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とくん、とくん

ぴくりとも動かず横たわったバーミリオンの脇に座り、フェンネルは血に染まった上体に手をかざした。


 薄い唇が、詠唱する。


「天空と大地の息吹、陽光に潜みし力。このものの血潮に、再び熱を与え、去らんとする高貴な魂を、身のうちにとどめよ!」


 ポウ、とフェンネルの手のひらとその周囲が、淡く光った。


「バーミリオン……! お願い、間に合って」


 私は目に涙をたたえ、フェンネルの反対側に座り込んで、バーミリオンの冷たい手を握っていた。


 フェンネルの背後にいるカレントも、青ざめた顔をして、心配そうにバーミリオンを見守っている。


「大丈夫だ、きっとバーミリオンは、戻ってくる」


私の背後に立っていたライムが言い、励ますように、肩にそっと手を置いた。


 フェンネルは何度も詠唱を繰り返し、その手のひらは柔らかな光を、バーミリオンに送り続けている。


 しかし、十回目に、詠唱を唱え終えたとき。


「駄目だ……」


 絶望的なつぶやきが、フェンネルの唇から漏れた。


「やっぱり僕ができるのは、治癒魔法までだ。人をよみがえらせる、蘇生まではできない」

「そんなこと、言わないで! お願い、もう一度だけやってみて!」


 フェンネルにくってかかる私に、カレントがなだめるように言う。


「ロビン。フェンネルは、精いっぱいやってくれています。ずっと寝ていてない状態で、身体は限界に近い。それでも、尽くしてくれているんです」

「だけど、カレント」


 私は言って、ハッとした。

 カレントの目が、真っ赤に潤んでいたからだ。


「ロビン!」


 背後のライムが、苦痛をこらえているような声で言う。


「僕らも、バーミリオンとは幼いころからの付き合いだ。何度も手合わせをし、互いの運命を理解し、共感しあっていた。でも、無理なものは、無理だ。……これ以上、フェンネルを苦しめるな」

「ライム……」


 私はつぶやいて、バーミリオンの彫像のような顔に、視線を落とした。


「僕なら、まだやれるよ」


 やつれた顔で汗を流し、それでもしっかりとフェンネルは言った。


「ロビン王女。きみは戦えない僕に、逃げなかった、すごいんだと言ってくれた。僕はすごく、はげまされたよ。あのときのお返しを、させて欲しい」

「フェンネル……」


 そういえば教会で、そんなこともあったと思い出す。

 そのとき私は、ハッとした。まだ試していないことがある。


「フェンネル! 左手を!」


 えっ、とうろたえつつ、フェンネルは骨ばった手をこちらに差し出してくる。


 その手を私は、生体魔石があるほうの手で、しっかり握った。


「私と手をつないだまま、もう一度だけやってみて。お願い!」

「ロビン。気持ちはわかるが、魔石は四つだぞ?」


「いや、待ってください。予言では四宝の他に、ふたつの光について記されていたじゃないですか!」


 カレントの言葉に、私たち三人は、希望に満ちた目を互いにみかわす。


 フェンネルはどういうことか、わからない様子だった。

 が、それでもなにかあると悟ったのか、すぐに了解してくれた。


「わ、わかった。じゃあ、やってみるよ、ロビン王女」


 私と手をつないだフェンネルが、詠唱を繰り返し、バーミリオンに手をかざしたそのとき。


 パアアッ! とこれまでとは、けた違いのまばゆい光が生まれ、バーミリオンを照らした。


 びくん、と大きくバーミリオンの身体が跳ね、その目が、うっすらと開く。


「……バーミリオン。バーミリオン?」


 呼びかけると、淡い紫色の瞳が、私を見た。そうして。


「──どうした、ロビン。王女のくせに、鼻水をたらすな」

「これは涙よ、バーミリオンのバカ!」


 わあっ、と私は泣きながら、バーミリオンの身体を抱きしめる。


 その身体はあたたかで、たくましい。

 とくん、とくん、と確かな心臓の音がして、私はいつまでもそれを聞いていたい、と思ったのだった。


♦♦♦


「どうやら、世話をかけたみたいだな」

「そうよ、かけたわよ。まあ、私はなんにもしてないけれど」

「だろうな」

「なによ、心配はしたわよ!」

「ああ。悪かった」


 バーミリオンが素直に謝ったので、私はびっくりしてしまう。


「やっぱり、いつもと違うわ。しばらく元には戻らなそうね」

「おい、どういう意味だ」


 私たちはあのあと、一番近くの村の宿で、二泊ほど休むことになった。


 ステファニーは立ち直れていないし、蘇生したばかりのバーミリオンも、そして大活躍してくれたフェンネルも、馬車の中では十分な休息が取れない、と判断されたからだ。


「どういう意味って、そのままよ。だけど、顔色は随分よくなったわ。フェンネルも、ゆっくり休んでる」

「そうか。フェンネルに、改めて礼をしないとな」

「今は、ぐっすり寝ているそうよ。バーミリオンも、しっかりもとに戻らなくちゃ」


 私はベッドで横になっているバーミリオンの枕元に、木製の椅子を移動させる。

 

「さあ、ほら、お食事ですって。食べさせてあげるから」

「え? お前が?」

「侍女たちまで、宿に部屋を取れなかったのよ。別にいいでしょ?」


「もちろん、王女殿下に世話をされるなんて、光栄だが。……自分でも食えそうだけどな」

「だーめ、手が震えてるじゃない。あなた一回、死んだのよ。無理しちゃだめよ」


 サイドテーブルには夕飯の、木の実のどっさり入った穀物の粥と、ハチミツ入りの濃いミルク、それにハーブのお茶が湯気をたてていた。


「さあ、口を開けて。こぼしたら、宿の寝具が、汚れちゃうわ」


 私は木のスプーンで、とろりとした粥をすくい、ふうふうと冷ましてから、バーミリオンの口元に持っていった。


 それから急に、恥ずかしくなる。


(私がふうふうするのって、なにか変だったかな。でも、熱いまま口につけたら、火傷しちゃうものね)


「は、はい。あーん、ってして」


 バーミリオンは、顔を赤くする。


「あーん、ってお前な。恥ずかしくなるだろうが」

「だって他に、なんて言えばいいのかわからなかったんだもの。なんでもいいから、口を開けて」


 バーミリオンはとまどっていたけれど、やがて口を開き、ぱくりと食べた。


 その間にも、私はなぜか緊張してしまう。


「あ、あの。おいしい?」

「ん。ああ。ロビンは夕飯、食べたのか?」

「ううん、これから」

「そうか。悪いな」

「別に、悪くなんかないわよ、全然」


 せっせとバーミリオンに粥を食べさせつつ、私はますます、部屋の中の空気が張り詰めているように感じていた。


(おかしいな。なんで緊張してるんだろ。バーミリオンが元気になってきて、嬉しいはずなのに。なんだか胸が苦しくなってきちゃった。ふたりきりで、話しをあまりしないせいかな)


 なにか言わなきゃ、と私は口を開いた。


「そうだ。ね……ねえ。あのとき、なにを言おうとしてたの?」

「あのとき?」


 話題の選びかたが、間違っていたかもしれない。


 ますます私は、緊張してきてしまった。

 えっと、と、もじもじしながら言う。


「あなたが、死んでしまいそうになったとき。……俺の大事な……なんとかかんとか、って言ってたのよ、確か」

「なんだそれ。聞き間違いだろ」


 ぶっきらぼうに言われて、ええー、と私は唇をとがらせる。

 バーミリオンは、肩をすくめた。


「俺の大事な胃が痛い、って言ったような気はする」

「違うわよ、そんなんじゃなかった!」

「俺の代理は鹿がいい、だったかな」

「意味がわからないじゃない、もう」


 むくれた私だったけれど、なんだかだんだんおかしくなってきて、クスッと笑ってしまった。


 ところが今度は急に、じわりと目に涙が浮かんでくる。

 バーミリオンが、不思議そうにこちらを見た。


「ロビン? どうしたんだ」

「ううん。なんでもない」

「なんでもないってことはないだろう。お前、泣いてるぞ。大丈夫か?」

「よかった、って思ってるだけよ。みんな、心配していたんだもの」


 あのとき、後ろにいたライムの顔は見えなかったけれど。

 声には確かに、涙が混じっていたように、私は感じていた。


「本当に嬉しいのよ、バーミリオン」


 ぐすっ、と鼻をすすり、私は笑いながら言う。


「またこうやって、言いたい放題、言いあえて」


 バーミリオンは一瞬、黙ったが、それからこちらを見て、照れくさそうに微笑んだ。


「うん。そうだな。……俺もだ」


 その目にも薄く、涙がにじんでいた。


♦♦♦


 バーミリオンは食事が終わると、回復薬を飲んで再び眠った。

私は、食堂へと向かう。


(宿の人は部屋にお運びしますって、言ってたけれど。でも、ひとりで食べるんじゃ、つまらないもの)


 急な上に、小さな村の宿なので、私たち王族と年のいった神官以外は、馬車で休んでもらっている。


 神官たちは、もとから泊まっていた旅人を追い出すと言っていたが、絶対やめてと私は頼んだ。


(旅で疲れているのに、そんなのって、気の毒すぎるわ。それに、侍女なんかいなくても、自分のことは自分でできるし、護衛だってライムがひとりいれば、必要ないくらいよ)


「ライム。バーミリオンの食事が終わったわ。私、食堂へ行くんだけど」


 部屋のドアをノックして言うと、中から返事がする。


『すぐに行く。先に行っててくれ』


 はーい、と言ってから、私はカレントにも声をかけ、階下へと降りて行った。


 もう遅い時間だったのだが、広い食堂では十人ばかりの旅人や、近所のものらしき村人が食事をしている。


「失礼。そこの席、いいかしら。これから、他にふたりも来るの」


 忙しく働いている給仕に声をかけると、その少女はびっくりした顔をした。


「あっ。は、はい。かっ、怪物を退治された、お城の方でいらっしゃいますよね!」

「うん、そう。遅くなってごめんなさい。夕飯を、こちらで出してもらうことになってるんだけど」

「聞いております、こちらのテーブルへ! す、すぐ用意しますから!」


 少女は慌てて、厨房に入って行く。

と、旅人や客たちがざわざわし始めた。


「おい、王族だぞ、例の」

「えっ、じゃあ、お姫さんじゃないか。どうりで、綺麗な顔をしてなさるよ。見なよ、あの銀の髪」

「しかし、あんな華奢な身体で、怪物を倒すなんてまあ、さすがに雲の上のお方だ」


 別のテーブルの旅人たちが、それを聞いて身を乗り出す。


「なあ、教えてくれ。俺たちは西の国から旅して来たんだが、あの少女は、この国の偉い人なのか」

「王女様だよ。魔力を使える、すごいお方だ」

「ひえっ、王女様が、こんな宿……いや失礼、しかし、つまり、この庶民的な宿にいなさるなんて、驚いちまって」

「えらいことがあったのさ。怪物が出てね。それで急に、休む場所が必要になられたってわけだ」

「へええ。そりゃ難儀だったね。しかし、同宿できた俺たちは幸運だ」


 彼らは遠巻きにしつつ、にこにこしながらこちらを見ている。


(邪魔者とか、出ていけとか、散々言われたのに。こんなにコロッと、態度がかわるものなのかしら。でもまあ、怪物を連れてきたと思ったら逆に倒した、ってなったんだから無理もないのかな)


私はとまどいつつ、笑って手を振ってみた。

わあっ、と歓声が上がる。


「きさくなお方だ!」

「なんて可愛らしい。天使みたいねえ」

「でも本当に、あの小柄なお姫様が怪物を倒したの? 信じられないわ」

「いやいや、俺はこの目で見たぞ」

 

 ざわざわとにぎやかな声の中、なぜか得意そうに、給仕の少女がワゴンで食事を運んでくる。


「お待ちどうさまでございます! 当宿の、ありったけのご馳走でございます。尊い方のお口に合うかはわかりませんが、村の恩人であるお姫様に、どうか食べていただきたく存じます!」

「あ、ありがと。わあ、すごく美味しそう」


 少女の熱の入った言葉に、面食らった私だったけれど、料理は本当に美味しそうだった。


 大きな壺で、飴色に煮込まれた鶏肉。

 たっぷりのみずみずしい野菜に、とろりとかけるこってりとしたソース。

 湯気の上がる煮込み料理、大きなソーセージ、燻製の肉、各種のチーズと、ワインの大瓶。

 そして大きな丸い、キツネ色のパン。


(もしかして、宿の食材を全部使っちゃったんじゃないでしょうね)


 そんなふうに心配になるほど、たくさんの料理が木の皿に盛られ、テーブルに並べられていく。


「あたし、お姫様と、お話しちゃった!」

「うんうん、見てたぞ」

「いいなあ、俺も話したい」


 厨房に下がった給仕の少女が、自慢げに話しているのが聞こえてくる。


「なんだか、テーブルの上がすごいことになってるな」

「ここ、座っていいですか」


 間もなくライムとカレントがやって来ると、予想どおり、女性客から黄色い声が上がった。


「あっ、あのお方たちも王族? 王子様?」

「いや、王子ではなかったと思うが、位の高い貴族様じゃないかな」

「位の高い貴族様なら、それは私にとって王子様も同じよ!」

「見て見て、すらりとして、なんてお綺麗な男性なの。生まれてから、一度も見たことないくらい」

「白い髪の方は、お姫様のご兄弟かしら。可愛らしいお顔がそっくり。仕草ひとつひとつが優雅だわあ」

「なあにが優雅だ。ガチョウみたいなお前に言われても、嬉しくねえべさ」


 ライムもカレントも、顔を見合わせて苦笑する。


「バーミリオンの様子はどうだ。落ち着いたか」


 正面に座ったライムに尋ねられ、私はうなずく。


「うん! おかげさまで、食事も結構食べてたわ」

「よかったですねえ。本当に」

「ええ。フェンネルは? 随分と、無理をさせてしまったかしら」


 バーミリオンに蘇生魔法をかけてくれたフェンネルは、ただでさえ体力の限界がきていたはずだ。


 それを思い出して尋ねると、大丈夫、とカレントが保証する。


「まだぐっすりと、眠ってますよ。ベッドに入る前に、回復用の薬も飲みましたし。ともかく睡眠さえとれば、明日には元気になるでしょう」


 そう、と私はホッとして胸を撫で下ろした。


「しかし、ああいう方法もあるんだとは、気がつかなかったな」


 ライムが、料理を取り分けながら、私の右手を見た。


「治癒魔法ができるフェンネルに、手を繋いでブーストをかけたら、蘇生魔法が可能になるとは」

「もしかしたら、って思ったの」


 私は言いながら、パンを千切った。


「私と手をつないで、それぞれの属性の魔力が威力を増すなら、ありえるんじゃないか、って」

「すべての王族の魔力が増す、とは限らないと思いますよ。生体魔石を持つものの他に、光がふたつと予言にはあったので、このことかもしれない、とは思いましたけれど」


 カレントの推測に、なるほど、と私はうなずく。


「フェンネルがその、光のうちのひとつだったのね」

「確かに、蘇生魔法で眩しい光が放出されましたから。可能性は大きいです」


 カレントの答えに、うーん、と私は首をかしげた。


「でもそうしたら、もうひとり誰か、光の存在がいるってことじゃないの?」

「そうだが、それは災いをはらうために、必要になる人物なんだろう」

「っていうことは、災いがなければ、現れない、ってことでもあるのかしら」


 私は改めて、予言のその部分を口にする。


「『さらなる災いから民を救うもの、この王国の四宝のみ。ただし光さらにふたつあり。四宝と光、闇を祓う』でしょ?」

「よく覚えましたね。そのとおりです」


 カレントはなぜか嬉しそうに言ってから、ワインを口にした。


「災いがさっきの女の怪物だったら、もう退治できたわよね。この先は、なにもないといいんだけど。あんな思い、二度と御免だわ」

「そうだな。まったくだ」


 私たちは、バーミリオンを失いかけた恐怖を吹き飛ばすように、いつもよりよく食べ、笑い、語った。


 けれど、これまでの予言が当たっているだけに、またなにかありそうだという不安は、頭から消えてくれなかった。


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