銀の魔法使い
その日の夜はトールさんとお祝いをした。と言っても、わたしはお酒を飲めないので、一緒に美味しいものを食べるくらいだけど。
「今日は上手く行ったけど、これから先はどうなるかしら」
「どうして?」
「わたしのわざはほとんど、失くした占い道具を使うものだったの。わたしのような見習いの魔女は、ちょっとしたブレンド茶や蝋燭、石鹸なんかは作れても、魔女の薬は扱わせてもらえないの。まだまだ、経験値不足」
「それは、覚えがある」
「え?」
「僕、九つの歳から見習い始めた。絵の具には毒がある。触らせてもらえなかった。きちんと学んで、それから、教えてもらった」
本当に似ていると思った。小さな頃からその道に入ったことも、毒になるものを適切に扱わなくてはいけないことも。わたしたち魔女の使う薬草は毒にもなるから。時には心と身体を変えてしまうほどに。
思わず知った共通点に胸が高鳴る。まだ知り合ったばかりなのに、こんなにも惹かれている。あくまでも家主の甥と間借り人の関係なのに。妹のようだと言われたばかりなのに。
「トールさ……」
想いがあふれて、わたしは彼に手を伸ばした。その瞬間、胸から下げていた厄除けのお守りが弾け飛び、続けて食堂の明かりがすべて消えた。居間でジョンが唸り、吠える。……これは、誰かからの攻撃!
「ジョン! ジョン、こっちへ!」
わたしは急いでドアを開け、ジョンを呼び寄せ抱きしめた。玄関のドアをものすごい勢いで叩く音がする。わたしは悲鳴を上げていた。
「いったい、何が」
「ダメ、出ないで、トールさん!」
わたしはカラスにもらった血石に、即席の守護の魔法をかけるとトールさんに押し付けた。
「これを」
「ラヴェンダー?」
やがてノックが止み、食堂の窓が大きく開け放たれるとそこには銀髪銀目、灰色のウールコートを羽織った紳士が立っていた。わたしにとっては見覚えのある顔だ。
「夜分に失礼。私は魔法使い協会の者だ。迎えに来たよ、魔女の卵くん」
「あなたは、駅で会った……いったい、何の用ですか? 迎えなんて、聞いていません」
「説明は後にしよう。さぁ、おいで」
お断りします、と言おうとしたのに口が動かない。それどころか、わたしの意思に反して足が勝手に前に出ていた。
嫌だ! こんなの、絶対に嫌!
魔法で攻撃されている……! わたしの身体を操る魔法をかけられてしまった。おばあちゃんにもらったお守りを壊したのはこのためだったのね!
銀の魔法使いは卑怯な手段を使いながら、穏やかな笑みを浮かべてわたしに手を差し伸べている。傍から見れば、わたしは望んで彼の下へ行こうとしているみたい。
お願い、トールさん、騙されないで!
必死で抵抗しても敵わなかった。そのわたしの腕を、トールさんが掴んで引き止める。ジョンもわたしの前に出て、魔法使いに向かって吠えた。
「ダメです。あなた、彼女に何をしましたか。今すぐこの場を立ち去りなさい!」
「貴殿には関係のないことだ。家主でもない、何の権限もない人間だろう。彼女の意思を尊重したまえよ」
「それはあなたのこと。魔法使い協会と言いました、魔女協会とは別物でしょう。あなたの言葉には偽りがある」
男は顎を反らして黙った。きっとトールさんの言葉が正しいからだわ。トールさんはわたしの前に立ちふさがると、真摯な目でわたしの目を覗き込んできた。
「行ってはダメだ。止まってください、どうか。あなたを失いたくない、ラヴェンダー」
トールさんの飾らない言葉は、だからこそ深く心に染み渡る。嘘のない言葉。抱きしめられた身体に温かさと活力が戻ってくる。
「トールさん……!」
「ラヴェンダー」
「バカなっ!?」
わたしにかけた術が解けたことに、魔法使いは悔しそうな驚きの声を上げる。キッと睨みつけると、彼は恐ろしい形相になって、夜空へ浮かび上がるとわたしたちにステッキの先を向けた。
「ええいっ、小癪な! 邪魔な犬も男も、雷に打たれて死ぬがいい!」
「やめてぇ!」
「危ないっ、ラヴェンダー!」
狙われているのは自分だと知って、トールさんはわたしから身を離して前に飛び出した。魔法使いのステッキから、稲光が走る。わたしはゆっくりになっていく世界の中で、悲鳴を上げることしかできなかった。
でも、その雷はトールさんの身体に当たる前に砕け散った。
「これは……」
わたしが守護をかけた血石が輝いていた。元々、血石には厄除けの力がある。わたしの魔法がそれを増幅したのだ。魔女のわざは自然の法則には敵わないけれど、魔法の攻撃に対しては強く力を発揮するから。
「ヒース、貴方の負けよ。そこまでにしておきなさい」
「ペッパー!」
「お母さん?」
突然降ってきた声にそちらを見上げると、魔女の箒に乗ったお母さんが空中を滑るようにして飛んでくるところだった。
「娘は渡さない。これ以上やると言うなら、徹底的に叩き潰すわよ、魔法使いの面汚し」
「まさか君が出てくるとはな。いささか分が悪い、今夜はここで御暇させていただこう」
そう言って、銀の魔法使いは煙になって消えていった。わたしはホッとしたせいか力が抜けて、立っていられなくなった。
「ラヴェンダー、大丈夫ですか」
「二人とも怪我はない? よかった、ジョンも平気そうね」
トールさんとジョンが両脇からわたしを支えてくれた。お母さんは一人だけ、普段と変わらないような顔をしている。でも、わたしにはお母さんに聞きたいことがたくさんあった。
「お母さん」
「お茶にしましょう。ほら、みんな台所に移動してちょうだい」
有無を言わせない調子でそう言われて、わたしたちは黙ってお母さんに従った。
『小鳩さんブッ刺せ企画』規定の2万文字にあたるのはこの話までになります。次回で最終話、エピローグの予定です。
 




