すっきり
「ねえ、バーミリオン。ライムとも話していたんだけれど、宮廷の部屋。なんだか、グレードアップしたような気がするのは気のせい?」
自室へ戻って着替えた私は、こつんと窓に小石が当たった音を聞き、庭に出てあずまやで、バーミリオンとお茶を飲んでいた。
華奢なテーブルに乗った、お茶のセットのティーカップを、バーミリオンは口にする。
「気のせいじゃない。俺の部屋のカーテンも毛布も、みんな以前より豪華なものに取りかえられているようだ。おそらくは、カレントの部屋もだろうな」
籐で編まれた、庭用の椅子に座ったバーミリオンのその様子は、なんだか絵のようにさまになっていた。
テーブルをはさみ、正面に座っている私は、うなずいて宮廷の方に目を向ける。
「やっぱりそうよね。ベッドカバーの縁飾りなんて、レースがついてフリルも増えて、前よりうんと可愛くなってるの。それに、燭台も数が増えているし、前のだって素敵だったけど、もっと大きな立派なものになったわ。絵だって、額縁がうんと豪華なものになっちゃってる」
「悪くなったならともかく、その逆だろ。なにか不満があるのか」
「そういうわけじゃないんだけど」
だってね、と私は声を小さくした。
「侍女たちも人数が増えて、前よりすごーく親切なの。親切すぎるくらい。私がぽりぽりおでこをかいたら、虫刺されでございましたらこの油を! 他におかゆいところがあればおかきいたします! って三人くらいが飛んできて」
はっはっは、とバーミリオンは快活に笑った。
「いいことじゃないか。そもそもお前は王女様なんだから、それくらいで当然って顔をしてればいい」
「それじゃあ、バーミリオンはどう? 侍女たちの様子は、前と同じ?」
「いや、確かに態度は変わったし、侍女も小姓も数を増やされた」
「でしょ? ……ねえ」
私はふと、気がついて言う。
「もしかして、バーミリオンの着替えやお風呂も、侍女が手伝ってくれてるの?」
「あ? ああ、そうだな。小姓と半々だが」
ええっ、と私はなぜか、ショックを受ける。
「おっ、お風呂って、なにをどう、手伝ってもらうの。わ、私なんかは、身体を洗ってもらったり、ふいてもらったり、着せてもらったりするけれど」
同じだ、とあっさりバーミリオンは答える。
えええっ、と私はさらに驚いた。
「じっ、侍女って、女の人じゃないの。それなのに、その、だって」
「言っておくが大半は、子供のころから世話をしてくれている人たちだ。母親か、親戚みたいなものだぞ」
(あ。そうか、じゃあ、年もお母さんくらいなのかな)
少しだけ私はホッとする。
「でも、あの。若い、き、綺麗な人だって、いるんじゃないの?」
バーミリオンは、肩をすくめた。
「まあ、いるな」
「そそっ、それって、どうなの。つまり、道徳として」
「なに言ってんだ」
眉をひそめたバーミリオンだったが、その唇に、にやりと笑みが浮かんだ。
「わかった。妬いてるんだろ、ロビン」
はああ? と私はバーミリオンの顔をのぞきこんだ。
「やく? なにをですか、イモですか、魚ですか肉ですか」
「もちろん、お前が俺の世話を焼いてくれるなら、歓迎だけどな。背中でも流してくれるか?」
「思いっきりこすってあげるわよ、ヤスリで!」
「照れるなよ、俺が世話してやってもいいぞ。今度、一緒に風呂に入るか」
べええ、と私は舌を出す。
「絶対、いやですう。あなたと入るくらいなら、グレイト・バーミンと入るわよ」
「趣味悪いなあ、お前」
「あなたほどじゃないわよ」
「俺はお前がいいけどなあ。そうか、悪趣味だったのか」
「はっ? ──えっ、今なんて?」
「グレイト・バーミンと、一緒に風呂に入りたいやつには教えない」
「ちょっと、そんなこと言ってないでしょ!」
わたわたとしていると、遠巻きに見守っていた侍女と小姓が、慌てて駆け寄ってきた。
「なにか、ご不便がございますでしょうか!」
「お茶の味がお気に召しませんでしたか!」
「問題がありましたら、すみやかに解決させていただきますが!」
私は焦って、パタパタと手を振った。
「な、なんでもないの、大丈夫」
「そうでございますか。御遠慮なく、お申し付け下さいませ」
「わたくしたちはいつなんどきでも、伝説の四宝様のために、つくす所存でございますので!」
「なにかご不満がありましたら、すぐにお呼びください!」
そう言って、膝に額がくっつきそうになるほど深く頭を下げ、侍女たちは定位置へと戻っていく。
私とバーミリオンは、ポカンとしてしまった。
「ね? これだもの。疲れちゃうわ」
「それだけ伝説の四宝ってのが、貴重なんだろうな」
言いながら、互いの手の甲を見て、溜め息をつく。
丁重にあつかわれるのは、ありがたい半面、とても息苦しく感じられていた。
♦♦♦
私たちが宮廷に戻った三日後。
報告を兼ねた、王族会議が開かれた。
『選別の儀』のときと同じく、遠方の領地にいたものたちも、王族はすべてやってきているらしい。
「国王陛下の、おなりでございます」
司会をつとめる、王妃の弟であるハロルド公爵が言うと、大きな円卓にぐるりと座った王族たちは、いっせいに立ち上がる。
「みな、そろったな。大儀であった。早速、始めよう」
「陛下の治世に、幸あれ」
決まり文句を口にすると、今度はいっせいに席に着く。
「さて、みなのもの。こたびの会議は、大きな報告を、いくつか聞かねばならん。みなも、噂では聞いておろう。まずは、グレイト・バーミンを、退治したことについてだ」
おお、と会場はざわめいた。
並んで座っていた私たち四人のうち、あらかじめ説明をすると決めていた、カレントがことの経緯を伝える。
「──というわけですので、予言の書と合わせ、この発動した生体魔石の力により、グレイト・バーミンを消失させるに至ったわけです」
カレントが報告を終えると、会場からは拍手喝采が巻き起こった。
「素晴らしい! 予言の書と、そうまで一致するとは!」
「まさに奇跡ですわ。そしてカレント様も、その奇跡の体現者でいらっしゃるのねえ。なんて神秘的な存在なのでしょう」
「生ける魔石。年老いてから、まさかそのような偉大なものたちを目の当たりにできるとは」
「四名は我が国の、英雄ですな。いや、守護神であられる」
ちょっとほめすぎじゃないの、というくらいの美辞麗句があびせられ、私はなんだか、居心地の悪さを感じていた。
なんだって、いきすぎると気持ちが悪いものだ。
「うむ。わしも、みなと同感だ。彼ら四人は、王国の救世主である。そしてまた新たな時代を背負う、希望の光でもある」
「まったく、陛下の言うとおりですわ」
「いやはや、しかし、それに引きかえ」
「ああ、そうだ、あのものたちもいたのだったな」
「がっかりさせられましたな、あちらの四人には」
「モンスターごときのせいで、まともに礼拝すらできず、おめおめと逃げ帰ってくるとは」
ざわめきの雰囲気が、だんだんと変わってくる。
それは、私たちをたたえるものから、ゴールディーたちを責めるものへと変わっていった。
(ちょっとそれは、調子が良すぎるんじゃないの)
私は思いながら、議場を見回す。
すると、円卓に座った王族たちの後ろに、彼女たちの席はもうけられていた。
ゴールディーは相変わらず、深紅のドレスに身を包み、まっすぐ正面を見つめている。
けれど室内だというのに、顔がほとんど見えないくらい大きなボンネットをかぶったステファニーは、身を縮めて、うつむいていた。
「祈りの儀式におもむいた四人が、こうまで役立たずだったとは」
「これが王国民に知られたら、大変なことでしたわ」
「まったく、なにが『王宮の尊い花』だ」
「王宮の。……いや、王国の恥さらしですな」
ゴールディーの身体が、ビクッと震えたのがわかった。
ステファニーのボンネットの下から床に、ぽつりと雨粒のような、しずくが落ちる。
(なんて勝手なことばかり。自分たちが、散々にちやほやしておきながら)
だんだんと腹が立ってきて、私はきつくこぶしを握る。
「そうよ、王族の汚点ですわ。わたくしたちは、裏切られたのよ」
「このままというわけにはいかんなあ。なにか、罰則を考えねばならん」
「後宮の母親も、爵位をはく奪するなり、身の程をわきまえさせねば」
うむ、と国王がうなずきかけたそのとき。
「わたくしは、そうは思いませんわ!」
思わず私は、立ち上がっていた。
隣のライムたちが、びっくりした顔をしてこちらを見上げる。
「このたびの、グレイト・バーミンの討伐に関しては、博学であるカレント侯爵の知識により、切り抜けることができました。けれどそもそも、予言の書を含む、生体魔石に関する知識を、なぜ広く王族が学ぼうとしてこなかったのですか! これはカレント侯爵以外、すべての王族の怠慢ではございませんの?」
別にゴールディー姉妹を、かばいたかったわけではない。
ただ身勝手で、くるくる手の平を返すものたちに、腹が立っただけだ。
シン、と静まり返った議場の中、なおも私は続けた。
「また、バーナヒム島における、怪物の出現。これは誰も予測することなど、不可能でしたわ。よって、備えもなく、抗うすべなどなくとも当然。むしろ事前に安全確認を怠った、神官、兵団、ひいてはまつりごとを司る国王陛下に、責任があるのでは」
「なっ、なにを言う。わしは、知らん」
私はうろたえた様子の国王を、キッと見つめて言った。
「そのように無防備な状態で、ゴールディー王女、ステファニー王女は、果敢に戦っておられたのです! 傷つき、怪我を負い、それでも王国の誇りのために立ち向かったのですわ。そして、フェンネル公爵」
きょとん、とした顔でこちらを見ているフェンネルに、私は視線を移す。
「彼はステファニー王女を含む、多くの兵士や神官の怪我を治癒し、命を救い、また、子供をかばって致命傷をうけたバーミリオンの命をも救いました。蘇生魔法を使って」
水を打ったように静まっていた議場が、ざわっ、となった。
「蘇生魔法?」
「そっ、そのような大魔法を使えるものかいたというのか」
「彼の使える魔力は、治癒だけではなかったのか……?」
私は彼らをじろりと見回し、りんと声を張った。
「つまり、あなた方は見当違いの断罪をしようとしているのです! わたくしたちを、生体魔石を持つものたちを、怪物の餌にしようとしたように。……民の上に立ち、その責務を負うものであれば、今後は熟考しない上でのご判断は、改めるべきですわ! ボンファイア王国の王女として、わたくしはそのように考えます!」
言い終えると、私はどすん、と椅子に座った。
(はー。すっきりした)
せいせいした顔をしていると、隣のライムが私の手に、そっと触れてくる。
「立派だったぞ、ロビン」
珍しく、にっこり微笑んだライムの顔が可愛らしくて、私の頭から怒りがすーっと消えていく。
えへへ、と私は小さく笑って、ありがと、と言ったのだった。
♦♦♦
「ねえ、ライム! さっきの私、頑張ったでしょ?」
「ああ、そうだな。言葉遣いも、なかなかしっかりしたものだった。ようやくロビンも、王女に一歩近づいたな」
王族会議のあと、ライムは珍しく私をほめてくれていた。
今夜はこれから、私たちの歓迎の祝宴があるのだという。
その支度の前に私は、ライムの部屋へやってきていた。
やることがあったからだ。
「それなら今度は、ライムの番だと思わない?」
背後で両手を組み、一歩前に出て言うと、ライムは不思議そうな顔をする。
「僕の番? なんの話だ」
「だって、私が王女っぽくなるようにがんばったんだもの。ライムだって、がんばってみて欲しいわ」
「そっ……それは、どういう意味だ」
「いいわよ、持ってきて~」
私が合図をすると、数人の侍女たちがわらわらと、控えの間からやってくる。
その手には、三種類ほどのドレスが抱えられていた。
「私のドレスだけど、ライムと体形はほとんど一緒よね」
「ぼっ、僕にこれを、着ろというのか?」
「レディなんだから、当然でしょ。ねえ、どれがいい?」
私は侍女たちと一緒に、ドレスを広げてみせる。
「この、うんと淡い桃色か、クリーム色が似合うと思うの。ライムの好きな真っ白だと、ウエディングドレスみたいになっちゃうし、一応この銀ねず色もあるけれど、地味すぎるわよね」
「待て。待ってくれ、僕はこういうのは」
「ライム!」
私はビシッ、とライムを指差した。
「あなたは王女なのよ! せめて正式な宴のときくらい、きちんとレディとしての正装をしないなんて、民へのしめしがつかないわ!」
うぐぐ、とロビンは唇を噛み、悔しそうに私を見る。
「まさかお前に、そんなことを言われる日が来るとは」
「嬉しい?」
「嬉しくない! ああもう、僕のことは放っておいてくれたらいいのに」
「駄目よ、私だってレディとして、まだまだなのよ。ライムがそんなんじゃ、私のやる気もなくなっちゃうわ」
はああーと、ライムは大きな溜め息をつく。
「……正式な、パーティでだけだぞ」
「うん!」
「……普段は着ないぞ」
「わかった! どれがいい?」
「……クリーム色のやつ」
「クリームに決定!」
それから私たちは、侍女たちと一緒にわいわいと、ライムのドレスアップにとりかかった。
そして私は大きな鏡にならんで立って、ライムと自分が髪の長さと色以外、あまりにそっくりなことに、今さらながらびっくりしていた。




