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王宮の尊い花

「ねえ、ライム。いくらなんでも、この差の付け方ってひどいんじゃない」

「他の王族に罪悪感を持たせないためには、優劣をはっきりさせ、当然のことだと印象づけたほうがいいんだろう」


 私とライム、カレントとバーミリオンの、洞窟で怪物の餌になるためのパーティ。


 そして、ゴールディーとステファニー、フェンネル、ブライアンの、湖の島の教会に祈りを捧げに行くパーティ。


 両方の出立日は、同じ日だったのだが、見送りも、そして移動の手段も、露骨なまでに差別化がされていた。


「では、行って来るがいい。『王宮の尊い花』、我が血を引くものたちよ。どうかこの王国の安寧と繁栄を、願ってきてくれ。そなたたちのような、賢く優秀なものたちであれば、必ずや、王国の守護神バルドゥルは聞き届けてくれよう」


 厳かな声で言うのは、城の門まで見送りに来た国王だ。

 その横では、王太子とふたりの王女も、微笑んでいる。


「胸に響くお言葉、光栄に存じます! 必ずや、陛下の御心にお応えできるよう、我ら一同がんばってまいりますわ」


 パーティを代表して言ったのは、真っ赤なマントを身に着けたゴールディーだ。


 控えている三人も、作法にのっとったお辞儀をし、豪華で大型の馬車に乗り込んでいく。


 それを引く馬たちにも、飾りの花綱がつけられていた。


 馬車が出立すると、わあっ、と橋の向こうに駆け付けていた観衆たちが、声をあげる。


「いってらっしゃいませ、尊き方々!」

「あっ、窓からお顔が見えたわ、なんて美しい。きっとすごい魔力をお持ちなのよねぇ」

「そりゃそうだ。『王宮の尊い花』だぞ。聖域に入る許可を得た、特別な王族なんだろ?」

「フェンネル様だ! あのお方は知っているぞ、村で、無料で病気を治してくれた」

「『王宮の尊い花』。王族の中でも、選ばれし人々……あの人たちのおかげで、あたしたちの暮らしが守られるのね」


 馬車はパレードでもするように、ゆっくりと人々の中を通っていく。


 うわあっ、うわあっ、と歓声は馬車のあとを続き、人々は手を振った。


「お気を付けて!」

「どうかご無事にお戻りを!」

「今、俺に手を振ってくれたぞ」

「お優しそうな方々だったわねえ、気品に満ちて」


 私たちは、国王陛下の後ろに突っ立ったまま、彼らの華やかな出立を見送っていた。


 馬車の姿が見えなくなると、ゆっくりと国王はこちらに向きを変える。


 横に並んでいた、王太子やおつきのものたちも、一斉にこちらを向いた。


「では次に、そなたたち。栄誉ある討伐隊への手向けとして、護符を渡そう」


 私の父親でもあるはずの国王は、彫りが深く威厳のある、でもどこか冷たい表情をしていた。

クイと顎を動かすと、小姓がスッと、絹張りのクッションを差し出す。


 その上には、四つの金の輪のようなものが乗っていた。

 どうやら、大きさからして、チョーカーらしい。


「これを、みなに」


 国王の言葉で、今度は四人の侍女がそのチョーカーを手にって、私たちそれぞれの首にカチリとつける。


(なにこれ。キラキラはしてるけど、あんまり可愛くない)


 私が思っていると、国王が口を開いた。


「それは、そなたたちのような、小さな魔力では外せぬものだ。そして、一か月の後には、だんだんと小さくなってゆく」


 聞くうちにハッとして、顔を上げる。


「なにが護符よ。逃げないための、外さないと死んでしまう首輪ってことでしょ? はっきり言いなさいよ!」


 もうこの男に、遠慮など必要ない。

 そう感じた私が鋭い声で言うと、国王は不機嫌そうにしつつも、認めた。


「うむ。ほとんど魔力も使えぬそなたらは、王家のできそこない。足が折れて座れぬが、薪として火にくべれば燃料として多少は使える、壊れた椅子のようなものにすぎぬ」


「なぁんですってえ!」

「やめておけ」


 飛び出しかけた私のドレスを、隣のライムが、ぐっとつかんだ。


 国王は、冷たい目でさらに続ける。


「そなたらが城に戻れる条件は、ただひとつ。骨となって、使いのものに運び込まれるか、グレイト・バーミンの遺骸から青く光るウロコを持って来るかだ。そのときには、首の輪を外してやろう」


(ウロコ? グレイト・バーミンって、魚形のモンスターなのかな)


 私は頭の中で、モンスターの姿をいろいろと思い浮かべる。


 と、国王の隣にいた王太子と、ぴたりと目が合う。

 おだやかそうな、優しい顔立ちの青年だったが、ふっと視線をそらされた。


 なによ、とその隣の王女に視線を移すと、やはり慌てたように下を向く。


 ゴールディーやステファニーのような、勝ち誇った様子や、意地の悪さは感じない。

 ただ、これから怪物の餌になる私たちに、どんな顔をしていいかわからないのだろうな、と私は思った。


(悪い人たちじゃなさそう。間近で顔を見るのは、これで最後かもしれないね。一度くらい、肉親として、話したり笑ったりしたかったな。バイバイ、お母さんの違う、お兄さん。それとお姉さん)


 心の中で、そっと呼びかける。

 国王は、そんなこちらの胸の内に気が付くはずもなく、厳しい表情を崩さない。


「グレイト・バーミンに対峙せず、おめおめと逃げ戻ったところで、ここにそなたらの居場所はない。首の輪にしめつけられ、最後を迎えるのみだ。そなたたちの行く道は、倒すか、食われるか。むろん、骨くらいは、王家の墓の端に埋めてやってもよいが。……では、行くがいい」


 言うだけ言うと国王はくるりと向きを変え、お付きを従えて、王宮に向かって歩き出す。


 はっ、と返事をして、ライムとカレントは、きちんと頭を下げた。


(えらそうに、なんなのよ。あんたが食べられちゃえばいいのに!)


 私はそう考えて、無言のまま胸を張り、顔を上げていた。

 ふと見ると、バーミリオンも頭を下げず、こちらを見ている。


 顔を見合わせて、にっ、と笑うと、少しだけ怒りがおさまった。


「では我々も行くか」


 頭を上げたライムが言い、橋のほうへ歩き出す。


 私たちには、馬車は用意されていなかった。

 荷物は背負い、徒歩で岩山まで歩いていくのだ。


「『王宮の尊い花』チームと違って、ひどいと思わない? このあつかい」

「だから言っただろう、ロビン。言っても仕方のないことだ。以前から、そう決まっていたことなのだから」


 なだめるライムに、カレントも同調する。


「その分、魔力がなくとも僕たちは、充分すぎるほど贅沢な暮らしをしてきましたからね。突出した能力がないのに、平民より豊かに過ごすことを許されていたのは、この日のためなんですよ」


「まあ、それにしても、ここまでコケにされるいわれはないと思うけどな。魔力がいくらあっても、ろくに働かない王族はいくらでもいる」

「それよ! 特別に優しくしろなんて言わないけど、バカにしすぎよね」


 そんなことを言いつつ橋を渡ると、まだ残っていた民衆たちが、こちらに気が付いた。


「……おい、あれは?」

「あっ、あれも王族らしいぞ。触れ書きに、そう説明してあった」

「それにしちゃ、お供もつけずにどこに行くんだい?」

「有能な四人は祈りの旅へ、無能な四人は流浪の旅へ、と書いてあったな。ろくに魔力もない、はみ出し者らしい」

「流浪の旅ねえ。ようするに、追放かい」

「『高貴な無益』ってんだとさ」


 ひそひそと、悪意のあるささやきの中を、私たちは歩いていく。


「金のかかるいらねえもんの、処分てことか」

「俺たちの納めた税を、無能な連中に使われたんじゃ、たまったもんじゃねえ。さすが王様、思い切った決断をされるお方だ」

「でも、やっぱり王家の方々、見た目はお綺麗ねえ」

「役者じゃあるまいし、見た目なんかどうでもいいさ。王族と生まれて無能なんて、追放されて当然だ」


(追放されて、当然ですって?)


 思わず私は立ち止まり、キッと声をしたほうを睨む。


「わっ、こっちを見た!」

「睨んでるよ、怖いねえ。とっとと行っちまえ、邪魔者が」

「国王陛下の、いや、王家のお荷物になってたんだよ。わかってんのか」

「お情けで、立派なお城でこれまで暮らしてたんだ。王国のためにも、二度と戻ってくるんじゃないよ」


 他の三人は顔色ひとつ変えなかったが、私はどうしても腹を立てずにはいられない。


(知らないくせに! あんたたちを守るために、これから私たちは化け物と戦うのよ。そして、相手はとてつもなく強くて、弱点なんかなくて、食い殺されるかもしれないのに……!)


「ロビン。何度も言わせるな。気にしても仕方ない」


 ライムが足を止め、私を振り向く。


「これから我々がすることに対して、誇りを持て。お前を認めるのは自分自身と、この三人では駄目か? 名も知らぬ、事情もわからぬものたちに、ちやほやされないとイヤなのか」

「そっ、そんなことない!」


 私は小走りをして、ライムたちの後に続く。


「ごめん。みんな堂々として、雑音を気にしないのに。私って、やっぱり盗賊団育ちなんだなって、こういうときは思っちゃう」

「謝ることはない。僕らも、ロビンと気持ちは同じだ。ただ、長いことその覚悟をしてきて、慣れているだけだ」

「慣れ、っていうかもう、麻痺かもしれませんね」


 笑いながらカレントが言う。


「まったくだ。いちいち気にしていたら、身が持たない」


 バーミリオンも、白い歯を見せた。


(こういうとこ、本当に三人とも偉いなあ。おとなっていうか。私もいつか、もうちょっと成長したら、こんなふうにいつも冷静でいられるようになるのかな)


 そこまで考えて、私は気が付いた。

 おとなになる時間も、成長する時間も、私には残されていないかもしれない。


 それを悔しく思いながら、私はもう周囲の声には耳をかさないようつとめつつ、黙々と歩いたのだった。



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