まるで公開処刑
ゆっくりとバーミリオンが舞台へ上がると、王族たちはひそひそと、囁きをかわす。
それはカレントのときよりも、あからさまで聞こえよがしな中傷だった。
「一応は王家につらなる血筋とはいえ、あの男は駄目でしょうなあ」
「外見はわたくしの好みですのに、おしいこと」
「そのような、はしたない」
「剣の腕は立つと聞きましたが」
「いやいや、母親が奴隷ではどうにも」
「ありがたい存在ではないですか。おかげでまともな王族が、生贄にされずにすむ」
(そんなことを言うあんたこそ、まともじゃないわよ!)
叫んで飛び出し、言ったものをひっぱたいてやりたいのを、私は必死にこらえた。
口元に、皮肉そうな薄笑いを浮かべているバーミリオンの手には、ロウソクが一本握られていた。
「さて、お歴々。ご期待どおり、粗末な魔力をお披露目させていただきます」
なげやりに言って、ロウソクの芯に、すっと片方の指を近づけた。
と、ポッ、とロウソクに火がともる。
バーミリオンはそれをすぐに、ふっと吹き消した。
「以上、お楽しみいただけましたでしょうか」
言って、ぽいとロウソクを放り投げると、すたすたと舞台を降りる。
会場には冷ややかな空気が流れ、ささやきには毒がこもった。
「国王陛下がご覧になっておられるというのに、なんという尊大な態度!」
「火打ち石の代わりにしかならないとは、お笑い草もいいところですわ」
「わしならば、あれだけ低い魔力しか持たないというのは、恥ずかしくて耐えられん。よくぞこれまで、生き恥をさらしてきたものだと逆に感心する」
(ひどい、ひどい、ひどい)
私はこぶしをきつく握り、このキラキラした王族と王宮に、激しい怒りを感じていた。
(私が憧れていたお城の中って、こんなだったの? 豪華で、立派で、美しく飾り立てられているけれど。あなたたちのお腹の中は、汚すぎるわよ!)
そんな私の心の声が聞こえたかのように、ライムがこちらをじっと見て言う。
「ロビン。王族だろうと、平民だろうと、中身などさほど変わらぬ。良い部分も、悪しき部分も、どちらも持っているのが人というものだ」
「それは、わかってるわ。盗賊だって、そうだもの」
「ならば気にするな。気分を害するだけ、損というものだ」
なだめるようにライムが言ったそのとき、神官がこちらのほうを見た。
「では、次に。ライム・ヴィクター」
ライムは軽くうなずき、すっと立ち上がった。
そして戻ってきたバーミリオンと、一瞬だけ軽く目と目を見交わし、まっすぐに歩いていく。
(ライム。頑張って……!)
私はライムが魔力を使ったところを、見たことがない。
正確には、頼んでも見せてくれなかった、だが。
「相変わらず男装をしているのか、あの王女は」
「お顔立ちはお綺麗なのにねえ。魔力は随分、弱いとか」
「やはり魔力が弱いと、どこか性格に、かたよりが出るものなのかしら」
「いずれにしても、あの王女殿下も餌の候補だな。勿体ないが、あの変人ぶりでは嫁に欲しいというものもなかろう」
(変人じゃない! ライムは、女の子として恋することも、お嫁さんになることも、あきらめていたのよ。王族の義務として、化け物に食べられる覚悟をして生きてきた。そのすごさが、どうしてあんたたちにはわからないの!)
私は腹立ちのあまり、わめき出したいくらいだった。
盗賊団にいるころだったら、飛び回ってひとりひとり、蹴って殴って、はり倒していただろう。
が、気にするなというライムの言葉を思い出し、ぐっと我慢する。
(私より悔しいはずのライムが、耐えているんだもの。黙って見届けなくちゃ)
ライムが舞台に上がると、会場は静かになった。
キッ、とこちらを見据える瞳には、気品と鋭さがあり、王族の持つ威厳のようなものが感じられる。
真っ白な髪がさらりと揺れ、ライムは片方の手を真っすぐに、前へと突き出した。
「おう……あれは」
「なんだろうな。小さなきらめきが……段々と大きくなっている」
人々は身を乗り出し、私もライムの白い手のひらを見つめた。
するとそこには、無色透明な、キラキラとした物体が生まれ、宙に浮かんでゆっくりと回転し始めている。
(綺麗……! ライムったら、あんなことができたのね!)
素敵な力じゃないの、と私は、自分のことのように誇らしく思った。
「透明な鉱石のようだな」
「美しいわ! もしかして、ダイヤモンドかしら?」
「ううむ。水晶か、トパーズかもしれん」
「あれほどに大きく、濁りのないダイヤであれば、凄まじい価値があるぞ」
ライムの作りだした透明な結晶は、赤ん坊の頭くらいの大きさになっていた。
人々が目を輝かせ、ざわめき始めたそのとき。
「あっ!」
ドシャッ! と透明な物体が落下した。
それは衝撃で粉々に砕け散り、細かい破片となってしまう。さらには。
「まあ! ご覧になって、床を」
「濡れている……?」
「ダイヤモンドじゃない! 鉱石ですらないぞ。溶けたんだ、あれは氷だ!」
「氷! そのようなもの、氷室にいくらでもあるではないか」
讃嘆の声がいっせいに、がっかりした落胆のものへと変わる。
(ライム……!)
私はハラハラしていたが、ライムは淡々とこちらに礼をした。
そして、カレントやバーミリオンと同じように、堂々と胸を張り、自分の席へと戻って来る。
私はそんなライムに、声をかけずにいられなかった。
「ライム、綺麗だったよ。あんなことができるなんて、すごいよ」
ライムはちらりとこちらを見て、苦笑した。
「氷など、冬になればいやでもできる」
「で、でも、急に熱が出たときとか、冷たいものが飲みたいときに便利じゃないの!」
「まあ、そうだな」
ライムは困ったような、笑い出したいのを我慢しているような、複雑な表情でうなずく。
多分本人は、この程度の魔力ではどちらにしろ生贄になるしかない、と覚悟を決めているらしかった。
「僕のことより、自分の心配をしろ、ロビン」
ライムが言ったまさにそのとき、神官が名前を呼んだ。
「では次に。ロビン・ヴィクター。前へ」
私はハッとして立ち上がる。
どよっ、とひときわ大きく、会場がざわめいた。
「ロビン王女殿下だ」
「おお、あれが行方不明だった王女か……!」
「よくまあ、ご無事で」
「しかし、盗賊団に育てられたとか」
「まあ、盗賊に? 姿形は愛らしいレディに見えますのに」
(なんとでも、好きに言えばいいわ)
私はもともと、気が長いほうではない。
悪口を言われたら、たとえ年上の大男が相手でも、売られたケンカは買う性格だ。
(でも、カレント、バーミリオン、ライム。三人の態度は、見ていて立派だった。私もライムに、恥ずかしくないような態度をとらなくちゃ)
顎を上げ、神官をにらむようにして舞台へ上がった私は、準備していた白い一本の羽毛を手にする。
それから、教えられたレディの挨拶をして、顔を上げた。
「始めます」
それだけ言って、私は手のひらを上に向け、羽毛を乗せる。
手の上の羽毛は、ひらりと舞い上がり、くるくると回った。
そしてふんわりと落下していく。
集まった王族たちには、なんの反応も起こらなかった。
それくらいあっけない見世物しか、私には披露できなかったのだ。
私は精いっぱい、優雅にレディとしての挨拶をし、壇上から降りる。
案の定、ひそひそと小声で囁き交わす声と、さげすむような視線を感じた。
「なんだ、あれでは平民の手品と変わらん」
「扇の代わりにもなりませんわ」
「戻ってこなかったほうが」
「怪物の餌とするにはちょうどいいが、哀れな王女だ」
私はなるべく腹を立てないよう、ライムだけを見つめ、真っすぐに自分の席へと戻った。
「お前、もう少しなんとかならなかったのか」
眉を寄せ、遠慮なくライムが言う。
「ならないわよ。ちょっと前まで、魔力があるなんていうのも知らなかったし。なんたって私は、盗賊団にいたんだから」
「えらそうに言うな」
「自分こそ」
言い合ったけれど、私もライムも目が笑っている。
お互いに、周囲の白い目の中でがんばったね、というのが本心なことは伝わっていた。
「ではこれにて、魔力の披露は終了とし、『選別の儀』へと移る。おのおの、よろしいかな」
神官がおごそかに告げ、誰も異を唱えずにいると、深くうなずいた。
すると会場内の灯りが落とされ、しばらく暗闇と、沈黙に包まれる。
それが決まりになっているようで、誰も一言も口をきかなかった。
しばらくすると再び灯りがつき、小姓が一枚の羊皮紙を持ってやってくる。
神官は中身を見てうなずき、舞台の中央へとやってきた。
「まずは、バーナヒム島へ向かい、王国の繁栄のため祈りをささげるものたち、四名。ゴールディー・ヴィクター。ステファニー・ヴィクター。フェンネル・フローレス。ブライアン・ヴィクター」
おお、というどよめきの中、拍手が起こり、立ち上がった四人が舞台へと向かう。
私はびっくりして、ライムに尋ねた。
「あの人たちも、生贄なの?」
「違う。王国にとって『有益』とみなされた彼らは、湖の中にある島に行く。そして王国の崇拝の対象となっている、バルドゥルの神殿で祈りをささげるだけだ」
「なあんだ。いいなあ、湖の島なんて楽しそう」
舞台の上では、彼らに祝福のための花びらが撒かれている。
そして彼らが退場すると、神官は表情を引き締め、重々しく告げた。
「それでは、こたびの儀式の最後。王国の最大にして、最重要な選別をおこなう。ヨルウェームの洞窟にて、グレイト・バーミンと対峙、討伐してもらうものたちだ!」
いよいよ怪物の餌になる、生贄の名前が読み上げられるのだ。
(こんなふうに、さらし者にするなんて。まるで、公開処刑だわ)
空気はぴりぴりと張り詰め、人々の顔に緊張が走る。
あちこちで、ごくり、と息を飲む音が聞こえた。