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なんだか弱そう

湖のほとり、船着き場のあるところで、私たちは馬車を降りた。


「先に伝令から説明を聞き、お待ちしておりました!」

「おお。あ、あなたさまたちが、伝説の四宝……!」


 私たちをひざまずいて出迎えたのは、将校と、位の高い神官の衣装をまとったものだった。


「ここにいるのは、あなたたちだけ?」


 尋ねると、将校が背後の森のほうを見ながら、説明をする。


「いえ、他に伝令班と衛生班が数名、島に向かわれた四名の方々の従者たちは、森の小屋で待機しております」

「伝令が誰も戻ってこなかったのは、どうしてなの?」


「そ、それが、島に渡ったものは誰もまだ、ここまで戻ってきていないのです」

「怪我人も、戻っていないのか」


 ライムの問いに、今度は神官が答えた。


「はい。船をいくら出しても、戻ってまいりません」

「では今現在、島には何名がいるんだ」

「ゴールディー王女殿下たち四名の他に、伝令を含む兵士が三十五名、神官が五名となっております。生死のほどは、わかりませぬが」


 静かに聞いていたカレントが言う。


「島でなにが起きたのかについて、ある程度は王宮にて聞きましたが。なにかしらの妖魔、怪物が出現したとのことですが、御心当たりは」


 すると神官が、白い眉をひそめた。


「そ、それは。魔力ある王族の方々ならば、ここからでも伝わってまいりましょう。わたくしめも神官として、多少ながら霊力があり、感じることができますが」

「ぞくぞくするわよね! 気持ち悪い感じは、島を見た瞬間にわかったわ」


 私が言うと、神官は目を見開いた。


「見た瞬間でございますか! さ、さすがは、四宝の王女殿下。わたくしなどは、身を清め、気を集中し、長く祈りをささげて、ようやく感じる程度でございますが」

「しかし、そんなに凄まじい魔力は、ないと思うな」


 バーミリオンが、鋭い視線を島の方向に向ける。


「確かに気味が悪いが、グレイト・バーミンほどではないんじゃないか」

「うん。なんだか弱そうよね。怖くて行きたくない、ってほどじゃないもの」

「いつまでも、四の五の言っても仕方ない。ともかく現地に行こう」


 ライムが言って、将校を見た。


「船の用意は」

「ご、ございます。小型の帆船しか、残っていないのですが」

「充分だ。操縦できるものを数人借りるぞ」

「もちろん、すでに待機させております」


(そうだったわ、船に乗れるんだ! やったやった、楽しそう!)


 私は嬉しかったけれど、島の中でなにが起きているのかわからないので、飛び跳ねて喜ぶことは、やめておいた。


♦♦♦


 船の旅は、あっという間のことだった。


 もちろん、すぐ近くということもあるが、私の魔力で帆に風を送ったので、ものすごく速度が出たせいだ。


 それでも風は気持ちよかったし、波を切る音も、水しぶきも、私にとっては新鮮な経験だった。


「では、ここでお待ちしています」


 船員をそこに残して、私たちはいよいよ島に上陸する。


「緑が濃いわねえ。どっさり葉っぱが茂って、暗いくらい。先のほうがよく見えないわ」

「奥に教会があって、そのさらに奥が神殿、そして裏手が王家の墓地になっているんですよ」


「なんだか嫌な雰囲気だな。本当ならば、ここは王家の聖域。もっと空気も清浄なはずだが、よどんでいる」

「なあ。そういう感覚、手に石が現れてから、前より何十倍も敏感になった気がするんだが、お前たちはどうだ?」


 バーミリオンに言われて、私たちはうなずいた。


「私は本当にそんな感じ。ライムも?」

「うん。以前より、怪しい気配やその逆も、よくわかるようになっている」

「僕もですよ、バーミリオン。やはり洞窟で魔力が発動してから、僕たちは生まれ変わったのかも……いや、本来の力が目覚めたのかもしれませんね」

「覚醒ってやつか」


 そんなことを話しながら、私たちは奥へ奥へと進んでいく。と、そのとき。


「素敵! 大きくて、真っ白な建物!」


 木々の茂みを通り抜けると、そこにいきなり現れたのは、荘厳な教会だった。


「おい。中から声が聞こえるぞ」


 バーミリオンが言って、私たちは駆け出した。


 短い階段を駆け上がり、扉を開いた途端。


「うわあああ! なにか来たあ!」

「助けてくれ、殺さないでくれえ!」


 教会の中は血なまぐさく、怪我をした兵士たちと、そのうめき声で、うずまっていた。


「ち、違うわよ。私たちは人間だから、安心して」


 そう言っても、おびえきった兵士たちは、頭を抱えるようにして震えている。


「四人は?」


 きょろきょろと見回すと、奥のほうにいた青年が立ち上がり、ふらふらしながらこちらにやってきた。


「あのう。もしかして、救援に来てくれたのかな」


 それは『王宮の尊い花』の四人組のひとり、フェンネルだった。

 相変わらず、長い前髪が顔の半分を隠していて、目の下にはクマができている。


「そうだ。疲れているようだな、フェンネル・フローレス」


 顔見知りらしくライムが言うと、フェンネルは額の汗をぬぐった。


「当たり前でしょ。もうひたすら、治癒魔法を使い続けて、こっちが死にそう」


 ぐったりしているフェンネルに、バーミリオンが尋ねる。


「お疲れのところ悪いが、他の三人はどうした。戦闘中か? 怪物についても、聞きたいんだが」

「そうだよ。悪いけど、きみたちが来ても、どうにもならないと思うんだけどなあ。魔力がないと、戦えないよ。死にたいの。っていうか、あれ? きみたち、グレイト・バーミンに食べられちゃうんじゃなかったったけ。幽霊じゃないよね。生きてたんだ、よかったねえ」


 どうやら疲れ果てて、頭が回っていないらしいフェンネルに、カレントが苦笑した。


「おかげさまで、無事に生き延びましたよ。グレイト・バーミンは、僕らが倒しました」

「はい?」

「グレイト・バーミンは、僕らか倒した、って言ったんですよ」

「うっそだあ」


 フェンネルはうさんくさそうに、私たちを見る。


「あれを殺せるなら、生贄なんて残酷で意味のないことを、長年、王家がやるとは思えない」

「そうだけど、とにかくやっつけたのよ。だから首の輪もないでしょ。それで、あの調子のいい国王が、お願いお願い、頼むから助けてやってくれええ、って土下座して頼むから、私たちが来たわけ」


 土下座? とフェンネルはきょとんとする。


「ますます嘘くさいよ、そんなの」

「面倒くさいな。今すぐ教会ごと焼き払ってみせれば、納得するか」

「ええ? きみには無理だと思うけど。この教会、結界でがっちり守られてるし、ロウソクに火をつける程度の魔力じゃ……」

「もういい。うだうだ話している間にも、誰か死ぬかもしれんのだろう。他の三人は、どこで戦闘している」


 ライムが言い、フェンネルは裏口のほうを指差した。


「神殿の先の、墓地にいると思うよ。一番大きな霊廟、開国の大王グレイシャー、その左右に息子たちの霊廟、そして奥にいくにしたがって、新しい国王たちの墓地がある。その辺りだ」

「わかった」


 短く言って歩き出したライムに、慌ててフェンネルは声をかける。


「待って待って。ねえ、本当にやめておきなよ。きみたちじゃ、死にに行くようなものだって。僕も、もう少し重症の兵士たちを治癒したら、またあっちに行くから、せめてそのときにしなよ。僕がいないと、治癒もできないよ」


 必死に説得しようとするフェンネルは、私たちを見下しているというより、本当に心配しているのだと、その声と表情でわかった。


「ありがとう。やっぱりあなたは、根はいい人みたいね。ずっとがんばって、怪我人を助けていたみたいだし。見殺しにしないでよかった」

「はい?」

「正直、国王の言いなりになってるみたいで、来るのがいやだったの」


 私はにこやかに、笑って言った。


「だけど、私が間違ってた。もう心配ご無用よ! 三人を連れて戻ってくるから、待っててね」


 私が言うと同時に、四人は駆け出した。

 そして、怪我に苦しむ兵士たちの間をぬうようにして、教会の裏手に出たのだった。


♦♦♦


墓地に向かった私たちが、最初に見たもの。


 それは、木の影で震えている、大柄の男性だった。


「ブライアン!」


 ライムが走りよると、ブライアンはびくっとしたように身体を揺らした。


 その身に着けている豪華な装束は、あちこちが裂け、ぼろぼろになり、腕や足はむき出しになっている。


「ラ、ライム。どうしてここに」

「貴様こそ、どうしてここにいる! 怪物と戦っているのではなかったのか?」


 鋭い声に、ブライアンは涙目になる。


「戦う? 戦うだって? あんなものと戦えるわけが、ないじゃないかあ!」


 その目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


「聞いてないよ! こんなの話が違う! 霊廟で、祈りをささげるだけのはずなのに!」

「事態が変わったんだ、しっかりしろ、ブライアン! 現実を受け止めろ!」


 ライムは叱責するが、ブライアンは泣きじゃくるばかりだ。


「ぼっ、僕の魔力はそもそも、戦闘向きじゃないんだ。水晶玉を通して現状を伝える、それだけなんだぞ! しかも攻撃されて、水晶は割れちゃったし」

「しかし、護身用の剣くらいは持っていただろう。……お前、まさか」


 ずい、とバーミリオンが詰め寄った。


「姉妹二人を置いて、逃げてきたのか?」

「あっ、あの子たちは強いよ! 僕なんかよりずっと! むしろ、足手まといになってしまうと思って」

「貴様は、もう少しまともなやつだと思っていたが。見損なったぞ」


 ライムがいまいましそうに、溜め息をつく。

 ブライアンは、眉をつり上げた。


「なんだと! きみたちだってここにいるってことは、洞窟に向かわずに逃げてきたんだろ?」

「まさか。グレイト・バーミンを倒して城に戻り、救助を頼まれてここに来たんだ」

「嘘だ、嘘だああ!」


 じたばたと、かんしゃくを起こしたようにブライアンはさらに泣く。


「なんできみたち、役立たずの四人にそんなことができたんだよ! 僕たちは、きみたちよりずっと優秀なんだぞ!」

「そのはずよねえ、『王宮の汗臭い鼻』だったかしら」


 私が言うと、ブライアンは顔を真っ赤にして怒った。


「『王宮の尊い花』だ! バカにするな!」

「じゃあ、名前にふさわしく、せめて教会で治療の手伝いでもしたらどうだ」


 ライムが呆れた顔で言う。


「フェンネルが、ひとりで大変そうだったぞ」

「いやだよ、血は生臭いし、汗臭いし。それに、兵士のうめき声なんて、気持ち悪いよ。僕はいつも、侍女たちにも高価な香油を使わせて、身の周りはいい香りにしていたんだ。耳だって王族にふさわしい、綺麗な音を聞いていたいから、美しい声で鳴く小鳥を、金の鳥かごに入れて……」

「もういい! 聞いていると、お前をぶん殴って、この場に埋めたくなるからな」


 バーミリオンが強い口調で、ブライアンの言葉をさえぎった。

 ひい、とブライアンは身をすくませる。


「なにもできないなら、せめて、情報を与えろ。どんな怪物なんだ」

「お……女だよ」

「女?」


「巨大な青い、泣きわめく女だ。その涙に触れると皮膚は焼け、髪に触れると身体が裂ける。さ、最初は僕だって、剣を振るったさ。けれど、切った場所から黒い血が噴き出して、その血にも毒がある。僕は、あちこちに火傷を負ったが、フェンネルに治してもらったんだ」


(大暴れする、巨大で毒をまき散らす女。それは確かに不気味だわ)


「わかった。情報を感謝する」


 ライムが言い、私たちはまたも走った。


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