うたげ
「なんだか、足の間がすかすかするし、靴がきつい」
歓迎の宴でのライムは、ずっと落ち着かない様子だった。
「そのうち慣れるわよ。それに思ったとおり、よく似合ってる」
「お前には似合ってるが、僕は違う」
「同じ顔してるんだから、ライムだって一緒のはずよ」
「そうだろうか。だとしても、香水と化粧がくさい」
「くさくないわよ。いい匂いじゃない。まったくもう、文句ばっかり言って」
私は隣の席のライムを、改めてしげしげと見た。
クリーム色のドレスは、スクエアネックでデコルテが広くあき、その縁取りや胸元は、金糸のレースと真珠で飾られている。
小さく短い袖も、金糸で編まれたレースがふわふわと重ねられたものだ。
華奢なライムを包み込む、ホイップクリームに蜂蜜がかけられたような、可愛いドレスだった。
綺麗にセットされた真っ白な髪には、きらめくティアラがのせられている。
(普段から頭におリボンつけたら、可愛いのに。でもライムはそんなの、絶対に嫌がるだろうなあ)
私が着ているドレスは、淡い桃色のふわふわした薄い生地を、ひだを折りたたんで腰から下にボリュームを出したものだ。
上半身はぴったりとしていて、うんと小さなパフスリーブがついている。
胸元にびっしりと、細かな模様を描いている刺繍やレースはすべて銀糸で、ちかちか光る細かな水晶のビーズが、アクセントとしてとめつけられていた。
下半身のやわらかなドレープは、畳まれた部分の色を濃く見せるため、薄桃色のドレスは、みずみずしい果実のようだ。
結った髪にはライムとほとんど同じ、宝石で飾られたティアラをつけている。
(ドレス姿のライムを見られたのは、よかったけど。なんだか長いお話ばかりで、退屈になってきちゃったな)
私たち、王女と王子は国王の横に並ぶように配置されたテーブルに着き、歓迎の祝辞や神官の祝詞を聞いていた。
今日の宴には、これまでのような王族だけという縛りはなく、子爵家から上の身分のものが、すべて列席している。
そのため、会場はすさまじく広く、奥の席のものなど、顔も見えない状態だった。
(あ。あのふたりったら、ずっとこっちを見てなにか話してる。多分、ライムのことね)
私が思ったのは、バーミリオンとカレントのことだ。
彼らは本来の身分とは別に、伝説の四宝のうちのふたりということで、一番手前のテーブルについていた。
「──である。それでは、おのおの、さかずきを手に」
ようやく国王が長い祝辞を終え、私たちは足のついた金杯を手に取って、立ち上がる。
「国王陛下の治世に幸あれ」
軽くさかずきを上げて、いっせいに言ってから、再び着席する。
と、ようやく料理が運ばれてきた。
人々は歓談しつつ、食事を始めたけれど、公式の儀式とあってどこか堅苦しい。
くつろいだ雰囲気になったのは、夜も更けて国王が退席してからだ。
人々はようやく席を自由に移動し始め、ワインや強い蒸留酒を飲み、王室楽団が曲を奏でる。
「久しぶりに見るな、ライムのドレス姿は」
「ほんの小さな、幼子のころ以来でしょうね」
「言うな! 来るな、見るな!」
目の前にやってきたバーミリオンとカレントに、ライムは両の手のひらを広げて、突き出した。
なんでだよ、とバーミリオンはからかうように言う。
「ドレスを着ると、さすがにお姫様、って感じだな。なあ、ロビン」
「本当よねえ。ライム、可愛いわよ」
「そういうのをやめろと言っているんだ! かっ、可愛くなんかない!」
真っ赤になっているライムに、カレントが微笑んだ。
「着るものなんて、なんでもいいと思いますけれど。そうやって恥ずかしがっているライムは、可愛いですよ」
「もっと悪い、やめろ!」
「どうしてですか。真っ赤になったきみは、子猫よりも愛らしい」
おのれ、とライムはカレントを睨んだ。
「貴様、外に出ろ。叩き切る!」
「ライムったら! あなたレディでしょ、忘れたの?」
「……うう。もう、部屋に戻りたい」
涙目で言うライムが、さすがに可哀想になったらしい。
申し訳ありません、とカレントが謝った。
「悪気で言っているんじゃないですよ。それだけはわかってください」
「どちらにしろ、甘ったるい、全身がかゆくなるようなことを言うな。どうにも、調子が狂う」
「じゃあお詫びに、なにか困ったことがあったら、僕に助けを求めてください。力になりますよ。多分、間もなくそうなると思いますから」
「困ったこと?」
なんだろう、と私は不思議に思ったが、すぐにわかった。
「ご歓談のところ、失礼いたします。ライム王女殿下。どうか私、クレイン伯爵家のジョンと踊ってくださいませんか」
「……踊る? あ。ああ、そうか、ダンスか」
ライムは会場の中央で、くるくるとワルツを踊っている、カップルたちに目を向けた。
「ええと、あれを僕と?」
「はい、ぜひお願いいたします、王女殿下」
「いや、悪いが他を当たってくれ」
ライムが断った途端、ジョンを押しのけて、別の男性が目の前に立つ。
「ではぜひこの、リース・モルガン侯爵の手を取ってくださいませ。その、お美しい生体魔石の御手を、どうかこちらへ」
(えっ。なんかすごいことになってる!)
ライムの前にはいつの間にか、ダンスを申し込むための行列ができていた。
目を白黒させていたライムだったが、ハッとした顔をして、カレントに言う。
「カ、カレント! 助けてくれると言ったな、さっき」
ええ、とカレントは苦笑する。
「テラスで静かに、飲み物でもいかがですか」
「了解した。風に吹かれれば、香水の匂いも少しは吹き飛ぶだろう」
ライムはサッと立ち上がると、もう並んでいる貴公子たちには目もくれず、すたすたと、レディにしては大股で歩き出した。
ぷふっ、と私は吹き出しかけるが、目の前に立っているバーミリオンは、くすりとも笑わずに言う。
「お前、他人事だと思ってるだろ?」
「えっ? どういうこと?」
尋ねるとバーミリオンは、自分の背後を親指で、くいと示した。
(えっ。まさか、嘘でしょ)
バーミリオンの肩越しに、私の様子をちらちらとうかがっている男性が、ライムのときと同じく並んでいたからだ。
(ま、まあ、ライムと踊りたがってる人がいるなら、私にだっているわよね。だって、そっくりなんだもの)
どうしよう、とまごついていると、ふいにバーミリオンが真顔で言った。
「俺と踊っていただけますか、ロビン王女殿下」
完璧な作法で、優雅に差し伸べてきたその手を、私は思わず取ってしまう。
「おっ。いいのかよ」
またいつものように、おどけるバーミリオンに、今度は私が真顔で言ってやった。
「お受けいたしますわ、バーミリオン様。どうかわたくしと踊ってくださいませ」
挑戦するように見つめると、バーミリオンが少したじろいだ顔になって、私はフフンと得意げな顔になった。
♦♦♦
「お前、いい加減にしろよ、ロビン! こんな速いステップがあるか!」
「あら、息が切れてるわよ、バーミリオン。まさかついてこられない、なんてことはないわよね?」
私はバーミリオンと踊ったが、倍の速さでステップを踏み、思い切り身体をしならせ、目にも止まらないような回転をしてみせた。
わあっ、と歓声があがり、調子に乗った私は三曲続けて、バーミリオンを振り回している。
「言っておくが、俺はあと三曲は踊れるぞ」
「あらそれだけ? 五曲は軽いわ」
私たちは張り合うようにして、会場の端から端へと移動し、高速でステップを踏み続けた。
(楽しい! 盗賊団での宴会を思い出しちゃう)
演奏している楽士たちは、私たちにつられるようにして、どんどん曲のテンポをアップさせている。
(私の踊りは、基本は一応おさえてるけど、勝手な応用をきかせまくってるのに。動きの先を読んで、合わせながらリードしてくれてるバーミリオン、あなたすごいわ)
カツカツカツカツと、かかとが小気味よく音をさせる。
ギュン! と弦楽器が曲をしめくくり、私たちはピタリと動きをとめた。
拍手が起こり、ふう、と私は満足の笑みを浮かべる。
「楽しかった! まだ踊れる? それとも、もうお疲れかしら」
「全然いける。お前が音を上げるまで、何曲でも」
バーミリオンは、本当に平気そうな顔をしていて、私ちょっと慌ててしまった。
「そ、そう? でもあの、少し喉が渇かない?」
「了解。一休みするか、王女様」
バーミリオンが言ったそのとき。
すいとその横に立つ者がいる。
「楽しそうなところを、お邪魔して申し訳ないが。今日の宴の後。みなが引き払ってから、少し私に時間をくれないか」
え、と私とバーミリオンは、その声の主を見た。
巻き毛の綺麗な金髪の、優しそうな顔。
それは世継ぎの王太子、リフルだった。
♦♦♦
「それぞれ、疲れているところを申し訳ないが、どうしても、火急に、そして内密の話がある」
祝宴の後。
私たちが王太子リフルにうながされ、とおされたのは、舞踏会の会場からあまり離れていない、けれどひっそりと目立たない、隠し部屋のような一室だった。
(それでも、充分豪華でキラキラしてるけど。これくらい狭い方が、むしろ落ち着くかも)
そんなことを思っていると、すぐに扉が開いて、小姓に案内されたらしき、ライムとカレントが入ってくる。
「これで四人が、そろったようだね」
「そうですわね、兄上。どうぞみなさま、座って下さいな」
王太子の隣で言うのは、私たちの異母姉の王女、ローラだった。
金髪を結い上げて、品のいいドレスに身を包み、まさに私がお手本にすべき王女殿下、といった雰囲気の、おしとやかな美女だ。
ふたりとも国王と王妃の子供たちであり、王位継承権では一位と二位になる。
「王太子殿下。いったいこれは、なにごとですか」
すすめられ、私とバーミリオンの正面の席に、カレントと並んで着きながらライムが言う。
「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」
侍女が入ってきて、テーブルに四人分のお茶のセットを並べる。
侍女が出て行ったのを見計らってから、リフルは話し出した。
「このように集まってもらったのは、他でもない。きみたちが、バーナヒム島で出会った女の怪物についての話だ」
「あれは、自然発生した怪物ではなく、呪術、あるいは魔力で作り出されたものだと考察いたしましたが」
カレントが言うと、リフルは重々しくうなずいた。
「さすがは、生体魔石のひとり。すでに状況を把握していたのだな」
「ではまさか、怪物の出自に、心当たりがおありなのですか」
ライムが尋ねると、なぜか悲しそうに、ローラがうなずいた。
「……あるのです。おそらく、あれを作り出したのは……わたくしと兄上の母。王妃フェリシアに間違いありません」
私たちはびっくりして、しばらく声を出すのも忘れてしまった。




