親の顔が見たい
神官は、すう、と息を吸ってから、声を張った。
「……カレント・ナイトレイ!」
いやあ、キャアア、という悲鳴のような貴婦人たちの声があちこちで上がる。
けれど淡々と、神官は続けた。
「バーミリオン・トワイライト。ライム・ヴィクター。ロビン・ヴィクター!」
私たちが壇上に上がると、先刻と同じように、白い花びらが撒かれる。
けれどそれは祝福ではなく、とむらいの花だ、と私は感じた。
「そなたたちには、国王陛下から、ありがたくもどのような装備でも、王室の武器庫から与えられる。この後、ゆっくりと、選ばれよ」
三人は黙ってそちらにうなずいたが、私はじっと前を見据えていた。
この儀式に参加したのは、王族のみ。
座って私たちを見物しているのは、いずれもどこかで血のつながった、親戚ともいえるものたちだ。
だが彼らの目は、一様に冷たく、こちらを嘲笑するように眺めている。
「無駄なものたちが片付いて、よろしかったこと」
「いやいや怪物の餌になると思えば、彼らの人生もまた、無駄ではない。よくできたものだ」
「でもやっぱり、カレント様は、おいたわしいわ」
「では、きみが変わってあげたらどうだ」
「なんて残酷なことをおっしゃるの、冗談ではありませんわ!」
やたらと丁寧な言葉でささやかれ続けている、ひどい言葉の数々。
私は我慢の限界にきていた。
「もう終わりですわよね? そろそろ飽きてきてしまいましたわ。わたくし、明日のお茶会の支度がありますの」
「食われるところまで、見物できるわけではないからな」
「それはさすがに、見たくありませんわ。食欲がなくなりそう」
神官が、儀式の終わりを告げようと、国王のほうを見て軽く、目で合図をした。そのとき。
「待って! 私、言いたいことがあるの!」
私は叫ぶと同時に、胸元から素早く短剣を取り出した。
そして、シュッと隣のライムの喉元に、切っ先を突きつける。
「ロビン?」
驚いた顔のライムには構わず、私は正面を向いて言う。
「私は簡単に、今この場で、ライムを殺せる!」
当然のことながら、人々は血相を変えて騒ぎ出した。
「おっ、おい、どうしたんだあの王女は!」
「ショックで気がおかしくなったのでは?」
「盗賊に育てられたせいではなくて? なんて野蛮な!」
ふん! と私は鼻で笑った。
「野蛮? 盗賊団はあなたたちほど、冷酷でも、醜くもなかったわ! それに、人間の価値を、よっぽどよくわかってた!」
「ロビン……」
ライムはあらがわず、じっとしてくれている。
「私は野蛮だから! こんな細い首、簡単に切り裂ける。その意味がわかる? 怪物の餌になって身体をかみ砕かれるより、ずっとずっと楽に死なせてあげられるってことよ!」
誰も衛兵を呼ばないし、決して私を攻撃できない。
私には餌としての、大事な役目があるからだ。
それをわかっているので、私はなおも続ける。
「バーミリオンたちだってそうよ! 毒を飲めば、すぐに死ねる。私もよ。……そうなったら、あなたたちは、どうなると思う?」
私の問いに、誰も答えない。
けれど、答えはわかっているのだろう。
黙りこくって、引きつった顔をしている。
「そうよ。私たち四人が死んだら、代わりにあなたたちの中から、また何人かが選ばれる! そうして、怪物の餌になるのよ! だけど、ライムたちは、決して楽な死は選ばない。なぜなら」
私はライムに突き付けていた、短剣を下ろした。
「なぜならそれは、ライムも、バーミリオンも、カレントも、ものすごく優しいから! 勇敢だからよ! あなたたちのために、王国の人々のために、自分の命を使うと決めているから! その覚悟がどれほどのものか、わからないの? わからないわよね!」
吐き捨てるように言って、私はキッと、上の席でこちらを見下ろしている、国王に目を向けた。
「ろくなしつけをされてなさそうだもの! 親の顔が、見てみたいわ!」
言いたいだけ言って、私が口を閉じても、会場はシンと静まったままだった。
こちらを見下ろしている国王の表情は、硬く強張っている。
緊迫した空気が、室内に張り詰めていたのだが。
ぷふっ、と隣でライムがふき出した。
「えっ、なんで笑うのよ」
「だってお前、なにを言い出すんだ、急に」
「いやいや、よく言った!」
「驚きましたね、新米王女様には」
快活に笑いながら三人が言い、私を囲むようにする。
「さて。武器庫を、好きに見ていいんだったよな。俺たちはもう、行かせてもらう」
バーミリオンが、神官にそう言うと、私たちはもうそちらを振り返らず、すたすたと舞台袖から廊下に繋がっている、扉へと向かう。
「そら、さっさと歩け、盗賊娘」
「あっ! 今、膝でお尻を蹴ったわね!」
「軽く押しただけだ。おい蹴り返すな、王女だろうが!」
「騒がしいぞ、ロビン。レディが尻を蹴られたり蹴ったりするな!」
「いやいや、蹴られたのは、ロビンが悪いんじゃないと思いますよ?」
扉を開けて廊下へ出ると、私たち四人は笑ったり、じゃれたりしながら、武器庫へと向かったのだった。
♦♦♦
「いやーん。全然どれもキラキラしてない! 可愛くない!」
ごつい鎧や大剣がずらりと並んだ、王家専用の武器庫で、私は嘆きの声をあげていた。
「武器なんだぞ。可愛いわけがあるか、バカめ!」
「すぐ人をバカっていうの、やめたほうがいいよ、ライム。お嫁に行けなくなるよ?」
「くだらんことを言うな。少しくらい、気に入った武器はないのか?」
「全然なくはないけどぉ」
私は革張りの、大きな箱の中に、ごそごそと手を突っ込みながら言う。
「グレイト・バーミンていうのが、どんな怪物かわからないのに、武器なんて選びようがないんじゃないの?」
「まあ確かに、討伐というのも、たてまえだからな」
「とはいえ、おとなしく食われるのもしゃくだ。できるだけ切れ味の鋭い大剣、少しでも傷をつけられる刃物は持っていて損はないだろう」
ずらりと並んでいる、つかに宝石のはめこまれた大剣を物色しながら、バーミリオンが言う。
「どうでしょうねえ。そもそも、斬れる相手なのかどうか」
カレントは、鎧が並んでいる台に座り、なにも手に取らず、こちらを眺めていた。
「なによ、カレント。もうあきらめるの?」
私が言うと、カレントは苦笑する。
「いや。ロビンが言ったことが、的を射ているということですよ。とにかく、その辺の大型の獣や、よくいるモンスターとはわけが違うんです」
「なんだと。グレイト・バーミンについて、なにか知っているのか、カレント」
「適当なことを言っているんじゃないだろうな」
ライムとバーミリオンが詰め寄ると、カレントは困ったような顔になる。
「まあ落ち着いてください。そんなに食いついてこられると、暑苦しいです」
「これが落ち着いていられるか! それぞれの、命がかかっているんだぞ!」
「ともかく、話しを聞こうライム。言ってみてくれ、カレント。お前の知っていることを」
わかった、とうなずいて、カレントは私に向かって手招きをした。
「ロビンもきてください。それでは僕が知っていることをお話ししますけれど、少し抽象的で、ぼんやりしたことです。書物からの知識なので」
「書物? 図書の館ね」
そうです、とカレントは私にうなずく。
「もう長いこと人も入って行かないような、ホコリをかぶった奥の奥の奥にある棚。そのさらに奥の書物に、ほんの少し、もしやこれはと思う記述がありました」
固唾を飲んで耳を傾ける私たちに、カレントは甘い美声で、ゆっくり続ける。
「ヨルウェームの異形のもの。暗き穴にて眠る。まがまがしき身体に、柔らかき部分ひとつたりとてなし。弱点なし。剣は通らず、その鋭き歯は、鎧をもかみ砕く。……よって口惜しくも、なすすべなし」
そこまで言って、カレントは口を閉じた。
「ナススベ? ナススベって武器があればいいの?」
尋ねた私を、ライムがジロリと見た。
「バカめ。なにも手立てがない、ということだ」
「ええー! なにそれえ!」
「ううん。役に立つというよりは、やる気をそぐ情報だな」
バーミリオンも、がっかりした様子を見せた。
「全身が固くて、まったくどこにも剣が刺さらず、弱点がない。しかし相手は、なんでもかみ砕く歯を持っている。ってことだろう?」
バーミリオンが要約すると、カレントはうなずいた。
「はい。そういうことです。それから……」
なぜかカレントはためらい、バーミリオンをじっと見た。
「おい、なんだよ。告白でもしたいのか」
「違いますよ。バーミリオン、きみの御母上について、少し尋ねたいことがあるのですが」
ああ? とバーミリオンは、サッと顔色を変えた。
多分、母親のことはバーミリオンにとって、触れられたくないことなのだと私は察した。
「いったいこんなときに、なんだってそんな話が聞きたいんだ。俺の母親が、どうやって奴隷になったのか、奴隷としてどう扱われたのか知りたいのか? 悪いがとっくに死んじまってるから、俺はろくに覚えていないし、ガキのころのことは忘れてる」
カレントは、しばらく考え込む顔をしていたが、やがてすみません、と謝った。
「僕の考えすぎです。申し訳ない」
「……謝る必要はないけど、変なやつだな。気になるだろ」
「ともかく、武器を選ぼう。なにもしないよりはましなはずだ」
険悪になりかけた空気を、切り替えるようにライムが言い、再び剣を選び始める。
「私も、できるだけの装備はしておく!」
言って、再び箱をあさり始めた私に、つかつかとライムが近づいてきた。
「ん? 剣はもう決まったの?」
「さっきからお前、どんな武器の仕舞い方をしてるんだ」
ライムは言うと、カレントたちには見えない方向から、私のドレスをぴらりとめくった。
「あっ、エッチ!」
「うるさい、バカもの!」
「あっ、バカめからバカものに変わった!」
「どっちでもいい。なんだこれは!」
「なんだと、言われましても」
私はドレスの下、ペチコートにたくさんフックをつけ、投げて使うかぎ型の鉄の刃をひっかけたり、小さな刀子や短剣を足のベルトにはさんだり、とにかく小型の武器を目いっぱいに仕込んでいた。
「すごいでしょ。私の個人的な武器庫ということで」
「こんなものをくっつけて歩いていたのか……」
唖然としているライムの背後から、バーミリオンがのぞこうとしてくる。
「おい、なんだ、武器庫って……いてぇ!」
ビシッ! とその額を、ライムが思い切り中指ではじいた。
「見るな、野蛮人」
「なんだ、お前だって相当に暴力的だろうが!」
「まあまあ、静かに。仲良しなのは結構だけれど、あまり騒ぐと怒られますよ」
「「仲良しじゃない!」」
同時に叫ぶバーミリオンとライムに、私とカレントはくすくす笑ってしまった。
そして私は、運命を共にするのがこの四人でよかった、と心から思っていたのだった。