ずっとがいい
女の顔だけ。そして、胴体だけの化け物。
あんな恐ろしいものを作り出す魔力を、王妃が持っているなんて、とてもすぐには信じられない。
「王妃殿下が、あの怪物を生み出したというのですか?」
「いったい、どうして」
「理由は、さほど理解が難しいものではありません」
辛そうな声と表情で、リフルが説明した。
「母上も、そのようなことはしたくないと、理性ではわかっておられる。しかし、生まれながらに、魔物を生み出す魔力を持っているのだ」
補足するように、ローラが言う。
「よい魔物も、生み出せるのです。害虫を食べたりするモンスターは、小さくて可愛らしく、農家でもとても重宝されました」
「しかし、父上が……みなも承知のように、国王陛下が後宮のものを寵愛し、子をはらませ、母上をかえりみなくなるうちに、あのような恐ろしい魔物が生まれてしまうようになった」
「幸いにも、兄上の魔力は怪物を封印できるもの。そしてわたくしの魔力では、怪物が簡単に出入りできぬよう、結界を張ることが可能でした。ですから王宮内であれば、なんとかできたのです。」
王妃の子供たちは順番に、経緯を話す。
「ところが今回、バーナヒム島などという、遠く離れた場所に、突如として怪物が現れてしまった」
「母上の魔力が増したのか、憎しみが増したのかはわかりませぬ。いずれにしてもねらっているのは、父上の血を引くものだと思います」
「もしかしたら、母上と我々が祖霊の墓に参った際に、母上が怪物の種ともいうべきものを仕込み、罠をはったのかもしれぬと考えているのだ」
かたずをのんで聞いていた私たちは、いずれもすぐに、事情を察していた。
(結局のところ、夫の浮気を怒った奥さんの嫉妬が、化け物を生み出した、ってことよね)
身もふたもなく私は考える。
王妃の子供であるふたりは、自分たちはなにも悪くないにもかかわらず、必死に釈明した。
「みなさんが、お怒りになるのは、当然と思います。しかし、母上も魔力を抑え込もうと、努力はしておられたのです」
「王族の義務を思えば、父上が多く子をなすのは必然。しかし、理性ではわかられていても、感情では無理であったようだ」
(お母さんが生み出す怪物を、ふたりは何年もずっと見張って、退治したり、外へ出さないようにしていたのよね。それって、大変な苦労だったと思うわ)
私以外の三人も、同様に感じたらしい。
なるほど、と静かにライムが言う。
「ご事情はわかりました。しかし、いったい我々に、なにをお望みなのでしょうか。まさか、王妃殿下に手をかけろ、と言うのではありませんよね」
「そうすべきなのかと、考えたこともある」
意外にも、リフルはそう答えた。
「だが、できれは避けたい。そなたたちを、生贄にしようとした王室が、なにを甘いことをと言うかもしれぬが」
「いいえ。なにか打開策があるのならば、お手伝いいたします。方法があるからこそ、我々を集められたのですよね?」
おだやかなカレントの言葉に、ホッとしたような顔をして、ローラが言った。
「はい。そう言っていただけると、助かります。……実は、グレイト・バーミンから取り出し、あなた方が持ってきてくださった、ウロコについてなのですが」
ローラは絹張りの小箱を手にし、蓋を開けた。
そこにはあのとき、確かに私たちが洞窟から持ってきた、青黒い涙のような形の、ウロコが入っている。
「それって、グレイト・バーミンに生えていたウロコとは、色も形も随分と違うわよね」
私が言うと、リフルはうなずく。
「これはもともと、国造りの神話として語られる、バルドゥル神の使いといわれた、天竜のもの」
ためらうようにリフルが言葉を切ると、ローラが話を引き継いだ。
「ここから先は、我が国の王位を継承するものだけに、口伝で教えられる話です。書物にも巻き物にも、いっさいの記述はありません」
すべての書物を頭に入れているカレントに、念を押すように言って、ローラは続けた。
「本来、世継ぎの兄上だけが知ることでしたが、事情が事情ですので、わたくしも聞き及んでおります。それをこれから、みなさんにもお話ししましょう」
静まりかえったせまい一室に、かぼそいローラの声が静かにひびく。
「いにしえの昔、王に反逆心を持ったものが、王国を亡ぼすほどの魔力を得ようと、そのウロコを飲みました。そのなれの果てが、グレイト・バーミンなのです」
なんだと、なんですって、と私はバーミリオンと同時に叫んでしまった。
「じゃあ、何百年も洞窟で人を食い殺し、眠っていた化け物が、もとは人間だったっていうのか」
「信じられないわ! 人間があんな姿になってしまうなんて」
「それで王妃殿下と、そのウロコに、なにか関係があるのですか」
冷静なライムの問いに、リフルが答える。
「このウロコは、長く怪物の核として機能し、けがれてしまっているが。これを浄化し、砕いた粉。それが唯一、王族から魔力を消し去る薬だ、と伝えられているのだ」
「そして……けがれを浄化するためには、他国へと旅をせねばなりません。はるか北のアルウイム王国の泉に、その効力があると伝えられております」
ふんふん、と一生懸命、頭の中で整理しながら話を聞いていた私は、ふたりが言おうとすることを、ようやく理解した。
「つまり。私たち四人にそこへ旅して、ウロコを浄化しろと。そういうことよね」
そのとおりです、とローラが言うと同時に、深々とふたりが頭を下げ、私たちは面食らってしまった。
「おやめください、王太子殿下。王女殿下。そのような真似をされると、こちらが困ってしまいます」
「どうか、頭を上げてください。でないと我々が、さらに頭を低くせねばなりません」
礼儀正しく、カレントとライムが説得すると、すがるような目をしながら、ふたりは顔を上げる。
「身勝手なのは承知しているが、私たちに、母は殺せぬ。そしてアルウイムには、大型の怪物が多く、魔力の無い兵士では、浄化の泉にたどりつけぬのだ」
「お願いいたします。どうか母上から、魔力を消す手伝いをして下さいませ。王国内に怪物が出現した場合には、わたくしと兄上でくいとめます。それも無理なほどに、母上の魔力が暴走する前に、どうか」
どうするべきか、と四人は目を見交わしたが、私は迷いなく、ハイッ、と手を上げた。
「安心して! いいわよ、行くわ、私」
リフルが、パッと顔を明るくする。
「ほ、本当か。行ってくれるか」
ええ、と私は明るい声で請け合う。
「リフル王太子殿下。ローラ王女殿下。私だって半分だけど一応は、血のつながった妹ですもの。お手伝いできるなら、嬉しいわ」
「……ありがとう、ロビン。我々には、きみたちが危ういときに、なにもできなかったというのに」
リフルは悔しそうに言い、ローラも涙を浮かべた目でうなずいた。
「いいのよ。それに宮廷にいると、息がつまりそうなんだもの。むしろ行きたいくらい」
確かにな、とバーミリオンも笑って同意する。
「なにしろ、世話係が多すぎだ。宴会も苦手だからな、俺たちは」
「僕もなにしろ、顔だけ、っていうあつかいですからね」
「今は違うだろう。だが、僕も大賛成だ。パーティなどあるから、こんなドレスを着なくてはならないんだ」
三人の言葉を聞くうちに、私は晴れやかな気持ちになっていった。
たとえ怪物がうようよしていても、王宮にだって化け物はいっぱいいる。噂話、醜聞、謀略。
(みんなグレイト・バーミンより厄介かもしれないわ)
「それじゃあ、決定よ! 私たち、旅に出ましょう。早いほうがいいのよね。すぐに支度しなくっちゃ」
私たちはそうして早速、旅の準備にかかることにした。
♦♦♦
「ええと。フェンネルはわかるんだけど。なんで来るのかわからない人が、ひとりいるんだけど」
翌日、街道の続いているところまで、送ってくれるという馬車に乗りこみ、私とライムはポカンとしてしまった。
待機している一台目の馬車には、カレントとバーミリオン。
そして心強いことに治癒魔法が使える、フェンネルが同行してくれることになり、その三人が乗っている。
問題は、二台目の馬車だ。
私とライム。そうして。
「わたくしがいれば、路銀に困りませんことよ。ありがたくお思いなさい!」
なぜかゴールディーが、馬車に乗り込んできたのだ。
「えっ、ええと。別に路銀は、充分持ってるし」
「必ず足りると、なぜ断言できるのかしら。道中、なにが起きるかわかりませんのよ。日数だって、どれほどの月日がかかることか。想像力が足りないのではなくて? そんなとき、わたくしの錬金術があれば、いくらでも旅を続けられましてよ」
ライムは小さな鼻に、しわを寄せた。
「悪いが、馬車の中が香水くさくなってかなわん」
「ライム。あなたもレディのたしなみとして、香水くらいつけられたらいかがかしら」
私もライムも困惑したが、ゴールディーはまったく気にせず、ドレスの裾を気にしている。
「ねえ、ゴールディー」
「ロビン。わたくしは、母親は違うとはいえ、あなた方の姉ですわよ。お姉さまとお呼びなさい」
うええ、と私はげんなりしたが、事実なので仕方ない。
「ゴ……ゴールディ、お姉さま。ステファニーはどうするの、置いてっちゃっていいの?」
「ステファニーのことも、お姉さまとお呼びなさい。あの子はわたくしが、いささか甘やかしすぎました。今後は、わたくしに頼れぬ環境をつくることが、あの子のためになると思っていますの」
ゴールディーは、きっぱりと言う。
「はあ。なるほど」
「では、僕らも放っておいてもらえたほうが、甘え癖がつかなくていいと思うのだが」
「あなた方はむしろ、これまで放っておき過ぎでしたわ。これからはわたくしが、姉として、厳しく教育しなくてはね」
私とライムがなにを言っても、ゴールディーは動じない。
(教育なんて、冗談じゃないわよ。今はこの人を、全否定するほどには嫌いじゃないけど。長い時間を一緒に同じ馬車で旅するのは、ちょっと勘弁して欲しいわ)
うーん、と考え込んだ私は、一計を案じた。
「そうだ! ねえ、ゴールディー……お姉さま。もう一台の馬車に、ひとりぶんの空きがあるのよ。あっちに移動したらどう?」
「んまあ。わたくしが一緒なのが、気に食わないとおっしゃるの? むしろ、光栄に思っていただきたいくらいですのに」
「いえいえ、とんでもありませんわ」
私はにっこり笑う。
「ただ、もう一台にはカレントが乗っているから、そのほうがいいかもしれないな、と思っただけよ」
「えっ、カレント様が。……そ、そうですわね。わたくしは、殿方だけの馬車に乗るなど、遠慮せねばと思いましたけれど。ロビン王女がそう言うのであれば、いたしかたありませんわ」
いそいそとゴールディーは馬車から降りた。
ふう、と私とライムは同時に溜め息をつく。
「まさか、ゴールディーが一緒に来ることになるなんてね」
「彼女はバーナヒム島での失態によって、お前の弁護で処罰こそされなかったが、宮廷には身の置き場がなくなったようだからな」
「そっか。それを考えると、一緒に行ったほうがいいわね。もしかしたら、少しずつ仲良くなれるかもしれないし」
私が言うと、ライムは目を真ん丸に見開いた。
「本気で言っているのか、ロビン!」
「いや、うーん。そういう可能性も、まったくのゼロではないかなと」
「そうか。僕は遠慮するから、お前ががんばれ」
「えっ、そんなあ」
「だが、僕はひとつ気になっていることがあるんだ」
ライムは真面目な顔になって言う。
「予言にあった、光はふたつ。ひとつがフェンネルの、治癒と蘇生魔法のときに発する光だとしたら、まさかもうひとりは……」
ライムの言葉に、私は頭をめぐらせ、そして、あっと声をあげた。
「黄金は確かに光るわね。キラキラっていうより、ギラギラって感じもするけど」
それはゴールディーの魔力、なんでも黄金に変えてしまう、錬金術を思い浮かべたからだ。
「だとしたら、彼女は私たちの旅に必要なんじゃないかしら。……多分」
「かもしれないな。思っているより長い旅になり、路銀が足りなくなるのかもしれない。彼女がいれば、いくらでも黄金が作り出せるからな」
ライムが言ったそのとき、馬車の扉が開いた。
「おい。俺はこっちに乗るぞ」
次に乗り込んできたのは、バーミリオンだ。
「ゴールディーのやつ、馬車に乗ったとたんに説教と小言ばかりで、頭が痛くなってきた。フェンネルは、気にせず寝てたが」
「あら。じゃあ、カレントが相手をしてるのね」
「あいつはなんだかんだ言って、女のあしらいがうまいからな」
ちょっと悪いことをしたかな、とも思ったが、そういうことなら心配ない。
と、ライムがなぜか視線を宙にさまよわせて、ふいに座席から腰を浮かせた。
「あー。その。僕は馬車で揺られるより、馬に乗って行こうと思う。風に当たりたい。ついでにゴールディーに、優美な乗馬の手本を見たいと適当なことを言って、誘ってみる。このままだと、フェンネルとカレントが気の毒だろう」
「えっ。急にどうしたの、ライム」
「別に。しばらく遠乗りもしていないから、訓練がてら、ちょうどいい」
ライムは言って、なぜかバーミリオンの肩をポンと叩く。
そして本当に、馬車を降りてしまった。
間もなく。
「こら、そっちではないと言っているでしょ! わたくしの言う事をお聞き! どうなっているの、この馬は!」
悲鳴のようなゴールディーの声が聞こえ、私は思わず窓の外を見た。
ヒヒーン! という馬のいななきとともに、進行方向と逆走していく、騎乗したゴールディーの姿が見える。
「だからわたくし、騎乗などせず、カレント様といたいと言ったのに、ああもう、この馬……!」
キンキン声は、だんだんと遠ざかっていった。
「ライムったら。逆走するように、けしかけたのかしら」
「いや、単に馬がわがまま女の命令に、反発しているだけだと思うぞ」
「どんどん、姿が小さくなっていっちゃう。あのままだと、隣国まで行っちゃったりして」
「馬は賢いからな。まあ、そのうち戻って来るだろう」
ゴールディーが片付いたのだし、もう帰ってくればいいのに。
そう思うが、ライムがこちらの馬車に乗ってくる様子はない。
「本当に馬で行く気なのかしら、ライムったら。三人でも全然、せまくないわよね?」
不思議そうに私が言うと、バーミリオンがなぜか目元を少し赤くして、ぼそっとつぶやく。
「気をきかせてくれたんだろ」
「えっ? どういうこと?」
私の言葉に、バーミリオンは眉を八の字にした。
「あのライムでさえ気をつかってるのに、なんでわからないんだ。お前、ほんっとうに鈍いな」
「なっ、なによそれ。いいわよ、私はあっちの馬車に乗るから」
プイと顔をそむけ、扉に手をかけた私の腕を、バーミリオンがつかんだ。
「行くなよ」
真剣な目が、私をじっと見つめる。
「──えっ?」
「俺と、一緒にいてくれ」
なぜか喉がきゅっとしまったようになって、言葉が出てこなかった。
心臓が、胸を突き破りそうにドキドキしている。
(なにこれ。なにこれ。どうしたんだろう、私)
なにも言えないまま、口をパクパクさせていると、はいっ、と御者が馬にムチを入れた。
馬車が動き出し、私は腕を引っ張られるままに、すとんとバーミリオンの隣に座る。
「いやか?」
「あ、あの。えっと……べ、別に、いいけど」
「これからずっとだ、ロビン」
悔しいくらい、男前の顔と声で、バーミリオンは言う。
「俺はこの旅が終わった後、母親の生まれ故郷にも行ってみたい。せまい、かた苦しい王宮より、自由に旅をして生きていきたい」
「バーミリオン……」
素敵な考えだ、と私は思ってしまった。
憧れていた王宮も、貴族たちも、今の私にはほとんど魅力を感じられない。
「駄目か、ロビン。真面目に答えてくれ」
「わ、わかったわ」
私は自分の気持ちに正直になろうと努めながら、しっかりとうなずいた。
「うん。決めた! いいわ、私も行きたい。あなたのお母さんの国を見てみたい。それに……それに」
私は一度ためらって、それでも思い切って言った。
「バーミリオンの、そばにいたいの」
言った瞬間、ぎゅう、と身体を抱きしめられる。
(どうしよう。すごく、すごく嬉しい)
なぜか頭の中がふわふわして、胸がいっぱいになってしまった。
胸の鼓動は、ドキドキなどという、なまやさしいものではない。
まるで耳の後ろに、心臓がついているように大きく聞こえる。
(こ、これがそうなのかな。恋っていうものなのかな。でも……そうだとしても、違っても、そんなのどっちでもいい! 私はこの人と、どこまでも一緒にいたい!)
「本当だな、ロビン。ずっとだ、一生だぞ」
耳元でささやかれ、私は答える。
「うん。ずっとがいい。……一生がいい!」
バーミリオンの背中に手を回し、私もきつく抱き締め返した。
沿道では、多くの人々が、雨のように美しい花々をまきながら、私たちに歓声を送っている。
(この先に、なにがあるかわからないけど。ひとりだったら、きっと不安だし、怖いかもしれないわ。だけど私には信頼できる仲間と、そして、あなたがいる)
生贄として旅立ったあの日とは、まったく違う。
希望に満ちた、晴れやかな気持ちで、私たちは王国を旅立ったのだった。
今回で最終話となります。最後まで読んで下さってありがとうございました!
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