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支配階級

「用意したものを、こちらへ」


 ゴールディーが言うと、小姓がふたりがかりで、大きな籠を持って来る。


 ガシャン、と置かれたその中には、錆びたり曲がったりした古い剣や、甲冑が入っていた。


「国王陛下。王太子殿下。そしてお集まりになられた王族のみなさますべて、どうぞご覧になってくださいませ!」


 言ってゴールディーは、錆びて曲がった剣を一本取り上げ、高く頭上にかざした。


「仕える役目終えたもの、姿を変えよ、並びを変えよ、偉大なる王の血族ゴールディーの名において、今新たな価値を得て、黄金として生まれ変わるべし!」


 赤いドレスと黒髪のゴールディーの手から、金色の粉がふき出したように見えた。


 そして、その手に持っていたものは。


「おお。見ろ!」

「錆びた剣が、黄金に変わった!」

「いや待て、確かに素晴らしい金色だが、あれは本当に金なのか?」


 どよめきの中、秤を持った学者たちが、剣の重さをはかったり、叩いたり、持参した見本用の黄金と比べたりしている。


「確かに、純金へ変化したと、確認いたしました!」


 学者の言葉に、おおお、と再び大きなどよめきが起きる。


 へええ、と私はびっくりして、隣のライムを見た。


「あんなことってできるのねえ! ゴールディーって人、すっごく感じ悪かったけど。あの、なんとかの名において、っていうのもかっこよかったわ!」

「詠唱だな。ここぞというとき、魔力を発揮する前に唱えると、威力も集中力も増す。たいしたことのできない我々には、あまり関係ないが」

 

 それを聞いて、じゃあ私にも関係ないんだ、とちょっとがっかりしてしまう。


「でも、あの人がいたら、王国は絶対に、暮らしに困らないわね」

「うん。錬金術だな。ああいうことができるのであれば、彼女は国益になるとみなされる。つまり、生贄にはされないということだ」


 そういうことか。私は脱力して、自分の両手を見た。


(あれほどのことができないと、生き残れないってことなのね。私なんて、ちょっとのことしかできないもの。そして、多分ライムにも、その自覚があるんだわ)


 次に、ゴールディーと両親を同じくする妹、ステファニーが舞台へ上がる。


「わたくしなら、いつまででも、獲物、あるいは敵を攻撃できますわ!」


 彼女は、矢を持たないまま、弓を放つ格好をした。


「いさましきいくさの女神、今こそ我に力を与えよ。怒りと勇気に形を与え、我が矢となりて敵を打つべし!」


 すると光の矢が放たれて、見事に的として置いてあった果物を、木っ端みじんにしてしまった。


 うわあっ、とまたも会場はどよめいた。


(なに今の! 手品みたい! でも、そういうインチキはしていない、って最初に水晶に触れて誓約したものね。あれが王族の魔力なんだわ……)


 そうして若い王族たちは次々と、自分の魔力を誇示していった。


 会場を暗くし、自らの力で広い室内全体を、まぶしいほどに明るく照らすもの。

 突き出した両手から、延々と水を溢れさせるもの。

 そして、さらには。


「フローレス公爵家次男、フェンネルです」


 ひょろりとして、黒髪で顔の片側をおおった、暗い感じの青年が舞台へ上がった。


 すると彼の前に車いすで、怪我をしているらしき男が運び込まれる。

 静かな暗い声で、フェンネルは説明した。


「この方は、宮廷の庭師です。先日、高所で木の枝を剪定中に落ち、大変な怪我を負いました」


 と、小姓たちが、男の頭や身体から、包帯を巻き取った。


「う、うう。痛い。痛い、やめてくれ」


 男はうめき、まだ血の乾いていてない、痛々しい傷がむき出しになっており、貴婦人の中にはその光景を見て、貧血を起こしたものもいた。


「本日まで、この儀式のために我慢していただいて、申し訳ない。……では、失礼します」


 フェンネルはぼそぼそと言うと、男の身体に手を触れる。すると。


「あ……ああ」


 今度の声は、あまり辛そうではない。


「痛くないですよね?」

「う、うん。……わ、うわあ、どういうことだ、これは!」


傷はみるみる塞がっていき、真っ白だった顔には血の色が戻って、男はぴょんと車いすから立ち上がった。


「なっ、治っちまった! どこも痛くない!」


 おおー、と会場から、拍手が巻き起こる。


「治癒魔法か!」

「これは素晴らしい。どの世代にも、欠かせない存在ですからな」

「今の治癒魔法師は、かなりお年を召しておられるからなあ。後継者が生まれて、本当によかった」

「詠唱もせずに。よほど訓練をつまれて、慣れておられるのでしょうなあ」


 ふわー、と私も、感嘆と溜め息の混ざった息を吐き出した。


「あの人がいたら、薬なんかなくたって、怪我も病気も治っちゃうわけね」

「そうだな。実に有益だ」


 ライムは言って、うなずいた。


「僕たち王族は幼いころから、魔力を磨く。王のために、国ために、魔力をあつかえてこそ、支配階級にいられるのだと教え込まれてきた。この王宮には、無能なものに居場所はない」


 言われていることは理解できるけれど、それはあまりに辛いことだった。


「私はあまり、練習する日にちもなかったけれど。ライムは長いこと、魔力の鍛錬をしてたんでしょ?」

「そうだが、結局のところ、基本の力は生まれつき備わっているかどうかだ。あとは応用だな」


 やるせないと思いながら、私は言う。


「じゃあ、努力もがんばりも、むくわれないってことじゃないの」

「だからとっくに覚悟を決めていたんだ」


 本当にそのとおりらしく、ライムの横顔には、悔しさも悲しさも、浮かんではいなかった。


「では次に、カレント・ナイトレイ! 前へ」


 神官の声に、私はハッとした。

 ざわざわと、あちこちの席から、主に貴婦人たちの声がする。


「カレント様だわ。うっとりしてしまう」

「いつ見ても、やっぱり素敵。ああでも、心配」

「あれは顔だけの男ではないか。まったく、女どもは」

「なによ嫉妬して。見苦しいわよ、兄上」


 カレントはなにも聞こえていないように、薄く口元に笑みを浮かべ、真っすぐに舞台へ向かって歩いていく。


(がんばって、カレント!)


 私も心の中で、密かに声援を送った。


 水晶への誓いが終わると、カレントは、灯りを落とすように小姓に頼む。


 暗くなった会場で、いったいなにが起こるのかと、私は胸をドキドキさせていた。


「私にできるのは、これくらいです」


 甘い美声が、言ったと同時に。


(あっ!)


 パリッ、と子供の手のひらほどの大きさの稲妻のようなものが、一瞬走った。


 けれど、それだけだった。


 再び会場に灯りがともされると、人々は小声で囁き始める。


「あれだけでは……」

「やはり顔だけ、見てくれだけでしたな」

「どうしましょう、わたくし、お気の毒すぎて泣いてしまいそう」

「おいたわしい、カレント様」

「でもあれでは、仕方ありませんわ。それにいくら美形でも年をとれば、容色はおとろえますもの」

「そうですわね。美しいまま生涯を終わらせたほうが、素敵な思い出になりますわ」


(ひどい。聞いていたくない……!)


 私は耳を塞ぎたかったが、カレントは平然としていた。


 優雅に一礼すると、舞台を降り、いつもとまったく変わらない様子で歩いて来る。


 じっと見つめている私と、途中で目が合う。

 カレントは、わかっていると言うように軽くうなずき、自分の席へと戻った。


(生まれつき魔力がないだけで、こんなふうに見下されるなんて。同情されることだって、気分がいいはずないわ)


 それでも毅然としているカレントは、立派だと私は思った。


「では次に。バーミリオン・トワイライト。前へ」


 ガタッ、と椅子を引く大きな音をさせ、バーミリオンが立ち上がる。


 胸を張り、正面を見据えて舞台へと歩いていく様子は、まるで凱旋した将校のようにりりしい。


(バーミリオン……)


 けれど、彼もまた極端に弱い魔力しか持っていないことを、私はライムに聞いてよく知っていた。


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