの見た目は、キザ眼鏡なんぞを掛けてインテリ優男ぶっていますが、趣味が女装なのですよね」
「わっはっは、正解じゃ。ではもう一問行くぞ。その直ぐ隣にて、もの凄い笑顔&腕組みの仁王立ちポーズで、やけにガタイが良い男が居るじゃろう? あの野郎が誰かも分かるかの?」
「ええ、勿論です。だって、彼が頭に巻いたバンダナに、これ見よがしに「店長の酒呑童子です」と書いてありますから。そして、彼はバリバリの関西弁だったりします」
「わっはっは、又候正解じゃ。うむ、あの男こそ「百鬼夜行」の店長であり、他でもない酒呑童子本人じゃ。別名ポンコツ店長とも呼ばれておる」
「ですね。あの店長は、たこ焼きしか作れない為に、たこ焼きのオーダーが入らない限りは、ああして厨房で立ち尽くし、暇を持て余している役立たずですから……って、あれ? 何で僕はこんな事を詳しく知っているのだろう?」
したらば、ヤーミィは少し悪戯っぽい表情で僕を見詰めて言う。
「さあ、この店に居る客達の顔を、よくよく眺めてみるのじゃよ」
そうヤーミィに促され、店内をざっと見回してみると、確かにお客の一人一人に見覚えがある。
……あっ、あそこに御座す男子は、お笑い至上主義の日本で大人気の高校生芸人だ。おや、こっちの女子は大好きなアクション映画の中に転移してしまった子か。おっと、あの子は某学園で不良達と日々戦っている男の娘だ。……はは、何れも見知った顔だし。
又、反対の席に目を遣れば、どう見ても人ならざる者達が座している。ふふ、チョコレート王国のショコラ王子様に、クリーム帝国のホイップ王女様……おお、和菓子の国の僧侶・大福和尚さん迄居るじゃないか。うん、お菓子の国の住民達である。……はは、こちらもよく存じ上げておりますよ。
遅ればせながら、完全に理解した。
そう、今この場所に存在している、彼・彼女らは、今迄に僕が執筆した小説の中の登場人物である。
ふむ、思えば、AIが店員のコンビニだって、実は不思議なお菓子を売る駄菓子屋だとか、或いは此処の鬼が店長の居酒屋でさえも、僕の書き物で使用した舞台設定だ。
作家になる夢を叶える為に、様々な公募新人賞に作品を投稿してみるも、箸にも棒にも掛からずで、早十年である。
その様な体たらくなもので、もう筆を折ろうと考えていた矢先であったのだ。
うぬ。これは単なる僕の夢だ。
そいつを僕が自覚すると同時に、居酒屋店内に居た皆々が、僕に向かって口々にこう語り掛けるのである。「夢を諦めないで」と。
その直後、僕の肩をポンと叩いたヤーミィが、満面の笑顔で宣う。
「お主が此方側の世界に来るのは、時期尚早じゃ。じゃから、もうちっとだけ頑張ってみい。しゃんとせい。曲がり形にも儂らの創造主じゃろうが、わっはっは」
ふっ、やっぱメッチャ笑うやん。素敵な笑顔だなオイ。
てか、たった今思い出したよ。
このヤーミィこそ、僕が初めて書いた小説のヒロインだったっけな。
その刹那、僕の意識は覚醒する。
……はは、リアルな夢だったな……だが、決して悪い夢ではなかったし、寝起きにも拘わらず、頭と気分はスッキリしている。
「……夢を諦めるな、か……よし!」
次の瞬間、僕は体を勢いよく起こし、速攻でPCを起動させ、テキストエディッタを開く。
「……そうだな。何のひねりもない安直なネーミングだが、タイトルは直球で「夢」としよう」
こうして、僕は今一度、物語を紡ぎ始めた次第である。