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旅立ち

 一人前の魔女になるためには、通過儀礼(イニシエーション)を受けなくてはいけない。

 それは、わたしが生まれるよりもずっと昔、おばあちゃんのおばあちゃん、そのまたおばあちゃんが生まれるよりも前から決まっている、古の契約なのだ。


「本当にやるの、ラヴェンダー」


 お母さんは「絶対にやめといた方がいいわよ」という表情で念押ししてきた。それはもう、慣れっこになってしまった言葉。どうして今まさに汽車が出発しようっていうときに同じように言うのかしらね。わたしはおかしくなって笑ってしまった。


「もう、お母さんったら! 先週、ボドレーさんのお宅に一緒に行って、これから一年間お世話になることのご挨拶をしてきたじゃないの。新しい毛布だって、カーテンだってほとんどお母さんが選んだようなものだったし。食器も本棚も、ベッドも運び込んだんだから、今さらなかったことになんてできないわよ」

「そりゃあ、そうだけど。でも」

「わたし、もう十六なのよ。大丈夫よ、帰ってこようと思えば、いつだって帰れる距離なんだから!」


 お母さんの初夏の新緑みたいな目が、いつになく心配そうに細められていて、ちょっぴりグッとくるけど、いけないいけない。新しい旅立ちの日なんだもの、笑顔でお別れしなくちゃ。


「ラヴェンダー、気をつけてな」

「ありがとう、おばあちゃん!」


 お母さんの後ろからひょっこり顔を出してきたおばあちゃんに抱きつく。湿布薬のミズメのにおいが鼻にツンとするけれど、わたしはコレ、嫌いじゃない。真っ白い髪の毛をてっぺんでお団子にして、黒いワンピースにじゃらじゃらネックレス、杖をついてゆっくり歩く。これがわたしのおばあちゃんで、正真正銘の魔女だ。


 今は髪も目も薄くなっちゃったけど、昔は燃えるような赤毛の美人だったんだって。お母さんはおばあちゃん譲りの真っ赤な髪の毛に珍しい緑の目をした、魔女の見本のような人なのに、魔女にはならずにパン屋さんの奥さんになっちゃった。わたしの麦わら色の髪の毛と青い目とは大違い。わたしが魔女にならなかったら、おばあちゃんの後継者はいなくなっちゃう。そんなのは嫌だった。


 お母さんに隠れて魔女の修行を続けていたわたしに、とうとう魔女協会から手紙が来たのが半年前のこと。魔女になるための条件は、『生まれ故郷を離れ、未踏の地にて十のわざを為せ』というものだった。ナニソレって思うよね。おばあちゃんによると、「どこか行ったことのない町で、魔女のわざを使って十の事件を解決しなさい」っていう意味らしい。


 正直、一人暮らしなんて考えたこともなかった。だって、おばあちゃんがかつてこなした魔女の通過儀礼はこんなものじゃなかったもの。しかも、これは始めたら一年以内に終わらせないと、魔女になる資格を永久に失ってしまうの。それからは説得と大ゲンカと家出と拝み倒しとハンガーストライキの連続。最初は反対していたお父さんも、後半からはわたしの味方をしてくれた。


 根負けしたお母さんが許可を出してくれたのが八月の終わりだった。わたしが通過儀礼のために住む町を決めたのはお母さん、下宿先を探してくれたのはお父さん。魔女協会に保護者のサインと住む町、住所、住む期間を書いた書面を返送して、ようやく、ようやく今日、魔女としての第一歩を踏み出せるの! ま、見習いなんだけどね。


「発車の時間だよ、ラヴェンダー。急がないと乗り遅れる」

「お父さん! ありがとう、行ってきます」

「いってらっしゃい。風邪をひかないように」


 お父さんはそう言って、大きな体で抱きしめてくれた。


「手紙を書くのを忘れないで! 絶対よ」

「わかってるわよ、お母さん」

「気をつけるのよ! 変な人にはついて行かないようにね……!」

「もう、わかってるってば! ありがとう、お母さん。わたし、がんばるから」

「ラヴェンダー!」


 お母さんがぎゅうっと抱きしめてきて、わたしはちょっぴり驚いた。いつも叱られてばっかりで、最近はずっと口うるさかった。泣いてるところなんてめったに見ないのに、今はポロポロ涙をこぼしてる。思えば、子どもの頃はわたしの方こそ甘えんぼでずっと抱きついていたんだっけ。


 汽車に乗り込んでから少し涙が出ちゃった。ぎゅうぎゅうの客車の入口をすり抜けて、空いていた席の窓を開ける。


「お母さん、お父さん! おばあちゃん、いってきます!」


 動き出した汽車は、お母さんたちを置き去りにしてわたしを新しい町へ連れて行く。さよならと手を振って、小さくなって人込みにまぎれていく家族の姿を目に焼きつけていた。こんな気持ちになるのなら、もう少しちゃんとお母さんと話せばよかったな。


 お昼ごはんにって持たせてもらった重たいバスケットを膝に置き直しながらそう思う。後悔しないことって、言うのは簡単だけど難しい。切ない気持ちでバスケットの中を覗くと、たくさんのパンとクッキーが入っていた。食べ慣れたこの味ともしばらくはお別れかと思うと、なおさら寂しくなる。大事に食べよう。


 これからわたしが住むマルマの町までは汽車で約三時間半、帝都からはちょっぴり外れた大きいけれどのんびりした町だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夢と希望に瞳を輝かせた少女の旅立ちの風景が、まぶしく描かれていて、この先ラヴェンダーになにが起こるのか期待がふくらむオープニングでした。
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