選別
大きく天井の高い、王宮の大広間。
そこには大勢の王族と、それを補佐する小姓、侍女などが集まっていた。
左右の両サイドに、長いテーブルが設けられ、飲み物や軽いオードブル、デザートなどが並んでいる。
正面には、舞台のような場所があり、反対側にはさらに高い位置に、玉座の置かれたテラス席のようなところがあった。
「ねえ、ライム。その儀式みたいなのが始まるまでは、飲んだり食べたりしていいんでしょ?」
話しかけたライムは、いつもより固い表情でうなずいた。
「国王陛下が、いらっしゃるまではな」
「王妃様も来るの? 私、まだ見たことないのよね」
「王妃殿下は、ここ数年、公式の場にも姿をお見せになっていない。なんというか。いろいろとこの王国では、陛下の寵愛を競って、女同士の争いがあるらしいからな。あえて遠慮されているのかもしれん」
ひええ、と私は顔をゆがめた。
「おっかなそう。盗賊団でも、三角関係でこじれたりすると、女同士で取っ組み合いのケンカになってたわ」
「そうして発散できるだけ、まだいいのかもしれないな」
「どうなのかしらね。こんなぜいたくな暮らしをしていても、王様が他の女性に目移りしたら、やっぱり寂しいのかな。私にはよくわからないけど」
私は言って、デザートの皿を物色した。
この日は正式な社交の場なので、ライムはいつにも増してキラキラした、純白に金糸の刺繍がたくさん入った、素晴らしい正装をしている。
私は淡い水色に、銀糸の刺繍とレース、パールの飾りがたくさんついた、お気に入りのドレスを着ていた。
大きく開いたデコルテには、小さなパールがたくさんついたネックレス。
髪には花の形の、銀細工の髪飾りをつけている。
(こういう格好をするのって、やっぱり楽しい。さすが王女様、ってこういうときだけは思っちゃう。クレイターに見せたかったなあ)
けれど胸元にはいつものように、しっかりと小さな短剣を隠し持っていた。
「あら、失礼」
デザートを取ろうとして、わずかに肘が触れた女性が、こちらを見て言う。
「いいえ。こちらこそ失礼いたしました」
私が言うと、女性は片方の眉だけを、きゅっとつりあげる。
「まあ。どなたかと思えば、あなたが盗賊に育てられたという、無益の王女ね」
言葉にトゲを感じた私だったが、相手が誰なのかは、すぐにわかった。
肖像画でこの国の王侯貴族について、きっちりと学ばされてきたからだ。
(ゴールディー王女。後宮で一番地位の高い、伯爵家の愛妾と、国王陛下の間に生まれた人だったはず。つまり、私の異母姉よね)
「ロビンです。以後、お見知りおきを」
軽く腰を落とすと、同じようにゴールディーも、真っ赤なドレスの裾をつまんだ。
黒髪を飾った、深紅のリボンが揺れる。
「ゴールディーですわ。同じ父上の血を引くものとして、仲良くいたしましょうね。とはいえ、わたくしの母は伯爵家の出。同列ではございませんけれども」
「あら、楽しそうにご歓談されていらっしゃるのね。ゴールディーお姉さまは、身分が下のものにも、寛容でいらっしゃるから」
ゴールディーの背後から声をかけてきたのは、こちらは見事な金色のドレスに身を包んだ、やはり黒髪の女性だった。
「わたくしは、妹のステファニー。小さな妹が増えたと聞いて、喜んでいましたのよ」
ゴールディーと母親が同じステファニーは、黒い羽の扇で、口元を隠して笑う。
「無駄なものが多いほど、こちらに順番が回ってきませんもの。でもお気の毒ねえ。王室にいらしたばかりなのでしょ?」
「グレイト・バーミンについてはご存知? 怪物の餌になるのって、どんなご気分なのかしらねえ」
「…………」
母親は違うといっても、一応は姉だ。
ライムには、ろくでもない連中だ、と釘は刺されていた。
でも、どんな人たちなのだろうと、ほんの少しだけ会うのを楽しみにしていたのだが、想像以上にひどすぎた。
(せっかく見た目は、キラキラしているのに。中身はどろどろ、ぐちゃぐちゃだわ)
「さあ、どんな感じかしら。わたくしも、楽しみにしておりますの」
おほほほほ、と笑ってやると、ふたりはぎょっとした顔になった。
ふん、と鼻息あらく横を向くと、ライムも誰かと話している。
いずれもどっしりとした生地の、丈の長い上着を身に着け、クラバットをした青年貴族たちだ。
「ライムは相変わらずだな、男装などして」
「勿体ない話だ。綺麗に着飾って、誰か地位の高いものの愛妾にでもなれば、化け物の生贄になど、ならずにすむかもしれんのに」
ライムは無表情で、淡々と答えている。
「まるで自分たちには、関係ないという顔だな。大した魔力がなければ、貴様たちが洞窟におもむく可能性も、ゼロではないだろう」
ライムを囲んでいた男たちは、肩をすくめた。
「あとでわかるさ。私たちの魔力は、残念ながらきみとは比較にならないほど大きい」
「やはり、母親がまったく王族の血を継いでいないと、そうなってしまうのだろうなあ」
(ひどい。そんな言い方ってないわ!)
腹を立てて、そちらに行こうとした私の肩を、優しい指がそっと抑えた。
「ライムは大丈夫ですよ。こんなこと、なんとも思っていないはずです。慣れているでしょうからね」
振り向くとそこにいたのは、カレントだった。
襟の高い上着をまとい、正装をしたカレントは、いつにもまして気品にあふれ、眩しいくらい高貴に見える。
「カレント。でも私、悔しいわ」
「魔力の量だけは、怒ったところでどうにもできません。気にしても仕方がないですよ。そんなことより、ロビン。ドレスも髪型も板について、すっかり一人前のレディに見えますね」
そう? と少しだけ機嫌を直した私だったが、そのカレントに、甘い声がかけられる。
「カレント様。お久しぶりです、お会いしたかったわ」
「わたくしも。舞踏会にお招きしても、なかなかいらしてくださらなかったし」
先刻と、全然違う声と表情で寄ってきたのは、ゴールディーとステファニー姉妹だ。
「やあ、おふたりとも。今夜は一段とお美しいですよ」
カレントが白い歯を見せると、姉妹は頬をそめて身もだえした。
「お上手ですわ、カレント様ったら。でも、今夜の儀式が、とっても心配ですの」
「カレント様が、もし選ばれてしまったら、わたくしたちきっと泣いてしまいますわ」
(ふーん。地位より顔ってことかしら。偉い人たちの考えることって、よくわかんないわ)
ばかばかしくなってきて、お皿に小さなケーキやクッキーを乗せ、私は会場の隅で食べ始めた。
(ん。なにこれおいしい。盗賊団では、甘いものって滅多に手に入らなかったもんね。それに、色が綺麗なのよ。中にじゅわって甘いのが入ってる、このお砂糖のやつ。何て名前なのか、あとでライムに聞かなくちゃ。きっと市場で買ったら、高いんだろうなあ)
いくつかポケットに入れて、部屋に持って帰ろうかな、と考えていた私だったが、ふっと正面に誰かが立ったことに気が付いて、顔を上げた。
「ロビン。なんでこんなところで、ネズミみたいにもそもそと食べているんだ」
「失礼ね! いいでしょ、どこで食べたって」
それはバーミリオンだった。
いつもと違い髪を整え、きちんと正装しているので、びっくりするくらい男前に見える。
バーミリオンは私の隣に、腕組みをして壁に背を預けた。
「『選別の儀』のこと、聞いただろう。逃げてしまえばよかったのに。どうしてまだいる」
「バーミリオンは、なんでいるのよ。自分こそ、十六年もここにいないで、さっさと逃げればよかったじゃない」
私の問いに、バーミリオンは皮肉そうに唇の端をつりあげる。
「逃げたところで、身代わりに誰か死ぬと思えば、一生罪悪感をひきずらなければならない。ろくな人生がおくれるとは、思わないからな」
「どういう意味?」
「王家の血を引く誰かが食われない限り、グレイト・バーミンは眠らないんだ。腹を満たすために洞窟から出て、王国民を襲い始めたら、もう誰にも手はつけられない」
「……何人の王族が食べられたらいいの?」
「王国史によると、子供ならば四人。一度だけ、身体の大きい一人が、食い残された記述がある。ただし大怪我をしていて、間もなく息を引き取ったらしい」
「そっか。満腹にならないと、怪物は眠らないってことは、誰かは行かなきゃいけない、ってことだもんね」
私は初めて、それが王家に生まれたものの責任と、使命なのだ、と気が付いた。
「でもまだ、わからないんでしょう? 誰が行くのか」
「それがこれから選別されるわけだ。もちろん、王太子は別だ。世継ぎという、立派な使命がある。そして、正妻である王妃の娘も、除外されるだろう。他国と我が国を、婚姻の絆で同盟を結ぶことも可能な、外交の有益な道具だからな。それから、二十代の王族ともなると、重要な職についていることもある。となると」
バーミリオンは、あきらめたような溜め息をついた。
「おのずと誰が選ばれるか、自分たちにもわかってくる。今現在、十代の、魔力の弱い役立たずだ」
もしかして、と私はバーミリオンの横顔を見る。
「だから国王陛下は、愛人にたくさん子供を産ませてるのかな?」
「それはあるかもしれない。そしてあまり、接触もしない。愛情を感じてしまったら、生贄にささげにくくなるんだろう」
ひどい話だな、と思う半面、仕方ないのかな、とも感じた。
「怪物が国民を襲わないためには、そうするしかないのよね」
「ああ。どうせ魔力も低く、領民にたいしたこともしてやれない俺には、餌になるのがせいぜいだ。毎日やることと言ったら、遠乗りか、飲んだくれて昼寝をする程度だからな」
「そんなこと、ないんじゃないかな」
「うん?」
私はバーミリオンを見上げて、にこっと笑った。
「剣の腕は大したものだし、その辺の兵士よりバーミリオンは強いよ。カレントだって、親切だし。餌にされていい人なんて、いないと思う」
もちろん、ライムもだ。
「それなのに……悔しいなあ。『高貴な無益』なんて、変なあだなをつけられて。みんなの命を、救うために逃げずにいるのに」
言ううちに笑顔が崩れてしまい、私は唇をぎゅっとかむ。
そんな私の頭に、バーミリオンは幼児をあやすように、ぽんぽんと軽く触れた。
♦♦♦
「ではこれから、『選別の儀』を執り行う。王族と、審査のもの以外、退室するように」
テーブルの上のものがすべて片づけられ、王族たちが着席すると、改めてそれぞれに飲み物が運ばれた。
そして、侍女や小姓たちが退席した後、国王がやってきて、玉座に着席する。
(どんなことが、始まるんだろう)
ドキドキしながら待っていると、舞台にぞろぞろと、神官らしきものたちが上がって来た。
そして、丸い枠にはまって台座に乗せられた、水晶の円盤を舞台の中央に設置する。
それを見て、私は思い出す。
(私が初めてお城に来たとき、門にあったのと同じだわ)
あのとき、クレイターから渡された、赤ん坊のときに身に着けていたという水晶のお守りを見せると、門番は言った。
『自分が王族の隠し子、おすみつきであると名乗るものは、何人もやって来る。まずはこの水晶の円盤に触れてみよ。もしお前が嘘をついていたら、その手は焼けただれ、ひどい目にあうぞ』
私が触れたとき、手は焼けただれたりなどせず、水晶は明るく輝いた。
(その後に、お守りが本物かどうか確認されて、やっとお城の中に案内されて入れたけれど。今回もやっぱり、同じように使われるのかしら)
室内の灯りは半分くらいに暗くされ、シンと静まって誰も咳一つしない。
「……ではまず。ゴールディー・ヴィクター。前へいでよ」
はい、と返事をし、舞台にのぼった深紅のドレスのゴールディーは、優雅に一礼をした。
神官はどっさりと葉のついている木の枝で、ばさばさとその髪や、肩を撫でてから言う。
「そなたは、選別される勇気があるか」
「はい。ございます」
「では、こちらの水晶に手を触れられるがよい。この場で嘘、演技、偽りを見せたときには、水晶に濁りが出て、即座に見抜かれる。さらには手が焼け、火傷をおうこともある。心してかかられよ」
ゴールディーは、ツンと顎を上げ、堂々とその水晶の円盤に手を触れさせる。
すると、ぱあっと水晶は明るく輝いた。
「問題ないようですわね。では、わたくしの魔力を、これから披露させていただきますわ」
ゴールディーは、両側の席について見守っている私たちに向かって、艶然と笑った。